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ブックカフェから広がるアクション

「静」と「動」の二つの時間

book cafe 火星の庭」は古本とカフェの店で仙台市の中心部にあります。私とパートナーの健一で2000年4月オープンし、22周年を迎えました。

火星の庭の外観と店内

約17坪の店内には二つの時間が流れています。一つはお茶を飲みながら読書をする「静」の時間。もう一つ「動」の時間。たとえば、作家やアーティストによるトークライブや音楽ライブ、映画上映、美術作品の展示、製本講座、古本市、政治と社会を考える講座、労働問題に関する勉強会など。さまざまなジャンルの企画を行ってきました。そこから新たなつながりが生まれて、現在はお店の外の人たちとコラボする活動も増えてきています。

2022年3月13日に開催した「中動態の映像学がはじまるまで」トークの様子

今でこそ当たり前ですが、かつては本屋がコーヒーを出したり、イベントを開催することに違和感を持たれることがあったり、自分でも「逸脱」しているのではないかと思うことがありました。

そこで、今回NPO「STスポット横浜」さんからバトンを受け取り、「アート×教育」をテーマに原稿を書くにあたり、「book cafe 火星の庭」が行ってきた活動について振り返ってみました。 

仙台市の本屋ガイドの発行

2021年4月に発行した『仙台本屋時間』は、仙台にゆかりのある作家の方々に寄稿していただき、チェーンの書店から独立系書店、『ビッグイシュー』まで、仙台市街地で本が買える場所をすべて紹介し、本屋地図を付録につけたzineです。

『仙台本屋時間』(コデックス装)。本屋の写真は志賀理江子さんによる撮り下ろし。

これは仙台市市民文化事業団の北野央さんが、私が何気なく発信した「仙台にも本屋のガイドブックがあったらいいのに」というSNSの発信を見かけ、「一緒につくりませんか?」と声を掛けてくれたことがきっかけで実現しました。初版2000部発行。嬉しいことに好評で他府県の書店にも取り扱っていただき、現在400冊を残すところとなりました。

実は北野さんとの出会いは、北野さんが学生だったころにさかのぼります。東日本大震災が起きた日「自宅が大変な状況で、今日はここに泊まらせてください」と寝袋持参でやって来たのです。友人や知人も集まり、約1カ月近く「book cafe 火星の庭」は20人ほどが共同生活をする小さな避難所になりました。その間、北野さんは優れたリサーチャーとして震災直後の情報が錯綜する中で的確に情報収集するとともに、発信する側でも力を発揮してくれました。

写真家と本屋のコラボレーション

「book cafe 火星の庭」の壁には写真家の志賀理江子さんのオリジナルプリントを展示しています。

「Independent Bookstore Print Editions」の展示風景

めったにギャラリーで販売しない志賀さんから「本屋と一緒に生きていく方法を考えたので参加してほしい」と提案があり、始まったのが「Independent Bookstore Print Editions」です。これは本屋の店主が志賀さんの作品の中から好きな写真を1枚選び、志賀さんがデザインした額に入れ「1点モノ」として展示販売するのです。現在仙台市内で3店の本屋が参加しています。おもしろいことにどの本屋で売れても志賀さんを含む4者で売上げをシェアする仕組みになっています。志賀さんの写真は大きな美術館でコンセプチュアルに展示することが多く、本屋でいつでも無料で作品が見られるIBPEは、アートをより身近にする画期的な取り組みだと思います。

旧優生保護法裁判の支援活動

2018年、全国初の旧優生保護法裁判が仙台で始まったことをきっかけに、原告を支援する「優生手術被害者とともに歩むみやぎの会」が発足しました。

「優生手術被害者とともに歩むみやぎの会」リーフレット

ある日「前野さん、優生保護法裁判を支援する会をつくるので呼びかけ人の一人になってくれませんか」と会の代表を務める大学教員の黒坂愛衣さんから連絡がありました。初めての集会の後、16歳のときに強制的に不妊手術を受けさせられた原告の女性から直接お話を聞いて、衝撃を受けました。

黒坂さんとは2015年に国会が日米安保の法改正で揺れていた際、大学の先生たちが「book cafe 火星の庭」で政治と社会について学び、討論する場として「安保カフェ」を行ったときに出会いました。毎回30人余りの参加者が熱い議論を繰り広げ、半年ほど続きました。現在旧優生保護法裁判は、大阪と東京の二つの裁判が最高裁に移り、仙台は高裁と地裁で裁判が続いています。

みやぎコロナ互助会

2020年に新型コロナウィルスの流行が始まると、飲食店でもある「book cafe 火星の庭」も厳しい状況になりました。同じく飲食店を経営する友人が「家賃の負担が重い」と落ち込んでいるのを見て何とかならないかと思い、個人事業主やフリーランスの人たちに呼び掛け「みやぎコロナ互助会」を発足しました。古本屋は3週間の休業要請が出されたので、その間宮城県知事と仙台市長に要望書を、県と市の議会議長に請願書を提出する活動を初めて行いました。

「みやぎコロナ互助会」のロゴマーク/要望書を宮城県に提出したときの様子

大きな力となったのは、新型コロナの影響を心配したお客様が県議会議員を紹介してくれて、議員から「何か困っていることはないですか?」と聞かれたことでした。「休業補償と家賃への支援がほしい」と伝えると、「それなら団体をつくって、ロビー活動をした方がいいですよ」とやり方を教えてくれたのです。当初は「私がやるの?」と戸惑いがありましたが、多くの人たちの現状と要望を伝えなければと覚悟を決め、生まれて初めてロビー活動というものを行いました。

「シーソー」を通した社会活動

今、アーティストや市民活動家の仲間たちと力を入れていることは、社会にあるさまざまな差別を失くし、社会的弱者を切り捨てる制度に対して声を上げること、そして、身近な人同士が助け合うことのできるゆるやかなソサイエティづくりです。思いを同じくする人たちが集まり2019年からシーソーとしての活動をスタートしました。

今春、生活困窮者のための行政の窓口とNPO団体の連絡先が一目でわかるマップを作成しました。そのマップのタイトルは「おとなりさんに会いに行く」。隣人同士のように互いに手を差し伸べることのできる社会をめざして名づけました。

「頼れる支援の窓口 おとなりさんに会いに行く」MAP。2022年3月第2版。

アートも教育も人と環境に「変化」をもたらす

こうしてみると、人と人とのかかわりの中から、さまざまなアクションが生まれてきたことを感じます。とはいえ「社会活動をやります」と宣言したわけではなく、自ら進んでというより、誰かの声に背中を押されてやってきただけというのが正直なところです。ある日呼んでいる声が聞こえて来て、話をするうちにこの人と一緒に何かできるのではないか、それならできる限りやろう。そのくり返しです。

大切なのは、大上段に構えることではなく、どこでも、気楽に社会について自分の考えを発言したり、行動を起こしたりすることではないかと思います。ムリなく、楽しく、やれる範囲で。わたしにとってはそれはいつもブックカフェを営む日常の延長です。そして自分の行為がだれかの生活の延長としての社会活動に踏み出すハードルを低くする役割になったらうれしい。

book café 火星の庭のカフェの風景

これからも読書を楽しめる「静」の時間を守りつつ、誰かのひと言によって、それが「book cafe 火星の庭」でやるべきことだと感じたら、アクションを起こしていきたい。というか、気がついたらやっているのだろう。アートも教育も人と環境に「変化」をもたらす点で共通しています。ささやかでもよりよい変化をもたらすことで、閉塞感で覆われている社会が、少しでも呼吸しやすい社会になればと思います。それは巡り巡って、本を楽しむ「静」の時間を守ることにもなるのですから。

(2022年4月20日)

今後の予定

火星の庭を続けること。これまでの活動を楽しく継続していくことです。

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2021年の年末に国内有数の蔵書票コレクターの方からコレクションをお譲りいただき、蔵書票熱が再燃しています。1ミリのなかに何本も線が引いてある超絶技巧による繊細な銅版画は見事です。蔵書票にはウクライナ、ロシア、ベラルーシなど東欧の作家が多く、こんな時こそと作品を並べて展示しています。

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

写真家の志賀理江子さんのアトリエは宮城県北部の小牛田町にある元パチンコ店。外観も屋内も素晴らしく、ときどきそこを開放しリソグラフのワークショップをしたり、海外のアートシーンを紹介するレクチャーをしたり、ご飯を食べたり、有機的に人が集う場になっています。志賀さんにとって場とは何か、どんな思いで場をひらいているのかお聞きしたいです。

アート×教育~ひろがるアート 目次

1
異文化交流から生まれるもの
2
ブックカフェから広がるアクション
3
DOING NOTHING BUT STUDIO OPEN
4
動物園の思い出
5
教育版画運動が蒔いた種
6
ともにつくり、ともに学ぶ
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