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DOING NOTHING BUT STUDIO OPEN

私は今、宮城県北に位置する美里町で、使用されなくなったパチンコ店を、持ち主である近隣の建設会社さんから制作スタジオとして借り、作品制作をしています。元パチンコ店の鉄筋構造なので、中は体育館のように広く、夏は暑く、冬は寒い。しかし秘密基地のようなワクワク感を感じられる不思議な場所です。2022年の夏で滞在7年目ですが、段々とスタジオ内の“モノ"も増えて、沢山の本や大工道具、木材や、布、さまざまな場所からいつか使うだろうと思って拾ってきたガラクタにまみれはじめました。2011年の東日本大震災で自分の持ち物がすべて津波に流れ、一旦はその喪失について自分なりの哲学があったはずなのに、今はその当時を上回る“モノ"に囲まれ、なんて情けないのだ、と途方にくれながらも、しかし、もしかしたらこれら、一見意味不明の状況を見るだけでも人はおもしろく感じるのかもしれないと思い、週1回、スタジオを解放して、自由にスタジオ内での時間を過ごしてもらう「オープンスタジオ」を始めました。そして、これを「DONING NOTHING BUT STUDIO OPEN(何もしてないけど開いてます)」と名づけてみました。

文字通り、ただスタジオのドアを開けているだけですが、それが、とってもよいという妙な確信があって、その確信がどこからやってきたかも定かではないのですが、特にサービスもない状態で各々が勝手に過ごすだけの「スタジオ開放日」。そして、実際にやってみて一年が経ちますが、これが実におもしろいのでした。ここのスタジオは、どこからも遠いという難点(いや、もしかしたらよい点?)があるけれど、時間をかけて来て下さった方はやっとたどり着いた…という疲れからか、どなたもなかなか長時間滞在してくれる。

私は、時々話しかけさせてもらったり、お茶を飲んだり、たまにカレーをつくるのでそれをともに食べたりする。ここに来てくれた人とは、もともとつながりもなく、気楽なものでもある。この「うわべだけ」の時間と関係が、以外にも明日をサバイブする力に私の中で作用していて、そのささやかさから学んだことはとんでもなく大きい。自分という人間の内実は、かなりあやふやで、私が今、自分の意思で、己の頭で考えていると信じていることは、自家発電のごとく体の中から沸き起こった思考ではなく、私の外側から、この体の中に入り込んできたさまざまな経験から紡がれたものだともつくづく思うので、そんな「入り口がぱかっと開いている状態」を「スタジオのドアがただ開いている」につなげて、自分たちの無意識にさまざまなことが放り込まれていくように、それがいつか芽を出しますようにと、思っています。

2022年5月17日

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

小原真史さんは、私が20歳前半の頃からの友人です。映画監督として中平卓馬のドキュメンタリー「カメラになった男」を制作し、その後はIZU PHOTO MUSEUMでたくさんの写真の展覧会をキュレーションされています。東日本大震災の際には、避難所で暮らしていた私を訪ねて来てくださり、冷静に対話してくださったことは、当時の私の混乱した心境を落ち着かせ、その後の様々な活動に繋がっていきました。今は大学で教鞭をとる小原さんに、共に小学生の親である境遇からも、教育に対して、どのような考えを持っているか、お聞きしたいです。

アート×教育~ひろがるアート 目次

1
異文化交流から生まれるもの
2
ブックカフェから広がるアクション
3
DOING NOTHING BUT STUDIO OPEN
4
動物園の思い出
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