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文化芸術基本法の社会的背景

こちらの記事は 2007年掲載「アートに関する法律入門」の改稿版です。

アートと法律の関係と聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか?

文化・芸術分野にかかわる法的なトピックとして代表的なものは、表現の自由、著作権、そして美術品・文化財の取引に関するものですが、それ以外にも関連する権利・利益についてのさまざまな法規範や慣習が存在しています。

以前の連載でもそれらに触れてきましたが、今回の「改稿版」の連載では文化芸術を社会全体としてどのように位置付け、維持発展させていくかを理念的に取りまとめた法である「文化芸術基本法」(2017年)の社会的な背景説明を入口に、府省・地方公共団体における文化振興に関する法律や条例とその法規範としての意味、デマケーション(行政機関の所掌範囲の線引き)、国際的な文化行政の潮流等、アートマネジメントにかかわる皆さんに知っていただきたい基本的な構造や制度、トピックについて、(字数に限りはありますが)要点をお話ししたいと思います。

さっそく、文化芸術基本法の背景からお話をはじめましょう。

自治体文化行政より遅く現れた「文化立国」と「法律」

第二次世界大戦後、日本ではそれまでの文化統制を連想させる「文化政策」が忌避されてきました。国の文化関連の施策は、文化庁が設置された後も文化財保護行政が中心で、振興についてはあまり積極的には行なわれてきませんでした。
一方、経済の復興とともに民間主導の文化振興は活発になり、地方公共団体、特に革新的な首長が率いる自治体を中心に自主的・積極的な文化振興行政が行われ、1960年代から80年代にかけて条例の制定や各種の文化施設の設置が実現されてきました。こうした動きに遅れて国(文化庁)は20世紀の終わりにさし掛かった1989年に文化政策推進会議を設置し、1995年に報告書「新しい文化立国をめざして」を公表し、1997年には「文化振興マスタープラン」を策定しました。そして、2001年、支持率が戦後の内閣として歴代1位となった小泉政権の一年目、小泉首相の「芸術好き」というイメージも追い風になって、「文化芸術振興基本法」が提出され、可決・成立しました。超党派の音楽議員連盟が中心となった、いわゆる議員立法です。

同法は、日本における文化芸術の振興にあたっての基本理念を定め、国の役割として、文化芸術の振興に関する基本的な方針(基本方針)を策定し、芸術、メディア芸術、伝統芸能及び芸能など文化芸術の各分野を振興し、国際文化交流の推進、劇場・音楽堂等を充実させるほか、著作権等の保護及び公正な利用を図るために必要な施策を講ずるといった規定が含まれています。なお同法では、1996年7月に文化政策推進会議/マルチメディア映像・音響芸術懇談会による報告「21世紀に向けた新しいメディア芸術の振興方策」で初めて使われた「メディア芸術」が、「芸術」とは別の条文で規定されて行政用語となり*、以降、この言葉が特定のジャンルの集合を指す日本独自の用語になりました。また同法では国のみならず地方公共団体も、「国との連携を図りつつ,自主的かつ主体的に,その地域の特性に応じた施策を策定し,及び実施する責務を有する」(第四条)と規定されましたが、自治体や他省庁との連携の具体的な形式・内容に踏み込んでおらず、当時の文化庁の行政範囲を再確認するにとどまっているという側面は否めません。

* 第九条 国は、映画,漫画,アニメーション及びコンピュータその他の電子機器等を利用した芸術(以下「メディア芸術」という。)の振興を図るため,メディア芸術の製作,上映等への支援その他の必要な施策を講ずるものとする。

文化行政への危機感と政治的関心の高まり

文化庁はその後同法に基づき、4次にわたる基本方針を策定して施策に取り組んできました。その間、国の文化関連の政策は、「ソフト・パワー」「知財立国」「クール・ジャパン」「2020年東京オリンピック・パラリンピック開催決定」「和食がユネスコの無形文化遺産に」「インバウンドの促進」など、新たな政策課題と結びつき、拡張されています。文化芸術振興基本法策定の中心となった超党派の音楽議員連盟は、2013年に名称を文化芸術振興議員連盟に変更し、芸術・芸能の職能団体の政治的連携機関である「文化芸術推進フォーラム」も機関誌「文化芸術」を同年より発行して、文化庁自体を文化芸術省に「格上げ」する気運も生まれましたが、安倍政権の経済・災害復興重視の政策の中で必ずしも優先順位が上がらず、予算もほぼ横ばいで、むしろ2015年以降、政府関係機関の地方移転推進の検討において、他の多くの省庁の移転が見送られるなかで京都への移転が決まり、行政機能の弱体化が心配される事態となりました。そこで、2020年のオリンピック・パラリンピック、そして2021年度中の文化庁の京都への本格移転を前提に、それに伴う文化庁の弱体化を阻止ないし緩和し、むしろ時代に即した新たな役割を与えて機能を強化しようという政治的な関心が高まり、文化芸術振興議員連盟が動き、再び議員立法により「文化芸術振興基本法」が改正され、名称も「文化芸術基本法」に改められることになりました。

今回は字数が尽きてしまいました。次回以降は、法改正のポイントと法規範としての効力、地方公共団体の芸術文化振興条例との関係、文化庁と他府省との連携・デマケーション等について説明していき、最後に字数の余裕があれば国際的な文化的権利の潮流(特にヘイトスピーチと表現の自由、文化機関の自律性とダイバーシティ)についてお話しできればと思います。どうぞお楽しみに。

<参考文献等>

  • 小林真理『文化権の確立に向けて―文化振興法の国際比較と日本の現実』勁草書房、2014-01
  • 藤野一夫「日本の芸術文化政策と法整備の課題 ─文化権の生成をめぐる日独比較を踏まえて─」『国際文化学研究:神戸大学国際文化学不器用』第18号、2002-09
  • 片山泰輔「基本法改正と文化政策の今後」『文化政策研究』第11号、2018-06
  • 伊藤裕夫「文化芸術基本法 ─その政策的背景を読む─」『文化経済学』第16巻1号、2019-03
  • 志賀野桂一「文化政策論概説 : 文化芸術基本法改正を受けて我が国の文化政策の変遷を辿りながら、今後の文化政策を論ずる」『総合政策論集:東北文化学園大学総合政策学部紀要』 第17巻1号、2018-03
  • 若林朋子「基本法改正で問われる文化政策の原点─なぜ、文化に政策が必要なのか」アーツカウンシル東京ブログ「見聞日常」 、2017-09
  • 河村建夫、伊藤信太郎編著『文化芸術基本法の成立と文化政策 真の文化芸術立国に向けて』水曜社、2018-03

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2019年7月4日

アートに関する法律入門 ─改稿版─ 目次

1
文化芸術基本法の社会的背景
2
多様な主体による文化への取り組みと、文化芸術基本法の関係
3
「表現の自由」と「内容不関与の原則」
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