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アーティストコミュニティとしての黄金町

私たちの事業は、2008年の、まちなかを使った展覧会『黄金町バザール』から始まった。翌2009年4月、「アートとまちづくり」をミッションとするNPOが発足し、その後はアートイベントや地域の人たちとの共同のイベントを行いながら、日常的な業務として、アーティスト、クリエイターに滞在、制作スペースを貸し出す、アーティスト・イン・レジデンス事業に取り組んでいる。

よく知られている話だが、黄金町は戦後の暗い歴史を背負っている。警察による2005年の一斉摘発によって、およそ260軒あるといわれていた違法飲食店と呼ばれる売買春目的の店舗はすべて閉店に追い込まれた。ただ、その後に、人通りがまったく絶えた廃墟のようなまちが残った。横浜市は警察と協力して空き物件のオーナーを探し、それを借り上げるという方法をとった。空き家の悪用を防ぐというのが当初の目的だった。やがて、2004年ころから横浜市が進めていた創造都市施策の一環としてこの地域を活用していこうという案がまとまり、2007年、私がはじめて黄金町を訪れたころには横浜市の創造都市施策の先駆的事業者であるBankART1929が実験的な事業を行なっていた。

BankART桜荘(2009年撮影。2010年に建物は解体され、現在は道路となっている。)

私は当初、展覧会を1本つくって、1年でこのまちとお別れする予定だったが、結局16年間、この地域とかかわることになった。もちろん、引き止められたという理由もあるが、このまちの再生がどれほど困難なことかを見てしまった以上、中途半端に引き下がることはできないという気持ちもあった。

この事業は、地域と横浜市、警察、京浜急行、大学、そして新しいファクターとしてのアーティストの協力関係のもとに成立するものだった。NPOは各ファクターのつなぎ手のような役割を担っていた。そのため、私たちはまず違法飲食店舗跡のリノベーションを行い、それをアーティストに貸し出し、またそれに並行して、京浜急行と横浜市の協力のもとに新しく高架下に建設された複数の文化施設の管理運営を行うことになった。

その後続いた悪戦苦闘と、その成果と失敗については、これまで多くの機会に書いてきたので、今回は省略させていただく。ただ、2020年ころから迫ってきたコロナ禍はアーティスト・イン・レジデンス自体の意味を消滅させるほどの困難な事態をつくり出した。それまで増え続けていたレジデンス・アーティストは初めて減少傾向を示し、それはもとより海外アーティストの渡航ができなくなったという理由もあるが、国内の若いアーティストが経済的な困難に陥り、レジデンスを中断せざるをえないという状況もあった。何よりよくなかったのは、多くのイベントやパーティーが中止になり、また地域のお祭りも中止が続いて、アーティストコミュニティと地域コミュニテイの間の接点がほぼ失われてしまったことだ。これは結果的に双方の努力によってようやく解決されようとしていた課題をもう一度生み出してしまった。

アーティスト・イン・レジデンスのスタジオ前の風景(2016年撮影)
撮影:笠木靖之

2022年夏から、海外アーティストのレジデンスが復活し、ようやくアーティストコミュニティには以前の活気が戻り始めた。現在約50組のアーティストが日常的に活動している。

再びリアルな国際交流が可能になったことによって、2019年まで行なっていた、海外からのゲストアーティストの受け入れや黄金町のアーティストの海外派遣などの事業も復活した。そして私たちは今年から、新しい事業として国内の地方都市とのネットワークづくりを始めた。実はコロナ禍の間、国内の各都市間の交流も希薄になっていたのでは、という反省もあり、黄金町が海外のアーティストと地方都市のアーティストを結びつけるための拠点として活用されていくことは、今後私たちの重要な役割になるのでは、と考えている。

展覧会のために海外から招聘したアーティストや黄金町で活動するアーティスト、黄金町で働くスタッフたち(2022年撮影)

アーティストコミュニティのエリアは最近地域の子どもたちの遊び場と化している。アーティストの活動を横目で見ながら成長する子どもたちの未来が楽しみでもある。

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黄金町の「かいだん広場」で制作しているアーティストと広場をいつもの遊び場にしている子どもたち(2021年撮影)

そしてある6歳の女の子が最近、「大きくなったら、まちづくりをして、そこに美術館をつくる」と話しているそうだ。私たちの影響ではないと思うが、その将来を大いに期待している。

(2023年8月17日)

今後の予定

10月に黄金町で黄金町で活動するアーティストや海外、国内からのゲストアーティスト総勢22組による展覧会を開催します。

関連リンク

おすすめ!

アートとコミュニティ 横浜・黄金町の実践から」(山野真悟・鈴木伸治(著))
個人的に旬なトピックとして、コロナ禍もあって生まれてから今まで会えていなかった親戚の小さな子どもたちに近々会えることになり、とても楽しみにしています。

アート×まちづくり~ひろがるアート 目次

1
災害からの復興と“文化”
2
価値をつくるアートをつくる人をつくるまちをつくる
3
アーティストコミュニティとしての黄金町
4
まちづくりを担う“若者”の想いを表現する民俗芸能をつなぐ
5
回遊劇場~アートを活かしてまちの回遊性を高める~
6
福島県富岡町での活動
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