ネットTAM


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衝動とアート


 震災を経て、まもなく新年度をむかえたせんだいメディアテークは、新たな年度の事業趣旨を「震災復興」へと集中させました。そして、地震から50日ほどのちの5月3日の部分開館に向けた復旧作業が続く中、具体的な事業内容を連日検討し、「アートやメディアを用いた市民による表現活動の拠点」を担う施設として、2つのプラットフォームを用意することとなりました。

 まず、あの震災から巻き起こるさまざまな状況に私自身も含めた多くの人々が戸惑っていたこともあり、人々が集い、意見交換し、事態を捉え直していくための場が必要と考え、メディアテーク1階の広場に設置する家具とともに「考えるテーブル」という事業を立ち上げました。家具の制作は、「たった10人でも、集まって話しあっていること自体が、大切に見える家具をつくってほしい」とアーティストの豊嶋秀樹氏に依頼しました。そして、全面が黒板となった家具が用意されたその場に、仙台在住の大学教員を中心とする市民グループによって、震災以前より7階で開催されていた「てつがくカフェ@せんだい」などを誘致しました。

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家具「考えるテーブル」
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てつがくカフェ@せんだいの実施風景
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てつがくカフェ@せんだいの実施風景

 また、もうひとつのプラットフォームとして、行政機関はもとより、NPOなどによってもなされる大小さまざまな支援活動をフォローする発信と、さまざまな事態、現象を市民自らが記録していくための「3がつ11にちをわすれないためにセンター(通称:わすれン!)」を開設しました。2012年5月現在、100余名が参加、およそ500本近い映像、8,500枚を越える画像が仙台市に寄贈されました。

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開設当初の「3がつ11にちをわすれないためにセンター」

 せんだいメディアテークは、アートを扱いますが、いわゆる美術館とは異なる「生涯学習施設」として2001年に開設されています。つまり、ここでなされるすべての事業に、いわゆる「学び」にまつわるしかけ、デザインが必要となります。ただし、ここでいう「学び」とは、学校教育の現場にある「あらかじめ学ぶべき事柄が提示され、それを享受する機会」のことをさすのではありません。個々が、主体的にそれぞれの関心に沿って活動すること自体が、学校では学び得ない類いのこと、あるいは経験によって獲得されていくような学びへとつながることを念頭に、そのためのしかけ、デザインを考えることとなります。また、たとえあのような歴史的な出来事が起ったにせよ、そもそも公共施設に与えられた使命、施策から外れることはかないません。
 これらのことから、いまどのような事業を行うべきか。今回、幾度もの議論を重ねた施設のスタッフのひとりとして、大きな模索となる経験でした。そして、それらの議論や復興の経過で見聞きしたことを通じ、私たちが獲得したのはこれらの事業において、土台となっていくある考え方でした。

 せんだいメディアテークは、仙台市の中心部に位置しています。そこから、車で20分ほど走ると、東北におけるサーフスポットのひとつである若林区荒浜に到着します。しかしながら、その沿岸部が多大な被害を受けることとなり、その結果、震災の当日から、日を追うごとにインフラが復旧し、いずれ物流が回復し、いわゆる日常が戻ってくる都市部と、文字通りがれきが山積する風景の中、多くの行方不明者とともに、人々が避難所で過ごす日々が、同時並行していくこととなりました。
 そこで、私たちが感じ、考えざるを得なかったことのひとつが、車で20分ほどの物理的な距離を超えた、その「隔たり(へだたり)」でした。また、その状況は原発事故も重なることで、首都圏と被災地の間にも、感覚のズレをともなうその物理的な距離以上の大きな「隔たり」とも理解することとなりました。

 そのような状況の中、メディアテークでは、たとえばアーティストのタノタイガさんの行動に着目します。彼は当初ひとりで、友人が暮らす気仙沼に入り、個人的な支援活動を行います。その後、彼は被災地でのボランティアに参加を経て、いずれその活動は、タノさんの友人、知人、またその知人を巻き込み「タノンティア」として広がっていきます。事実、その活動には仙台市中心部で暮らす多くの人々がかかわっていきました。のちに「考えるテーブル」の枠組みをさらに拡大解釈し、メディアテークがバスをチャーターし、サイトを通じ広く公募し、首都圏からの人々も参加できるような枠組みとして、「タノンティア」の一部を実施することとなるのですが、この構造がひとつのモデルとして考えられるように思います。

 つまり、「タノンティア」のような活動を首都圏や仙台中心部と沿岸部を、いわばあちら側とこちら側をつなぐ「隔たりを行き来する回路」と理解できます。そして、そのような回路となり得る事業を組み立てることで、TVなどによっていわば一般化されてしまういわゆる「被災地」のイメージを、参加者自らがその地に身体を運ぶことで、身体化、あるいは内面化し、自らの経験を経た理解へと促すような機会が提供できる。そして、その行動そのものが、「学習」となり得ると考えたのです。
 また、そのような回路を通じた経験によって、あちらの側に身を置くことで、より他者をおもんばかることへと通じるようなリアリティある想像力が動き出すのではないか、とも考えました。

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タノンティアのチャーター・バス

 現在では、このような「隔たりを行き来する回路」の考え方は、前述した2つのプラットフォームに通じています。
 てつがくカフェにおいては、そのテーマとなる問いを通じて、震災を起点とする一連の現象、つまりは向こう側にも考えを向け、語り、捉え直すこととなります。
 また、わすれン!では、「記録、発信、保存する」という命題において、ビデオカメラそのものがあちら側に意識を向ける契機を誘発します。さらには、実際に出向き、あちら側としてどこか形式的に理解されかねない他者や状況に向き合うこと自体が、おもんばかることの意味を知る機会へと通じるのではないかと思われるのです。


 最後になりましたが、これらの回路を通じた「学び」が、どのように今後のアートと関係するのか。いまだその渦中にあるのか、私にはまだ確かなことはなにも掴めていないように思います。ただ、おそらく多くの人々が、このような状況の中、向こう側の何かや誰かに役立てるようにと取り組んだことや、このどこか過剰な事態をなんとか掴もうと取り組んだこと自体が、自らが属する社会や世界を捉え直すための行動にはからずともなり得たように思えてなりません。
 いいかえるとそれは、この事態をただ見過ごすのではなく、なにかに転換せねばならないと突き動かされる社会的な衝動のようなものを、多くの人々が感じざるを得なかったことの現れのようにも思えるのです。このことが、アートがもし本来的に社会的なものであるとするならば、いずれなんらかの影響として現れて来るはずなのではないかと思うのです。

(2012年6月7日)

今後の予定

※すべて会場はせんだいメディアテーク

7月の考えるテーブル

企画展

・志賀理江子展 螺旋海岸
写真家志賀理江子が、2008年に名取市北釜に移り住んでから震災を経て2012年までに制作した全作品による展覧会。 1,000平米以上あるメディアテークの6階空間の全域に展開した等身大の写真群が、私たちの身体と土地の間に流れる生命の歌を表現します。

2012年11月7日(水)から2013年1月14日(月)
*11月22日(木)は休館
*12月29日(土)から1月4日(金)までは年末年始休館

活動データ

せんだいメディアテーク
2001年に開館。美術や映像文化の活動拠点であると同時に、すべての人々がさまざまなメディアを通じて自由に情報のやりとりを行い、使いこなせるようにお手伝いする仙台市の公共施設です。

関連リンク

ネットTAMメモ

 東日本大震災発生から2か月が経とうとしていた昨年5月の連休。5月3日に部分的に再開したせんだいメディアテークを訪ねると、予想以上に大勢の人がいた。1階には「絵本」がたくさん並べられ、立ったまま静かにページをめくる大人たち。震災直後のあの状況の中、小さい頃に読んだ懐かしい絵本を手にした時の、ほっとした気持ちは忘れられない。
 部分再開と同時に開催された「<歩きだすために>話す」と題するトークシリーズにも、連日多くの人が集まっていた。甲斐さんのコラムにあった美術家タノタイガさんの話も、そこでいち早く聞くことができた。まだまだ衣食住、命の支援の時期でもあったが、すいこまれるように、メディアテークに人が集まって来る様子に、ここも求められていると、気持ちが引き締まった。
 想像もできなかった非常事態のなか、メディアテークは、進むべき方向を見定めて動きはじめていた。いち早く始まった震災対応のプロジェクトの背景には、従来通り、地域の文化活動拠点としてここにあり続けよう、人々のメディアになろうという、スタッフの方々の強い意志があるように感じた。
 「わすれン!」をはじめ、せんだいメディアテークだからこそのプロジェクトが、たくさん生まれている。震災から1年後の2012年3月11日に再びメディアテークを訪ねると、失われるかもしれなかったたくさんの記憶が、さまざまなかたちで記録され、展示・発信されていた。
 そうした活動を担ってきた側の1年数か月を、今回甲斐さんがネットTAMに記録として書き残してくださった。多くのアート関係者と、ぜひとも共有したい。

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