ネットTAM

8

プログラムオフィサー|先を見据えて間に立つ

こんにちは。もうすぐ春ですね。ちょっと気取ったりする余裕もなく年度末が駆け抜けていきます。『東京アートポイント計画が、アートプロジェクトを運営する「事務局」と話すときのことば。の本 <増補版>』(以下、通称『ことば本』)から、毎月ことばをピックアップしてお送りしてきたネットTAM講座実践編「アートプロジェクト」。事務局が大事、拠点が大事、アーティストやボランティア/サポーターが大事、土地への入り方が大事、広報コミュニケーションが大事、マネジメントサイクルの後半が大事…だいぶお腹いっぱいになってきましたが、いよいよ最終回です。今月のことばはこちら。

今月のことば
プログラムオフィサー

東京アートポイント計画における「プログラムオフィサー(PO)」は、都内でアートプロジェクトを展開するアート NPO の中間支援を行う立場として、共催事業の目的やパートナーの経験値に応じ、成果を出すために動く存在であることを目指している。主な業務は、共催団体とともに事業のミッションやビジョンを確認し、それらを軸に事業計画を組み立て、事業が動く運営体制づくりをすること。事業における PDCA(Plan-Do-Check-Act)のプロセスチェックや運営業務全般へのアドバイスをすることだ。

『ことば本』、80頁

55のことばを収めた『ことば本』の締めのことばなので選んでみました。アーツカウンシル東京の東京アートポイント計画で働く私たちの職種のことです。あらためて、プログラムオフィサーの機能とは何か。…最終回にきて自己紹介? と疑問符をつけたくなるところですが自己紹介的なところは第1回「はじめに」の「『ことば本』という方法|プログラムオフィサーの位置」を再読していただくとして、今回は私たちの役割である「間に立つこと」についてお話します。「間に立つこと」は、公的機関であるか否かにかかわらず、アートプロジェクトの現場などさまざまなシーンで意識すべきポイントです。なお、「プログラムオフィサー」はアートに限らずさまざまな分野の財団やシンクタンクにある職種ですが、今回は「東京アートポイント計画のプログラムオフィサー」としてお話を進めます。

kotobabon-8-share.jpg
2018年3月10日に開催した「ことば本のことばを読む会(ことこと会)」。アートプロジェクトの事務局スタッフやこれからプロジェクトを立ち上げたい人、プロジェクトのサポーター、そしてプログラムオフィサーが集い、現場での悩みや発見を共有した。

間に立つ

私たちの仕事を出会い頭に説明するときには「行政とアートプロジェクトの現場の通訳となって文化事業をよりよいものに組み立てる仕事」といったりします。行政は政策のもとに文化事業を手がけるミッションがあるが、現場のことには不案内。アートプロジェクトの現場は実感をともなった「やるべきこと」が目の前にあるが、ステークホルダーにうまく伝えられない。そんな両者に寄り添い、間に立ってそれぞれの意見を聞きつつ、方向づけをすること。状況を先読みして「わかってもらえないなぁ」を未然に防ぐこと。私たちはチームとしてさまざまな「引き出し」を携えて、ことばや先行事例、ツールやスキルを投げかけ続け、文化事業のベースをつくるための最適解(あるいは最適な冒険)を導き出していきます。

と、これらがスマートにいけばかっこいいわけですが、「間に立つ」ということはいつでも「板ばさみ」でもある、ということです。迫りくる板の圧力をスポンジのように吸収してみたり、風穴をあけてみたり、魔法で消してみたり、いっそ押しつぶされてみたり。いろいろな技で立ち向かっています。「板ばさみ」状態は実は、AとBの両者の条件がくっきりと立っているため、注意深く読み解けば解決の糸口を見つけるのはそう難しくはありません。私も長いこと板ばさまれているので「相手を知るチャンス」と、ポジティブにとらえるようになりました。

kotobabon-8-counter.jpg
今年度、東京アートポイント計画ではプログラムオフィサーによるアートプロジェクトの相談窓口もスタート。

情報を集め、配る

今年度、Tokyo Art Research Labの研究・開発プログラムとして地域と文化にかかわる中間支援の実践的な機能を議論する「地域と文化と制度の研究会」 を実施しました。研究会で文化の分野での元祖POである若林朋子さん(プロジェクト・コーディネーター/プランナー)がPOの役割を因数分解して提示してくださったことばのひとつに「情報集配」があります。

郵便局は手紙を集めて配る拠点。プログラムオフィサーは専門分野にまつわるさまざまな情報を集め、整頓して引き出しに収め、いつでも現場の課題に回答やヒントとして配ることができる人、です。そのために日頃から人に会い、現場を訪ね、活動を知る必要があります。人・まち・活動が直面する課題は、他の人・まち・活動からヒントを得ることができるからです。それにいち早く気づき、情報を流通させることでプロジェクトの見通しをつけることができます。

kotobabon-8-support.jpg
2016年、外部で発生したイベント事故を受け、東京アートポイント計画の共催団体や、専門家とともに「リスクマネジメントを考える会」を緊急開催。リスクをどう予期し、現場の自由を残しつついかに安全を守るのか。事例を持ち寄りながら、意見を交わす場を開くのも中間支援の役割。

じっくりと聞き、ドライブをかける仕事

「壁打ちの相手がいなくなるのが…困りますね」。

ある団体から共催事業終了にあたりこんなことをいわれたことがあります。要は、プロジェクトのビジョンを共有し、リアクションをもらい、方向性の良し/悪しを確認できる相手=プログラムオフィサーがいること自体に、東京アートポイント計画へ参加した意義を感じてもらえた。これはちょっとうれしかった。傾聴すること、小さくとも適切なコメントバックをすることの積み重ねが、大きなプロジェクトを動かす際のいしずえになります。

耳障りのよい言葉が整然とならんだ企画書には、本当にやろうとしていることが入っていないことがあります。ある団体は、コンセプトややるべきことを見極めるのになかなかの時間を要しました。その間も、結果を焦らせるのではなく、アクションと短期的な成果を求めるのではなく、ひたすらいろいろな質問の玉を投げて「聞くこと」に専念しました。現在、自分たちはどこにいて、何を目指そうとしているのか。何気ない会話の、冗談の、愚痴の、ため息の端々にそれは立ち現れることがあります。社会を揺り動かすほどの、強度のある思考が一朝一夕でできるはずがありません。いかに十分な時間を確保し、ゆっくりじっくり本質に近づけるか。力のこもったことばを紡ぎだすことができるか。これも伴走者であるプログラムオフィサーの手腕にかかっているといえます。鍛えられたコンセプトほど、かたちになってリリースされたときの飛距離と影響力が強い。これは東京アートポイント計画9年の実感です。

kotobabon-8-paper.jpg
アートプロジェクトに関わる様々な人の関係を可視化しようとしているところ。「関わり方の境界が曖昧になっていくことは、ひとつの成長の形なのでは?」等、議論を重ねている。現場から少し離れた位置で言語化・価値化を試みるのもプログラムオフィサーの仕事だ。

「つなぎ手」よりも少し先の仕事

2009年にスタートした東京アートポイント計画はまもなく10年という節目を迎えます。つまり、スタート時からいる私はぼちぼちプログラムオフィサー歴10年、ということになります。現在、10年史を振り返る作業を続けているのですが、その過程でふと受けた質問があります。

「東京アートポイント計画を続けていって、この先どんな社会になっているといいと思いますか?」

少し考えて、こう答えました。

「自分たちのような仕事、プログラムオフィサーがもっと増えるといいです」。

一義的には、職種として認知され、同業者が増え、文化環境の底上げを、という思いがあります。もう少し掘り下げていうと、プログラムオフィサー「的」思考を持った人が増えるいい、ということ。「つなぎ手」であることの少し先でありたい。なにかを社会へ仕掛けようとしている人の間に立ち、「アート」の持つ、違った視点から考えること、多様な価値観を引き受けることを携え、社会の少し未来の予見性のもとに(聞く姿勢でありつつも)積極的に対話をしていく。対話を重ねると、相手が少しずつ変わっていきます。

9年前、東京アートポイント計画がキックオフした際の挨拶で「社会を変えます」といったことを覚えています。当時は右も左もわからず、ただ何か大きくかます一言としてふわっと出てしまい、今も時々いじられます。9年経ってみて、このままいけばあながち嘘にはならないんじゃないか、という感触を持っています。中間支援として間に立つ、相手が少しずつ変わる、相手に出会った人がまた少しずつ変わる。あなたが変わらなければ社会は変わりません。当時は独りよがりな「社会を変える」発言でしたが、今はアートプロジェクトによって価値観が揺るがされた人びとにより、小さな能動的な行動の集積によって何か起こるのではないか、と思っています。

kotobabon-8-books.jpg
東京アートポイント計画の活動から生まれた発行物。これまでに約190タイトルを発行してきた。プロジェクトの現場から生まれた様々な発見や成果をまとめていく過程にもプログラムオフィサーが伴走している。

おわりに

第1回からお伝えしたように、私たちの仕事は「中間支援」です。その立場から「ことば本」をたよりに、アートプロジェクトをとりまくあれこれをお話ししてきた本講座。

技術的なことも大事ですが、最後に心構えについて。アートでも文化でもなんでもないことがふと、役に立つことがあります。アンテナの感度を日々磨き、声を聞き、日常を楽しむこと。そして「ことばにする」こと。「ことば本」は文字通り、『東京アートポイント計画(のプログラムオフィサー)が、アートプロジェクトを運営する「事務局」と話すときのことば。の本 』です。少し距離を置いた立場から見えている重要なこと、見逃されている価値をすくい上げ、「ことば」として紡いでいます。それは、これまでになかった概念をつくることです。間に立つことで気づくこと、見えてくることがあります。それをさぼらずにことばにする。アートプロジェクトがアートの力を借りて新しい価値や風景を見ようとするのならば、ことばにすることは欠くことのできない態度のひとつです。

東京アートポイント計画が標榜する「文化創造拠点の形成」は、小さくともプログラムオフィサー「的」な思考を持った人々が増えていくことの延長線上に可能になるのではないか、とやや過大評価気味に思っています。

そんな私たちの仕事は「伴走する相手」がいないことにははじまりません。現在、東京アートポイント計画では平成30年度の共催団体を募集しています。(平成30年4月25日締切)東京の未来をともに考え、息長く続く活動を立ち上げようとしている意欲ある応募をお待ちしています。

これにてネットTAM講座実践編「アートプロジェクト」の時間を終わります。またどこかでお会いできたら、今回の講座がお役に立てたなら、幸いと思います。

結びに、プログラムオフィサーの心得となることばをご紹介します。
ありがとうございました。

(2018年3月2日)

思考と技術と対話|アートプロジェクトを動かす力

アートプロジェクトを動かすためには「思考」と「技術」と「対話」が必要だ。

いま、社会のなかでプロジェクトを展開する意義を「思考」すること。さまざまな知見を広げ、社会の変化に敏感になること。そして、なぜ、アートにこだわるのか、という動機を確認すること。それらは現場に向き合う自分自身の立ち位置を固め、ここぞというときに、ふんばることができるようになる。

現場をつくる「技術」を身につけること。どんなに意義深い構想があったとしても、それを現実として立ち上げ、回す技術がなければプロジェクトははじまらない。先人から、前例から、経験から技術を習得する。それを磨く。応用する。これまでの方法を疑うことも忘れてはならない。現場を動かす技術が上がれば、プロジェクトの質も上がっていくことだろう。

そして、現場をともにつくる仲間との「対話」こそが、思考と技術を起動させ、アートプロジェクトを動かす原動力となる。プロジェクトでの、さまざまな出会いと対話を通して、それまでの思考や技術を更新し、自らも変化し続けることが現場をつくることの醍醐味だ。

『ことば本』、79頁

kotobabon-8-kotobabon.jpg
『ことば本』には他にもたくさんのことばが収録されています。「ことば」は、使ってはじめて活きるもの。チームで読み合わせの会をしてみるのもオススメです。(ことば本の使い方はこちらでご紹介しています)

お知らせ
2018年度東京アートポイント計画新規共催団体公募中!

おすすめの1冊

  • アートプロジェクトのつくりかた
    「つながり」を「つづける」ためのことば

    森司=監修、坂本有理+佐藤李青+大内伸輔+芦部玲奈=編著
    フィルムアート社、2015年

    2015年に出版された東京アートポイント計画のディレクター監修、プログラムオフィサー編著による書籍。これからアートプロジェクトをはじめたい、課題を抱えている、とらえかたが難しいといった方々へ向けたことばの数々を収録しています。

実践編「アートプロジェクト」 目次

1
はじめに|アートプロジェクトを動かす「ことば」を紡ぐ
2
事務局3人組│アートプロジェクトの第一歩
3
活動拠点|拠点となる場をみつけよう
4
アーティスト、ボランティア/サポーター|
アートプロジェクトを「ともに」に動かす
5
叱られる|土地に入る態度とコミュニケーションの出発点
6
ブツ切れにしない|広報コミュニケーション活動、3つの視点
7
第3コーナー|マネジメントサイクルを超えて
8
プログラムオフィサー|先を見据えて間に立つ
この記事をシェアする: