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アートマネジメント、再び

こちらの記事は2006年掲載「アートマネジメント入門」の改稿版です。

1. 芸術文化と現代社会のかかわりの探求と実践

ネットTAMで「アートマネジメント」について書いてから早12年もの年月が経ちました。当時に比べ、ネットTAMは、もはや読み切れないほどの記事・情報であふれており、便利な入門書(いや、専門書!?)がわりであるとともに、アートマネジメントの展開を物語る貴重な記録でもあります。求人や助成金等の情報欄を含め、多くの人にとって無くてはならないものになっているのではないでしょうか。

さて、あらためて、「アートマネジメント」について書く機会をいただきました。個別の専門領域や事例については、ネットTAMの中にもまとまった記事がありますので、そちらをご参照いただくこととし、ここでは「アートマネジメント」をあらためて概観するとともに、あえてこの言葉を取り上げる意義についても触れたいと思います。

ではまず「アートマネジメント」とは何か。

それは、文字どおりには「アート」の「マネジメント」であり、アートの生産や流通、消費などにかかわる人材(組織)や資金、施設、物品、またスケジュールなどを調整し、社会においてアートを成り立たせていくこと、そしてその現場や組織における実践的な技能・ノウハウや考え方、といってよいと思いますが、同時に、「芸術と社会をつなぐ」「芸術のつくり手と受け手をつなぐ」といったいい方もよくされます。ここではあらためて、12年前の文章でも引用した美山良夫氏による「アートマネジメント」の定義をご紹介します。

「芸術・文化と現代社会との最も好ましいかかわりを探求し、アートのなかにある力を社会にひろく解放することによって、成熟した社会を実現するための知識、方法、活動の総体」

アートにどのような力があり、現代社会において芸術・文化がどうあるべきか。社会におけるアートの役割や機能、存在のあり方を探求し、公演や展覧会、作品、プロジェクトといったさまざまな事業・企画を実践するという考え方が、「アートマネジメント」という言葉には込められ、そしてその先には、「成熟した社会を実現する」という大きな目的も掲げられています。これはいわば、アートマネジメントのミッションともいってよいのかもしれません。

2. 「アートマネジメント」が意識された背景

今回、強調したいのは、この「アートマネジメント」という言葉や考え方が使われることになった背景です。これはどの「マネジメント」分野でも共通なのかもしれませんが、「アートマネジメント」においても、自分たちを取り巻く環境やその変化の中で、その環境や変化をどう理解したらよいのか、そしてどうしていけばよいのか、ということを考える手がかりを求め、共有していこうとする積極的な動きがあったということだと思っています。「アートマネジメント」という言葉には、ただ単に、この分野のさまざまな「知識、方法、活動」が入った箱に貼るラベルに書く言葉というだけでなく、この言葉を使うことで、この分野の議論を生み出したり、知見を束ねたり、実践を共有したりしていき、よりよい実践や新たな課題への挑戦などによりこの分野のさらなる発展に結びつけて行きたい――という強い問題意識が込められてきた背景があり、こうしたまさに「探究」の意識が伴っているときにさらに魅力を持つ言葉だと思います。

「アートマネジメント」の考え方は、欧米で、1960年代から意識されるようになっていきました。オーケストラや展覧会といったものへの公的な支援が行われるようになると、なぜ税金を使って芸術を支援するのか、支援を受ける団体は効果的な運営が出来ているのか、といった議論がされるようになります。また、人口増やライフスタイルの変化に伴う、芸術文化の鑑賞人口の増加は、関係する組織や人材の増加にもつながります。そして、科学技術の発展、展示や公演、また組織の大型化や複雑化といったことで、個別の専門的な知識もより求められるようになっていきました。こうした芸術文化の現場をとりまく環境の変化は、一般のマネジメント論の展開の中で、「アート」の領域にも「マネジメント」の考え方を導入し、最新の経営理論等を取り入れ、共通の知識体系を持つ産業として発展させていく必要性を関係者に意識させ、実践されていくことになったのです。すでになんらかの現場を経験し、さらに幅広い知識や考え方を身につけることで、組織の意思決定やプロジェクトの責任者などを務める役職へキャリアアップしたい人を対象として想定した大学院のコースも設立されていき、主に非営利の芸術団体や芸術活動のマネジメントがその中心とされました。

日本では、特に1980年代以降、各地に自治体によって「○○市文化会館」「○○市民ホール」といった、ホール機能を主体とする文化施設(「公立文化施設」)が大量に設置される中、そうした施設の事業を担う人材や運営の考え方が求められるようになりました。美術館や博物館、図書館等では、学芸員や司書といった専門職の存在や施設の機能、設備等のあり方が具体的な基準等を伴って整えられ、大学での教育も体系化されていたのに対し、公立文化施設にはそうしたものがなく、事業実施に必要なノウハウが求められ、こうした分野の内容を学ぼうという動きが出てきます。

続く90年代には、施設増加という流れとともに、公的な芸術文化支援の仕組みが組み立てられていく、という展開が見られます。文化庁などの予算が増えただけでなく、企業による芸術文化支援も「メセナ」として注目されるようになり、また、お金ではなくさまざまなかたちでアーティスト等を支援していくような組織も少しずつ生まれ、「アート」は社会のさらにさまざまなところと接点を持つようになっていきました。文化施設や芸術団体といった運営する側、そしてそれを支援する側、さらには、芸術と社会のかかわりを考え実践していく「始めの一歩」として関心を持った市民の中で、「アートマネジメント」で扱われるような内容を共通の関心とする人々が増え、シンポジウムや講座等も盛んに開催されるようになっていきます。21世紀初頭にかけ、アートの担い手や方法の多様化、また、まちづくりへの展開といった流れも加わり、扱われる内容も、現場の個別の課題や組織運営等とともに、指定管理者制度、あるいは創造都市論といったより政策的なものにも広がっていきました。大学教育等にも取り入れられるようになり、教科書や専門書等の出版、調査研究の報告なども多くされ、現在につながる「アートマネジメント」の礎は、この90年代から21世紀初頭に築かれたものであるといってもよいでしょう。

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写真:小川重雄

3. アートマネジメント、再び

では、その後の今日に至る流れはどうでしょうか。「マネジメント」という考え方そのものはある意味、定着し、「礎」を築く時期に盛んに議論され共有され、あるいは制度化されていったものが生かされ、領域によってはさらに深化・展開をし、それぞれの場で実践・運営がされていっているように感じています。ただ、それは「アート」やその現場が、そしてもちろん「社会」が、変わらないということではありません。たとえば、数多く見られるようになった「アートプロジェクト」の展開からは、「アート」への人々のかかわり方、あるいは「アート」の社会とのかかわり方がさらに広がり多様になっているとも言えるのではないでしょうか。一方で、地方自治体の文化関係予算や施設の問題、アートに関わる分野の労働問題といったさまざまな視点から考えなければならない課題もあらめてクローズアップされてきています。

この10年ほどの間の制度的な展開の例としては、文化芸術に関する法律をあげることができるでしょう。2012年には、「劇場、音楽堂等の活性化に関する法律」(通称、劇場法)が制定され、2017年には、2001年に制定された「文化芸術振興基本法」が「文化芸術基本法」に改正されました。この基本法に基づき、今年3月には、「文化芸術推進基本計画-文化芸術の「多様な価値」を活かして、未来をつくる-」が閣議決定され、「文化芸術の「多様な価値」、すなわち文化芸術の本質的価値及び社会的・経済的価値を文化芸術の継承、発展及び創造に「活用・好循環させ」、「文化芸術立国」を実現することを目指す」とされるに至っています。そして、文化財保護法も今年、大幅に改正され、「保護」から「保存と活用」といった流れがつくられていくようです。つい最近では、「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」「国際文化交流の祭典の実施の推進に関する法律」といった法律も制定されており、こうした流れが具体的にどう影響していくかはさておき、「アートマネジメント」をめぐる環境が少しずつ変化していることは確かでしょう。

そう、まだ先のことかと思っていた「東京オリンピック・パラリンピック」も2年後です。「文化プログラム」の実施は、そもそもオリンピック開催国の義務ということであり、「東京オリンピック・パラリンピック競技大会は、スポーツの祭典であると同時に文化の祭典でもあり、我が国の文化芸術の価値を世界へ発信する大きな機会であるとともに、文化芸術による新たな価値の創出を広く示していく好機である」といったいい方もされています。東京に限らず各地で「オリ・パラ」のプログラムが数多く展開されており、さまざまな政策や事業が「オリ・パラ」と関連づけられているようでもあり、どこかで何かにかかわっている方も多いのではないでしょうか。

90年代から21世紀初頭のころの「アートマネジメント熱」の熱さは、その当時を知っている人には(筆者も含め)少々「懐かしい」記憶になりつつあるかもしれません。しかし、その礎の上に、既存の団体等はさらに実績を積み、さまざまな「プロジェクト」や支援組織も立ちあがり交流・連携し、新たな世代や領域の人材もつながり、技術的な進歩も相まって、「アートマネジメント」の領域は可能性を広げてきているともいえそうです。法律や制度もじわじわと変わってきていて、オリ・パラも近づいてきました。新たな「アートマネジメント」の登場人物が出揃ってきた、というのもおかしないい方かもしれませんが、このあたりであらためて少し俯瞰して考え、隣やそのまた隣の人ともそれぞれの課題や現状、関心を共有し「探究」してみることは、この領域全体にとっても、それぞれの現場にとっても、そして一人ひとりにとっても、意味のあることになるのではないかと思っています。

では一体「アートマネジメント」が今どのようなところなのか、次回は、昨今の具体的なトピックとともに考えて行きたいと思います。

(2018年6月13日)

アートマネジメント入門 ─改稿版─ 目次

1
アートマネジメント、再び
2
アートマネジメントの悩み、再び
3
ある劇場職員のつぶやき
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