2024年に開館70周年を迎える神奈川県立音楽堂には、なんと56年間*も続いている主催公演がある。「音楽堂クリスマスコンサート 『メサイア』全曲演奏会」である。ヘンデルの大曲をカットなしで、アマチュア県民の合唱団が、プロの指揮者、ソリスト、オーケストラと共に歌い上げる、という企画だ。
 本公演の「主役」はなんといっても合唱。参加者は、長年歌い続けてきたシニアから今年初参加の高校生まで幅広く、中には、この公演の第1回目から出演し今回で連続56回目を迎えた長老もいる。彼らが一丸となって、晴れやかな、時に神妙な表情で歌う姿は、聴衆の心を引き付ける。休憩をはさみ約3時間に及ぶ長い公演だが、毎年ほぼ満席で、年末の風物詩となっている。
 公演を継続していくために必要なのが、次の時代への橋渡し。参加者の高齢化が課題となっていた12年前、県内の高校の合唱部に参加してもらう「メサイア未来プロジェクト」が始まった。当初、高校生にこんな大曲は無理かも、と思っていた大人たちをしり目に、彼らは正確な音程と清々しい声でみごとに歌った。これが大人たちの円熟の声とほどよく溶け合い、演奏力はぐっと向上。何より、世代を超えた人々が共に歌う姿は「平和」そのものだった。そして高校生は大人たちの隣で歌いながら、「何十年も歌い続けていく人生」があることを目の当たりにした。このプロジェクトはコロナ禍を経て、今年も継続している。
 ヘンデルが作曲して282年。日本における全曲通しての演奏史は、まだ100年にも満たないらしい。多くの人々が積み重ね、育み続けて、いつしか「文化」となる。その大きなプロセスにおいて、この公演も小さいながら一つの役割を果たしているように思い、誇らしいのである。
 *コロナ禍で中止した2年間を除く。