私たちが知っている2020年までの社会は、経済的発展を価値に据えてひたすら前進と上昇を繰り返すものではなかっただろうか。しかしその前進と上昇に急ブレーキをかけたコロナ禍は、視線を前方から後方、上方から下方へ向けることを強いているようだ。後方と下方…つまり足元には間違いなく蓄積がある。その蓄積こそ伝統文化に他ならない。

伝統文化は、〈先人から受け継ぎ未来へ伝える価値〉を有し、過去に生まれるも〈時代を超えた共感〉を呼び、〈自らが生きる風土へのアイデンティティ〉を体感させるものだと心底思う。また、いかなる先進的な創造にもその水脈をたどると土台として存在するものではないだろうか。ゆえに、良きにつけ悪しきにつけあらゆる局面においてボーダレス化が急激に進む今だからこそ、一人でも多くの人々と共有したい。

しかし、伝統の本質を見失わずに今と繋げる作業は容易ではなく、未だに明確な方法も答えも見出せずにひたすら実験と実践を繰り返す日々でもある。なぜなら、人から人へ継続的に伝えられ、時間をかけて熟成してきた伝統文化を繋ぎたいのは、スピード感、利便性、変化などの価値観が支える現代社会だからだ。

同時にこの三年間で、「身体の栄養源は食物であり、精神の栄養源こそ文化活動である」という当たり前の真実を再認識できた。コロナ禍以前において、「なぜ伝統芸能なのか?」その問いにエッジの効いた回答が用意できていたか、振り返ること頻りである。文化活動が絶対的に不可欠であることが確認できた今、このタイミングこそ「伝統文化が土台にある社会」をつくる絶好の機会であると思えてならない。劇場・ホールにおける公演、ワークショップ、アウトリーチ…ほか様々な角度から、歩みを止めずに更なる蓄積を重ねて行こうと思う。改めて、自分自身が「伝統芸能と現代との接点づくり」に取り組む意味を問い直し、自らのために言語化してみた次第である。