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アートマネジメント教育の展開



1.アートマネジメントが必要とされた理由

 2000年以上昔の古代においてすでに、アーティストと社会(public)の出会いをアレンジする「アーティストマネージャー」が存在しており、今日に至るまでその基本的役割に変化はない----、アメリカで使われているある教科書[*1]では、アートマネジメントの歴史をはるか古代から説明しています。
 もちろんそうした役割はどこでも誰かが果たしていたことでしょう。とはいえ、「アートマネジメント」という概念をある目的のもと意識的に用い、いち早く体系化しようとしたのは、1960年代のアメリカでした。アートマネジメントが意識され、職業として確立していくようになったのにはいくつかの理由があったと言えます。

(1)税金による芸術支援の展開

 1965年に、全米芸術基金(NEA)という政府機関が設置され、芸術活動に対して税金による助成が始まります。その後それぞれの州にもアーツ・カウンシルと呼ばれる芸術を支援する機関が設置され、なぜ税金で芸術を支援するのか、支援を受ける芸術団体は効果的な運営をしているのか、といったことに関する説明責任が求められるようになりました。

(2)芸術文化活動の増加

 第1次ベビーブーム世代が成人となる1960〜1970年代にかけて、ライフスタイルの変化とともに、芸術文化の鑑賞人口が大幅に増えていきました。アーティストや芸術団体も増加し、文化施設や芸術団体では運営を担う人材も必要とされていきます。しかし同時に、ラジオや映画、テレビといったメディアの展開の中で、オペラやオーケストラ、演劇、ダンスなどの舞台芸術はいかに生き残っていくかという課題とも隣り合わせでした。

(3)マネジメントの変化

 科学技術の発展や組織の拡大、展示や公演の大型化や複雑化などにより、資金調達、権利処理、契約、広報、組織運営などの専門知識がより必要とされるようになっていきます。また、美術館や劇場などとは異なる場所で、むしろそうした場での芸術のあり方にあらがうような発表や交流の場が展開されるようになると、そういったいわば「オルタナティブスペース」と呼ばれるような場のマネジメントといった新たな視点も出てきました。

 このように、芸術文化をとりまく環境が変化していく中で、最新の技術や経営理論を積極的に取り入れ、産業として発展させていく必要性が関係者の間で意識されたのです。その変革を実際に担う者として、アートの世界にもマネジメントの方法論にも精通したアートマネージャーが想定され、大学がその養成に取り組むようになります。

2.アートマネジメント教育の内容(欧米)

 早くは1960年代後半から、アメリカやイギリスの大学でアートマネジメント教育が行われるようになり、次第にこの領域が体系化されていきました。一般的にアートマネジメントといった場合、「非営利の芸術団体・芸術活動のマネジメント」が対象とされ、「アートアドミニストレーション」という言葉を用いることもあります。
 大学によってカリキュラムや内容に違いはありますが、マーケティング、会計学、組織運営(スタッフ・ボランティア等の人的管理や組織の意思決定・戦略構築など)といった科目が多くの場合必修とされ、その他にも、法律学(表現や労働に関する法)、芸術教育、リーダーシップ、ファンドレイズ(資金調達)、芸術文化政策、などの科目が設置されています。それぞれの内容はさまざまな芸術ジャンルや組織形態などに共通のものとされていますが、大学・コースによっては、意識的もしくは伝統的に、特定の分野を中心的に扱い、特徴となっていることもあります。

 こうしたコースは、すでに何らかの現場を2〜3年は経験し、組織の意思決定やプロジェクトの責任者などを務める役職へキャリアアップしたい人を対象としており、基本的には大学院の修士課程です。社会科学系を中心とするいわゆる実学的内容が多く、MBAのコースとして設置されているところもあります。中長期的なインターンシップが必修とされるほか、特定の団体・課題についての調査研究やプレゼンテーションを行うことなどが重視されており、展覧会や公演などを実施するために現場で必要なノウハウ(展示方法や会場設営など)を学ぶような科目はほとんどありません。大学の専任教員のほか、地域の芸術団体や文化機関、文化施設のディレクターなどが指導にあたります。

 芸術施設や活動に国や自治体が公的資金を拠出してきた伝統をもつヨーロッパにおいても、芸術文化をとりまく状況の変化の中で、施設運営の改革や新たな人材養成などが模索されています。芸術活動に限らない様々な文化機関や、文化政策といった大きな議論の枠組みも含んだ、「文化経営」(カルチュラルマネジメント)という言葉を使った人材養成コースが大学院を中心に近年多く設置されてきており、比較的同じような内容のカリキュラムが組まれているといえるでしょう。

3.アートマネジメント教育の特徴と展開(日本)

 さて、日本の大学におけるアートマネジメント教育は、芸術文化振興基金や企業メセナ協議会などが相次いで設置され、アートに対する社会的関心が高まっていく90年代初頭から少しずつ展開されていきました。91年には慶應義塾大学文学部にアートマネジメント講座(科目)が設置され、94年にはマネジメントに特化した学科としては初の音楽芸術運営学科が、昭和音楽大学音楽学部に設置されました。日本の大学におけるアートマネジメント教育は学部教育としてスタートしたのが特徴です。

 90年代以降の学部再編や大学院の拡大、地域との連携といった大学改革の流れとともに、こうした学科や関連科目の設置が少しずつ進み、検討されていた頃、ある民間の講座がアートマネジメントの展開に大きなインパクトを与えました。トヨタ自動車が主催し、企業メセナ協議会を事務局として実施された「トヨタ・アートマネジメント講座」です。96年から2004年にかけて全国各地で計53回開催されたこの講座は、文化施設や芸術団体のスタッフだけでなく、アートと関わる活動に自ら参加したり、さまざまな視点から関心を持つ市民を対象としていました。それぞれ2〜3日程度ではありましたが、開催地域の事情を反映した内容、地元スタッフとの共同運営などを通じて、各地の活動を鼓舞し、地域内でのつながりを生み、また全国とのネットワークを生み出す機会ともなりました。日本において、「アートマネジメント」の精神を自ら積極的に取り入れ、活動を進めていこうとしたのは、キャリアアップや経営の効率化といった事情ではなく、むしろ芸術と社会のかかわりを考え実践していく「始めの一歩」として関心を持った市民であり、それを支援したのが企業メセナだったのです。この点において、この講座は日本の状況をよく表していたとも言えるでしょう。

 講座が最終回を迎えた頃には、アートマネジメント関連の科目を開講する大学も大幅に増え、現在では単独の科目のみの開講も含めれば全国で100を超える学科やコースに関連科目が設置されています。職能団体や公立文化施設、また地域のアートNPOがセミナーなどを開催することも増えてきました。98年には日本アートマネジメント学会も設立されています。そして、ここ数年で大学院のコースも少しずつ立ち上がってきています。欧米のようなマネジメントスキルの重視という教育を展開しているところはわずかのようですが、文化経済学や文化政策、文化経営、観光、都市デザイン、美学、美術史や博物館学、情報学、あるいは芸術創造そのものといった、隣接し重なる分野との交流の中で、日本におけるアートマネジメントの教育研究は少しずつ進められているということができるでしょう。

次回は、日本の状況についてもう少し触れながら、アートマネジメントの課題についてお話したいと思います。

[註]
  1. 『Management and the Arts, 3rd Ed. 』(William J. Byrnes, Focal Press, 2003)

(2006年9月12日)

おすすめの1冊

『アーツ・マネジメント』 川崎賢一・佐々木雅幸・河島伸子著
放送大学教育振興会
2002年
『新訂 アーツ・マネジメント』 清水裕之・菊池誠編著/加藤種男・塩谷陽子著
放送大学教育振興会
2006年

放送大学「アーツ・マネジメント」のテキスト。日本のアートマネジメント教育で扱われるトピックを概観できる。

『文化とメセナ』 根本長兵衛著
人文書院
2005年

メセナの立場から、アートマネジメントや文化政策というものに取り組む・支援する過程がつづられている。90年当初〜現在の日本・世界の状況を感じとるのに格好の書。

アートマネジメント入門 目次

1
アートマネジメントとは
2
アートマネジメント教育の展開
3
アートマネジメントの課題
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