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多様な主体による文化への取り組みと、文化芸術基本法の関係

こちらの記事は 2007年掲載「アートに関する法律入門」の改稿版です。

文化芸術振興基本法以降、文化は「振興」されたでしょうか?

前回、戦後から21世紀にかけての国の文化政策の流れと、国に先行して現れた民間や自治体を中心とした取り組みに触れました。多くの他の行政分野と異なり、文化行政、とりわけ文化財保護を除く文化振興に関する行政分野は、戦後は国ではなく地方自治体が独自の判断で進めることができる分野として進んできました。特に多目的ホールと博物館等については、1950年につくられた図書館法と異なり、統一的な法律がないままでした。

※ 博物館法(1951)に基づく「登録博物館」は、広義の博物館・美術館の1/3にも満たず、国立博物館や国立美術館は登録博物館になることはできません)。

2001年に文化芸術振興基本法こそ実現したものの、それをきっかけとした予算の充実にはなかなかつながりませんでした。むしろ成立の追い風となった小泉政権は、「官から⺠へ」を合⾔葉とした、いわゆる「行政改革」の路線を決定づけた政権でもあります。以降、これまで、政権交代中の「事業仕分け」も含めて、「行政の非効率・無駄使いの撲滅」というスローガンが政治的な既定路線となりました。また地方自治の拡充というもう一つの路線の中で、全国知事会などの要望を受けるかたちで、国から地方自治体の美術館などに支出されていた運営補助金はすべて廃止され、自治体に交付される地方交付税の一般財源に組み入れられることになりました。このことと、指定管理者制度の導入により、地⽅⾃治体の文化施設は資⾦⾯でも逆⾵にさらされ、雇⽤も不安定になり優秀な⼈材の確保が難しくなりました。

日本の文化芸術行政は、戦後長らく民間・自治体に任せる方針が取られていた中で、一部の自治体を除いて人材育成システムなどの強い基盤を持たずにきたこともあり、地方に多く広がった公立文化施設に対して、行政改革の流れの中で厳しい目が向けられてきました。前回も触れた音楽議員連盟が2012年に、主に自治体の劇場・ホールを対象とした「劇場、音楽堂等の活性化に関する法律」(いわゆる劇場法)を成立させたのも、こうした逆風に対応するものであったという見方もできるでしょう。

地方自治体では、文化芸術振興基本法ができる前にも、文化振興を独自の条例で定めている自治体は数多くあります。特に80年代以降は、文化施設の開館や改装に際してその根拠法として芸術文化振興条例をつくる例が増えています。また2001年以降、新たに条例をつくる自治体や、それまでも「芸術文化」条例を持っていた自治体でも改正の際に、新たにできた国の法律に合わせて「文化芸術」条例に名称を変更する例も増えています。今後も、劇場法と新しい文化芸術基本法に文言を合わせていくような改正も増えていくかと思われますが、現時点で国の法律は文化芸術振興に対する理念や方向性を宣言するものにとどまっています。また国立文化施設(国立博物館や国立劇場、国立美術館など)は基本的に個別の設立法を根拠としているという点も変わっていません。

改正ポイント1、文化庁と他の行政主体との連携

行政機関といえば「管轄」により「縦割り」に分かれているという印象をお持ちかもしれませんが、文化行政については「どんな主体でも縦割りを気にせずに実施できる」という自由度があるため、たとえ文化を主題にした専門部局(国でいえば文化庁・文部科学省、地方自治体でいえば教育委員会や文化・スポーツ局など)があっても、他のさまざまな行政機関も、それぞれの行政目的達成を円滑にするために文化事業にかかわっているのが実態です。多様な主体が多様な文化事業を行うことは全体として多様性を増していく可能性はありますが、互いに行っていることを知らなければ似たものばかりになってしまったり、冷めた目で見た場合に「行政の非効率・無駄遣い」という指摘を受けやすくなる危険性があります。

特に事業仕分け以降、そのような指摘や疑いの眼差しを向けられる例も(私自身も経験しましたが)増えています。複数の行政機関の事業が、それぞれの事業の現場レベルで連携して、結果的に効率的・効果的に運営してよい循環を生んでいるのに、「非効率を疑われるから連携は今後一切やめるべき」といった意向が上から降ってくることもありました(幸い、上記のときは具体的な成果を示して反論することでその意向がいったん引っ込みましたが、今後またいつか同様のことがありえそうです)。現時点では、連携のメリットよりも重複と指摘される懸念が上回っているため、文化を主題にしていない多くの行政機関にとっては、多様な文化事業を行っていることをあまり表に出してほしくないようです。

2017年の文化芸術基本法では、第36条で国の行政機関の連携を推進するための施策として、新たな会議体である「文化芸術推進会議」の実施を規定し、同年11月10日には第1回会議が開催されました。

今後、こうした施策により、よいかたちで事業の連携が増え、さらなる多様性や有機的な成果が生まれることで国民に資するかたちになっていくことを期待していますが、まだ道のりは遠いかもしれません。

ちなみに上記の条文に記載された以外でも、防衛省なども文化施設の運営や文化振興とかかわる事業を運営しています。こうした状況自体は日本特有のものではなく、海外でも見受けられます。文化はもともと広い概念であり、また芸術文化に限らず広く文化の多様性や魅力、重要性を開発し、再定義し、活用していこうという現在の世界的な流れも背景にあります。そのような領域で「行政の非効率・無駄使い」ばかり見出していこうというのはむしろナンセンスではないかと思う一方で、強い政治経済的基盤を持たずにきた日本の文化行政にとって、強く反論できる政治的な後ろ盾もなく、こっそり進めざるを得ないというジレンマも感じます。

改正ポイント2、地方自治体の文化芸術推進基本計画策定の明文化

文化芸術振興基本法以降、文化庁は定期的な「基本方針」を策定してきましたが、2017年改正では「方針」が「計画」に変わり、目標を示すだけではなく達成の指標等を設定するようになりました。しかしそれ以上に重要なのは「地方文化芸術推進基本計画」の策定が、地方公共団体の努力義務とされたことです。自治体においても今後、具体的な計画が立案され推進されることが期待されますが、財源と専門家の不足や、職員の文化行政への苦手意識など、多くの課題があります。

最後の改正ポイントは、文化行政の推進に当たっての「表現の自由」についてのさまざまな懸念を受けて、その部分の文言が改定されたことです。次回、稿を改めて解説したいと考えています。

(2019年8月9日)

アートに関する法律入門 ─改稿版─ 目次

1
文化芸術基本法の社会的背景
2
多様な主体による文化への取り組みと、文化芸術基本法の関係
3
「表現の自由」と「内容不関与の原則」
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