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多様化するファンドレイズ

前回のコラムで指摘したように、「文化戦争」を経た1990年代以降にも、次々と新しいインディペンデントな文化芸術の場所がアメリカには生まれています。とはいえ、そうした新進の場所が非営利団体として資金調達するには、従来から存在する非営利団体と支援者たちの関係性に割って入っていこうとするわけで、多くの困難が伴います。

その中でも芸術面はもちろん、資金調達という側面からも注目に値するニューヨーク市内にある新進非営利芸術団体を3つ紹介したいと思います。

1)都市開発 〜Chocolate Factory

ニューヨーク市は5つの区(Brough)に分かれています。マンハッタン、ブルックリン、ブロンクス、スタテン・アイランド、そしてクイーンズの5つです。90年代から00年代にかけてブルックリンが再開発され、今ではすっかり国内外問わず憧れの場所になりましたが、10年代に入って次の再開発エリアとして注目を浴びているのがクイーンズにあるロング・アイランド・シティ(LIC)です。美術に関心のある方ならMoMA PS1のある場所としてご存知かもしれません。そんなクイーンズで現代舞台芸術の創造と発信で気を吐いているのが「Chocolate Factory Theater」です。

この劇場名はそもそもシーラ・レヴァンドフスキとブライアン・ロジャースという二人が1997年に始めたパフォーマンス・ユニットの名前で、自分たちの制作を発展させるため、2004年にLICにある古い元工場を借りてスペースを構えたことから始まります。こうした成り立ちから、この劇場の運営は常にアーティストに十分なスペースと時間と自由を与えることをモットーとして、多くの若手アーティストが新作に取り組んでいます。

実はこの劇場は、2021年6月に同じLIC地区の中で移転したばかりなのです。ほんの徒歩15分くらいしか離れていない場所なのですが、かつて工具・金型工場であった隣接する2つの倉庫を手に入れて、面積は元の場所の軽く2倍以上になりました。しかも今回は賃貸契約ではなく、「Chocolate Factory Theater」という非営利芸術団体が所有できることになったのです。

元の場所の賃貸契約の期間が切れる数年前から、次の場所をブライアンとシーラは探していました。ある大きなデベロッパーと提携し、クイーンズに新たにできる高層ビルの中にスペースをつくってもらえるという話もある中でシーラの知人の紹介で今回の元倉庫を見つけたのです。元倉庫のオーナーはこの建物を売りに出していましたが、絶対取り壊さないでいてくれる人に売りたいと考えていました。というのも、この建物を買おうとしていたデベロッパーは皆、この建物を壊して新しいガラス張りの建物をつくることを考えていて、彼はそれに耐えられなかったからです。だから二人は、「もちろんです。取り壊しません」と伝え、「Chocolate Factory Theater」に売却することに同意してもらいました。その後ニューヨーク市が、経済開発公社という機関を通じて、このビルを380万ドルで購入します。市議会議員やクイーンズ区長もいくらか出資し、さらにニューヨーク市長のオフィスも出資しました。その後、市がその所有権を「Chocolate Factory Theater」に移譲して彼らが所有することになったのです。これは、15年以上にわたりLICでほぼ唯一の現代舞台芸術専門のスペースとして地域に貢献してきたことが行政に理解された結果だといえます。従来から彼らは「Taste of LIC」と呼ばれる非常に大規模なイベントをプロデュースしていましたが、このイベントには2つの目的がありました。それは、地域社会への感謝イベントです。巨大なテントの下で、近隣の50以上のレストランが参加するイベントで、毎年1,500人以上が来場し、地元にお金を落としてくれます。それは、「Chocolate Factory Theater」にとっても一種の資金調達パーティーのようなもので、パンデミック以前は、それが大きな収入源でもありました。ニューヨーク市は、都市開発は経済効果という意味で必要性を理解しているものの、一方でジェントリフィケーションの弊害も理解していて、そのようなときにコミュニティに貢献するアートの力を信頼し、開発が無味乾燥としたものにならないよう協力し合おうとしているのです。

2021年11月に新Chocolate Factory Theaterで上演されたアーティストadenによるパフォーマンス「tizita, from the feet up」の模様(提供:Chocolate Factory Theater)

2)食とアート 〜Invisible Dog Art Center

現代美術からパフォーマンスまで、あらゆる分野でエッジの効いた表現を送り出す、近年最注目のアートスペース「Invisible Dog Art Center」。ディレクターのルシアン・ザヤンはフランス出身。フランスのオデオン座など名だたる劇場で仕事したあと、本人いわく「中年の危機」に陥り、1年間のサバティカル休暇をとります。欧州各地を遍歴し、最後の3カ月何も知らない場所に行こうと思い立ち、ニューヨークへやってきました。そこで出会ったのが、ブルックリンのボーラムヒル にある、1863年建設の主にベルト工場として使われていた廃墟でした。ルシアンはその建物に文字通り「恋に落ちて」、オーナーに連絡を取りました。貸していいという返事をもらい、早速ビジネスプランを練ります。何の確信もなく、ほぼ当てずっぽうにつくった「アーティスト専用アパート」プランをオーナーは気に入り、契約を結ぶことに。

しかし廃墟の建物には処分されていない道具、機械、製品が散乱していました。そこでルシアンは「フリーマーケット」を行い、それらを数カ月かけて処分したのです。すると手元に残ったお金は2万ドル以上、ゴミ処理費がゼロで済んだばかりか初期費用まで手にしたのです。偶然立ち寄った人々の中にニューヨーク・タイムズの記者がいて、冗談だと思っていたら本当に記事になり、それで2009年のオープン当初から注目を集めるアート・スポットになってしまったのです。

2022年3月2日にInvisible Dog Art Centerの「Salle A Manger」で行われた筆者の送別会の模様(撮影:Lucien Zayan)

アーティストに手ごろな金額で30室ほどのスタジオ兼住居をレンタルし、基本的な建物のランニングコストを賄い、1階のアートセンターとしてのスペースの運営費用はKickstarterというクリエイティブに特化したクラウド・ファンディングサイトを活用して資金調達しています。毎年行うクラファン・キャンペーンに際してPR映像をつくっているのですが、導入して5回目くらいから「もっと気の利いたものを」という提案をKickstarterから受け、短編映像作品といえるほどのクオリティでウィットに富んだ映像がつくられるようになりました。これが寄付の金額を倍増させただけでなく、Invisible Dogそのものへの注目を高めることになりました。

さらにInvisible Dogの展開は続きます。2019年にla Salle A Manger (フランス語で“食堂”の意味)をスタートさせます。ルシアン自身が本気でプロの料理を学び、シェフとして腕を振います。そしてゲストが支払ったお金は、経費を除いてすべてInvisible Dogの運営費へ「寄付」として充当されます。つまり、楽しく美味しい食事を楽しむために支払ったお金が寄付控除を受けられるのです!多くの劇場や美術館が資金調達イベントとして行うガラディナーに近いのですが、ここでは自分の好きなゲストだけを招き、プライベートな雰囲気で料理を楽しむことができ、かつ寄付ができるのです。何だかこれは、京都の「一見さんお断り」のお茶屋文化のような気がしてきます。食とアート(芸)を楽しみ、そしてその芸事を支える…、しかもゲストはあるサロン的なコミュニティに参加し、ビジネス上のネットワークも育んでいけるのです。

「Salle A Manger」でのお品書き。「A Gift From」の文字が中央に見える。つまりこれはパーティーの企画者が、Invisible Dog Art Centerへの支援者でもあることを意味している。(撮影:筆者)

3)インパクト投資 〜National Sawdust

ブルックリンの中でも流行のブティック、レストラン、カフェなどで近年人気を集めるのがウィリアムズバーグです。ここで2012年に現代音楽に特化したアートスペースとして誕生し、熱い視線を浴びているのが「National Sawdust」。ここでは、インキュベーションから普及までのエコシステムにアーティストを巻き込み、メイヤーサウンドシステムを擁する最新鋭の会場で、音楽主導の協働プロジェクトを開発、ツアーまで手掛けています

共同設立者で芸術監督を務めるのは、作曲家として高い評価を集めるパオラ・プレスティーニ。彼女は「作曲家として、21世紀のアーティストの役割は、クリエイター、教育者、活動家、そして起業家であると信じています。21世紀のアーティストは、地域や世界規模で、自分たちのコミュニティにどのような影響を与えることができるかを考える必要があると思うのです」と語ります。

そもそも「National Sawdust」は、引退した税理士で音楽好きのケヴィン・ドーランが夢見たものです。ドーランは、若い作曲家のキャリアをスタートさせるために、作曲、録音、演奏ができる実験的なインキュベーターをつくりたいと考えていました。その準備の過程で彼はパオラと出会い、彼女に芸術的なビジョンの構築を委ねるのですが、彼のアイデアを成功させるためには、音響的に優れていると同時に、建築的にも象徴的であることも同じくらい必要でした。そこで地元の新進事務所ビューローVに設計を依頼し、同名の元おがくず工場をリノベーションし、室内オペラからメタルまで上演できるハイスペックであり、かつ印象的な空間をつくり上げたのです。

ケヴィンは現在も「National Sawdust」の理事長を務めていますが、他人からはこのようにいわれています。「ケヴィンは新進アーティストにとってのアンドリュー・カーネギーのようだ、...ただしお財布はそれほどではないが」。つまりアメリカの多くの資金提供者のような莫大な資産を有しているわけではないということです。建物については、家賃不要の代わりに建物の固定資産税、メンテナンス、保険を「National Sawdust」が負担するという長期リースの形態をとり、トリプルネット・リースの一種として契約しています。またケヴィンが多くの慈善投資家とともに営利企業であるLLCを設立し、投資家として参加して資金を集め、それを「National Sawdust」の運営費に充当しています。つまりこれは、「National Sawdust」のようなミッションベースの組織に利益をもたらす営利団体に投資するという、インパクト投資の一種なのです。ケヴィンは自身の資産を持たない代わりに、シャーマン&スターリングの税務グループの顧問弁護士や、メリルリンチの税務政策部門上級副社長といった仕事の経験によるビジネスの才覚とネットワークを活かし、彼の純粋な音楽にかける情熱を現実のものとしてきたのです。

National Sawdust…2021年12月15日、16日にNational Sawdustで上演されたコンサート「21c Liederabend Op. Senses」のカーテンコールの模様(撮影:筆者)

4)まとめ 〜信頼関係の構築に向けて

今回紹介した3団体以外にも、ミッションの数だけその非営利団体の資金調達方法や資金のポートフォリオは異なります。ですから一般化して何か結論めいたことをいえるわけではありませんが、非営利団体として自分たちの公的・社会的なミッションを常に意識し、そのステークホルダーたちとの間で信頼関係を構築することが必要不可欠なのは間違いありません。ステークホルダーとは単に建物の設置者や主要な出資者のことだけを指すのではなく、また漠然と「市民」と考えるのでもなく、ミッションを届ける先の人々そしてコミュニティの存在であり、それをどれだけ「具体的に」イメージできるかに、運営の成否がかかっているのではないかと私は考えます。

(2022年2月28日)

特別編 アメリカのファンドレイジングの現在 目次

1
復元力と創造性をもつ芸術文化支援に向けて
2
アメリカでの研修報告・その1
3
多様化するファンドレイズ
4
問題提起:デザインされた政策と草の根から立ち上がる政策のバランス
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