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アメリカでの研修報告・その1

BAM Billboard:BAMに面した交差点にある電光掲示板。これから上演する作品の紹介画像に続いてエッセンシャル・ワーカーへの感謝のメッセージが投影されている。撮影:橋本裕介

BAM Billboard:BAMに面した交差点にある電光掲示板。これから上演する作品の紹介画像に続いてエッセンシャル・ワーカーへの感謝のメッセージが投影されている。
撮影:橋本裕介

2021年3月末から、文化庁新進芸術家海外研修制度でニューヨークに住んでいます。文化庁に申請したのは2019年の8月末。KYOTO EXPERIMENTを通じて培った欧州のフェスティバル間とのネットワークを活かし、当初は欧州のどこかの組織で研修するのが自然だと考えていたのですが、申請締め切り直前に行き先をニューヨークに決めました。理由は2つ。一つ目は少子高齢化が進展する日本の社会状況において、芸術文化以上に喫緊の課題を持つ公共セクターがあり、それらを優先する中で行政による芸術文化支援が頭打ちになるだろうという見立てです。2つ目は「あいちトリエンナーレ」に端を発する表現の自由の問題。1990年ころ、アメリカではすでに表現の自由を巡ってアート界だけでなく政治を巻き込んだ『文化戦争』なるものが起こっており、その結果アメリカ合衆国連邦政府がかかわる芸術支援組織「全米芸術基金(National Endowment for the Arts通称NEA])の予算が大幅に削減され、アーティスト個人への支援が取りやめになりました。

ただ、『文化戦争』を経て国の予算が縮減したからといって、ただちにアメリカの文化芸術が弱体化したのでしょうか。たとえば2019年時点で、アメリカのアート市場は世界の実に44%(約3兆2,024億円)※1 を占め、メトロポリタン・オペラは精力的に新作を発表するばかりか、世界中でスクリーニング「METライブビューイング」※2 も行っています。現代パフォーマンスの創造と発表も盛んに行われており、ニューヨーク市内でも、独立系アートスペースが、1990年代以降にいくつも誕生しています。一体この復元力は何なのだろうか? 私はそんなアメリカの芸術界の生態系を知りたいと考えるようになり、研修先にニューヨークを選んだのでした。

※1:出典:The Art Market 2020 (Art Basel & UBS)
※2:日本での名称。アメリカでは「The Met: Live in HD」という名称でライブ中継とアンコール上映が全米各地で行われている。

この文章を執筆している2022年2月現在、私は、アメリカ合衆国(特にニューヨーク)の非営利舞台芸術の資金調達にフォーカスを当て、たくさんの資金調達の専門家たちと資金提供する側の人々にインタビューを重ねています。

まず初めに確認しておきたいのは、アメリカにおける芸術支援は伝統的に裕福な芸術支援者(あるいはそれを元に設立された財団)からの寄付、つまりフィランソロピー活動によってなされており、上記のNEAをはじめとする政府の直接的な文化政策以前からこの活動は存在し、金額においても政府を大幅に上回っているという事実です。次に、そのような芸術支援の受け皿として、教会や学校を運営する非営利の慈善団体という法律上のカテゴリーを採用することによって、市場や国家からの独立性を担保しているということです。この団体の法的資格を「501c3」といい、これらの組織は公の利益に資するものとして認められているため、ここに分類される団体への寄付は税控除の対象になり、寄付者のインセンティブを高めています。この特殊な制度によって規定されている団体には利益の再分配が厳しく禁じられており、運営状況は幅広く情報公開されて透明性が非常に高いのが特徴です。実際に私は「Candid」というウェブサイトを通じて『990 Form』という非営利団体の決算報告書を無料で入手し、財務状況の経年変化や収支構造の特徴を把握したうえでそれぞれのインタビューに臨んでいます。この報告書では驚くべきことに、主要な職員の年収まで公開されているのです!

リサーチの過程で明らかになってきたことは、アメリカの非営利芸術を支える存在として、資金調達者と資金提供者に加え、第三の重要な存在について知る必要があるということでした。それは「中間支援組織」です。多くの資金提供者が、富裕層の個人か民間の支援財団で、特に支援財団は基金を有しており、その運用益を支援に使っているのに対して、中間支援組織の多くは基金を持たず自ら資金調達を行い、それで得た資金の“リグラント(Re-grant)”、つまり再配分で芸術支援を行っています。

NEAだけでなく、州や市の助成金、そして基金を持つ大型の支援財団は、その大きさゆえ、日本と同様に申請条件や用途に厳しい制約があります。幅広く対象を募って不具合を起こさないためには、制約の厳格化はある程度はやむを得ませんし、選定に必要な情報収集という面でも支援対象を広げた大きな組織ほど容易ではありません。中間支援組織は、まさにそこから溢れるきめ細やかな支援を行っているのです。さらに重要なのは、そうした組織が自発的に生まれ、なおかつ現場を知るそのあり方が、今度は大きな組織に影響を与えるというサイクルができあがっている点です。現場のニーズからのボトムアップを促進し、それがアメリカという国の文化政策を自然とかたちづくっているのです。先に述べた「復元力」の一つの鍵を見た気がします。

BAM Gala:ブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージック(BAM)の資金調達イベントであるガラの準備風景。撮影:橋本裕介

BAM Gala:ブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージック(BAM)の資金調達イベントであるガラの準備風景
撮影:橋本裕介

今回は2つの中間支援組織をご紹介します。一つ目は、この種の組織で最も歴史の古いものの一つで1963年に設立された「Foundation for Contemporary Arts」です。この財団を継続的に支えているのは、ほかでもないアーティスト個人そしてそのコミュニティであり、「Artists for Artists」をモットーに掲げています。きっかけは1962年、ジャスパー・ジョーンズ、ジョン・ケージ、ロバート・ラウシェンバーグをはじめとするビジュアル・アーティストや作曲家たちが、コラボレーションを重ねてきた仲間である振付家マース・カニングハムのダンスカンパニーによる公演の資金調達をするため、彼らの作品の販売をしたことでした。この資金調達キャンペーンは成功し、公演に必要な資金以上が集まったのです。そこでカニングハムはこういったそうです。「我々は皆同じ船に乗っているんだから、この支援を他のパフォーミング・アーティストにも与えてはどうだろうか?」これをきっかけに非営利芸術支援団体として設立されたのです。設立後、上記のアーティストたちのほか、マルセル・デュシャン、アンディ・ウォーホルなど、67名のアーティストが参加し、資金調達を目的とした第1回慈善展覧会に作品を提供したといいます。こうして、これまでに1,000人以上のビジュアル・アーティストから、絵画、彫刻、ドローイング、版画などの大規模な寄贈を受け、財団の助成プログラムを支えています。

もう一つの組織は、「Creative Capital」です。NEAがアーティスト個人への助成金の大半を打ち切ったことを受けて、1999年に非営利芸術支援団体として設立されました。立ち上げたのは、当時アンディ・ウォーホル美術財団の理事長であったアーチボルド・L・ギリーズ。Creative Capitalは、革新的な作品を生み出すための資金をアーティストに「直接」提供することを目的としています。設立時の理事たちは、ハイテク産業の急速な成長からヒントを得て、《ベンチャーキャピタル》の要素を取り入れた新しいモデルを開発しました。一人当たり最大約5万ドルを「Award」として提供する資金面でのプロジェクト支援に加え、ワークショップやメンターシップ、ネットワーキングの機会を提供する独自の助成モデルを持ち、支援を受けたのち経済的に自立したアーティストが寄付や作品の寄贈を通じてCreative Capitalを支える循環を生み出しています。「Award」は年1回のサイクルで募集され、ここ数年(コロナ以前)は毎年4,000件ほどの応募があり、35名ほどが採択されています。アーティストが長期的に自立し、キャリアの成功を手にすることを目指してプログラムが設計されており、「Awardee Engagement」と呼ばれる専門のスタッフが、過去のアーティストすべてからの相談に対応しているのです。また「Award」に加え重要なプログラムとして「Artist Retreat」という、アーティスト、コンサルタント、理事、特別ゲストなど、さまざまな分野の人が集まるネットワーキング・イベントがあります。Creative Capitalは複数の芸術分野に資金を提供しているため、多くのアーティストがこのイベントを通じて独自のつながりを築くのです。「たとえば、ビジュアル・アーティストが映画監督とのつながりを持つこともあるでしょうし、詩人とのつながりもできます。そうすると、新しい作品をつくるための新しいアイデアが生まれます。つまり、アーティスト同士の関係性に投資することでもあるのです。」とエグゼクティブ・ディレクターのChristine Kuan氏は語っていました。

Lincoln Center Public Concert:精神疾患を持つ人とそれを支える人のために作られた、世界で唯一のクラシック音楽団体Me2/Orchestraによる、リンカーン・センターの広場で行われた屋外コンサート。撮影:橋本裕介

Lincoln Center Public Concert:精神疾患を持つ人とそれを支える人のために作られた、世界で唯一のクラシック音楽団体Me2/Orchestraによる、リンカーン・センターの広場で行われた屋外コンサート。
撮影:橋本裕介

国の文化芸術緊急支援にまつわるゴタゴタを眺めながら、こうした中間支援が日本にもっと増えたらいいのに…と素朴に感じつつ、「わざわざ新たにつくらなくてもすでに存在する組織があるではないか」と同時に思いいたりました。それは、地域版アーツカウンシルや文化施設を運営するような公益財団です。アーツカウンシルの議論においては頻繁に「アームズレングス」、つまり自主独立性の話題が出ますし、文化施設の運営費が減少傾向にあるという課題も頻繁に聞きます。ならば、自分たちで目標を定めて資金調達すればよいのではないか? というのが私からの問題提起です。設置した自治体からの予算「だけ」でカウンシルや文化施設の運営をやろうとすれば、自治体からの意向に翻弄されたり、予算削減のダメージが大きくなるのは必然に近いのではないでしょうか。収入の多角化は、組織の安定的な運営に資するだけでなく、自主独立性を高め、また多様なステークホルダーを抱えることを前向きに捉えるならば、組織のビジョンをより開かれた説得力あるものにしていける可能性があると考えます。

ではそれを誰がやるか? オフィサーも施設の職員も仕事がすでに一杯です。もちろん彼/彼女らの専門性を活かして事務局の中に資金調達部門を組織できるに越したことはありませんが、そもそも資金が不十分な中でそう簡単な話ではありません。私は、それは理事の仕事ではないかと提言します。なぜなら、そうした公益財団のような組織の理事は地元の「名士」のような方が務めることが常だからです。であれば、その方々の「顔」を活かして地元の企業や市民に働きかけなければ、それこそ宝の持ち腐れではないでしょうか。

もし各地の地域版アーツカウンシルや文化施設を運営するような公益財団の理事たちが立ち上がり、資金調達に前向きになってくれたら…、次に必要なのは戦略です。次回「アメリカでの研修報告・その2」では、多様化する非営利舞台芸術のファンドレイズについてご紹介したいと思います。

(2022年2月10日)

特別編 アメリカのファンドレイジングの現在 目次

1
復元力と創造性をもつ芸術文化支援に向けて
2
アメリカでの研修報告・その1
3
多様化するファンドレイズ
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