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日本の文化政策の状況 【2】

 では今日、日本の文化政策の状況はどのようになっているのでしょうか?
 本題に入る前に、文化政策に限らず今日の社会において「政策」はどのように決められ、誰によって実現化されているのか、皆さんも既にご存じのこととは思いますが、ちょっと復習しておきたく思います。

 まず政策の決定ということについてですが、戦後は日本国憲法において「主権在民」が定められているように、国民・市民が決める──実際には国民・市民が選んだ議会(国会や地方議会)が決めることになっているのはご承知の通りです。具体的には、政策の基本的な考え方やルールを定めた法律と、毎年の事業計画を明らかにした予算が、議会の審議と議決に基づいて決められます(その中間的な部分にも、法律に基づいて専門家などによって構成される政策分野ごとの審議会があって、中長期的な計画や方針を提案することもあります)。そして政策の実現化は、基本的な部分はお役所(行政機関)が行うとされていますが、実は分野によってはずいぶん異なります。
 例えば、防衛とか治安といった分野はお役所がその大部分を執行していますが、教育や福祉、医療などの場合は少なからずの部分を「私立」(民間の非営利法人)が担っています。また(最近「特定財源」で話題の)道路整備の場合は、お役所が発注者となって民間会社が実際の仕事をしていますし、経済の分野になりますと、役所は(景気てこ入れや不正防止などのため、あるいは「業界の健全育成」と称して「指導」することはありますが)、基本的には民間に任せてほとんど放任する、といった具合です。

 以下、今日の日本の文化政策について、どのようにそれが決められ、誰によって実現化されているかといった観点からみていきたいと思います。

1.文化政策はどのように決められるのか

 日本の文化政策はどのように決められているのでしょうか? 実はつい最近まで、それがどのように決められるか、曖昧なままにありました。
 他の政策分野ですと、例えば教育なら教育基本法(近年改訂されたので耳にされた方も多いでしょう)があって、日本の教育の基本的な考え方を定めています(だから改訂の際、さまざまな議論を呼び起こしたのです)し、福祉も環境も、基本法もしくはそれに代わる法律群が定められていて、それに基づき具体的な政策決定がなされています。
 ところが文化政策の分野は、まず(前回述べたように)戦前の文化政策への反省もあって「文化政策」という言葉自体がタブー視され(実際、戦後になって公式に文化政策という言葉が使われたのは、1989年に文化庁に長官の私的諮問機関として文化政策推進会議が設けられたのが最初ではなかったかと思います)、基本的に政府は文化に関わらないという考え方をとってきました(それも「政府は文化に関わらない」という文化政策を明確にしていたわけでもなく、要は戦後の10数年は経済の再建が最優先で、文化どころではないというのが本当だったのではないかと思います)。

 しかし1949年に法隆寺の金堂の失火で壁画が焼損したことをきっかけに文化財保護法が制定され、また国による博物館・美術館の整備が進められていくようになります。そして高度経済成長が始まった1960年代になって、民間の芸術文化団体への補助が始まります(それも最初は社会教育団体補助の一環として、1961年に群馬交響楽団に初めて補助金が出され、その後1964年に芸術関係団体補助として独立しました)。また1966年には伝統芸能の保存・振興と伝承者養成を目的に、東京に国立劇場が開設され、1967年には芸術家在外研修制度(海外留学支援制度)も発足します。そしてこうした文化振興事業を執行する機関として、1966年に文部省(現文部科学省)内に文化局が設置され、この文化局と文化財保護委員会が統合する形で1968年に文化庁が誕生します。
 その後、1970年代になりますと「地方の時代」というスローガンの下、地方自治体による「文化行政」が華々しく始まりますが、ここで政策の決定という点で重要なのは、こうした行政(政策の執行)のための根拠を求めて、1980年代あたりから地方自治体独自で「文化振興条例」づくりを始めたことです。条例では、文化振興における原則や振興すべき文化の定義、行政機関の役割、施策検討のシステムなどが定められています。一方国は、その後も「政策無き行政」を続けていきます(そのためか、1980年代は文化庁予算はほとんど横ばいでした)が、1980年代半ばあたりから芸術家や芸術団体からの強い要望もあって、先に触れたように1989年に文化政策推進会議が設置され、翌年には芸術文化団体に幅広い助成を行う芸術文化振興基金が設けられました。そして1990年代は文化庁予算も2桁に届く伸び率で推移し、1996年からは重点的な芸術文化支援である文化芸術創造プラン(アーツプラン)もスタートしました。

 国のレベルで文化政策に本格的に取り組み出すのは、文化支援も大きく増えた1990年代の半ば過ぎからです。きっかけになったのは、同じ国の機関である総務庁行政監察局(当時)が1995年秋に提出した『芸術文化の振興に関する行政監察結果報告書』で、「施策の理念、目標、基本方針の不在」、「芸術文化に行政が関与する必要性、国・地方公共団体と民間との役割分担等総合的観点からの位置づけ」の不明確さが指摘されたことです。これを受けて、1998年文化政策推進会議が文化振興マスタープランを答申し、さらに2001年末、議員立法で文化芸術振興基本法が制定され、まがりなりにも文化政策の基本が確立されたのでした。

 さてその文化政策の基本ですが、文化芸術振興基本法に基づき、文化審議会での審議を経て、概ね5年間にわたる「文化芸術の振興に関する基本的な方針」が閣議決定されます。昨年2月に出された第2次基本方針では、重点的に取り組むべき事項として、

 (1)日本の文化芸術の継承、発展、創造を担う人材の育成
 (2)日本文化の発信及び国際文化交流の推進
 (3)文化芸術活動の戦略的支援
 (4)地域文化の振興
 (5)子どもの文化芸術活動の充実
 (6)文化財の保存及び活用の充実

が挙げられています。そして平成20年度の予算は1000億円余、主な事項としては、「文化芸術立国プロジェクトの推進」として、文化芸術創造プラン(芸術団体への重点支援や人材育成、子どもの文化芸術体験など)に180億円余、「日本文化の魅力」発信プラン(地域の文化力活性化や国際文化交流など)に20億円余、「文化財の次世代への継承と国際協力の推進」として、文化財の保存整備・活用に370億円余、文化財の国際協力に3億円余、また「文化芸術拠点の充実」として、国立新美術館の整備や独立行政法人となった国立美術館や日本芸術文化振興会(国立劇場を管理している)への運営費など380億円余が組まれています(詳しくは文化庁のホームページを参照)。

2.文化政策を実現化するのは誰か

 次に、文化政策の執行、実現化について概観していきたいと思います。
 先に述べたように、わが国では政策が曖昧なまま、1960年代あたりから行政だけが進められていきますが、それは決してお役所(例えば文化庁)のみが執り行っていたわけではありません。といって、前述した行政監察の報告書にあるように「国・地方公共団体と民間との役割分担」が明確にされていたわけでもなく、いわば自然に役割分担ができていったといっていいでしょう。
 例えば、国と地方自治体(国の文書では「地方公共団体」と呼ばれていますが同じものです)では、同じ文化行政といっても、行政の対象としての「文化」は、国(文化庁)は「芸術及び国民娯楽、文化財、著作権、国語、宗教」を(これは旧文部省設置法で「文化庁」の所轄事項としてあげられているものです)、地方自治体では文化の普及・享受、生涯学習や「文化のまちづくり」などを対象とする傾向が強いですが、それは地方自治体は1970年代以降、高度経済成長で大きく変容した地域社会の再生を文化行政に託したからです。
 また前回述べたように、日本の場合、特に江戸時代以降は民間主体の文化振興を大きな特徴としてきたこともあり、個々の文化芸術団体の自己努力や企業による文化活動も重要な役割を占めています。

 このように戦後日本の文化行政(文化政策の実現化)は、文化政策が長らく曖昧だったこともあり、いわば司令塔がないままバラバラに進められてきたわけですが、しかしこれは決してまずかったわけではありません。基本的に「文化」というものは、第1回で述べましたように、人間の精神活動の成果であり、また特定の社会において共有され継承されているものであって、多様なあり方があってしかるべきものなのです(文化政策がその国の文化のあるべき方向を定めてしまう怖さは、戦中期の日本やナチスドイツ、スターリン時代の旧ソ連、文化大革命期の中国など思い起こせば、バラバラの方がどんなにいいことかわかるでしょう)。
 しかし、だからといって文化政策が不明確でいいかというと、そうではありません。第一に、人々の精神活動を盛んにするにはそうした環境整備(多様な文化について知ったり、触れたり、また成果を公開するような場や機会づくりなど)が必要ですし、第二にそれぞれの社会において共有され継承されていくべき文化について、一定の合意が形成されなくてはなりません(この合意形成にはさまざまな方法があり、これについては次回、世界の文化政策のところで述べたいと思います)。また文化予算が増加してくると、それが本当に税金を使って行うのにふさわしいかということも問われます(最終回で触れる予定ですが、いわゆる「ハコ」だけの文化施設への批判や、指定管理者制度などそうした公立施設の民営化の是非を考えるには、文化政策の確立は避けて通るわけにはいかないのです)。

 文化政策とは、文化のあるべき方向を決めることではなく、多様な文化行政に関わる主体(国や地方自治体といったお役所だけでなく、一般市民や企業、そして何よりも多様な文化的成果を生みだしている芸術家や芸術団体、またそれを支えその成果に多くの人々が触れる機会を保障していく文化施設や文化団体、文化産業など)のそれぞれの活動を保障し、それらの成果を社会がどのように受け取り、皆のものにし、次世代に残していくかの合意形成のしくみを明確化していくもの なのです。

(2008年4月15日)

おすすめの1冊

『日本の文化政策』 根木昭
勁草書房
2001年
『分権時代の自治体文化政策』 中川幾郎
勁草書房
2001年

文化政策入門 目次

1
文化政策とは
2
日本の文化政策の状況 【1】
3
日本の文化政策の状況 【2】
4
世界の文化政策
5
今後の文化政策
— 課題と展望
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