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表現と気づかいから生まれる、よく生きる技術

そもそも人はいつから、他者を気づかうようになったのでしょうか?

個人的に好きなのが「ネアンデルタール人が死者に花を手向けていた」というものです。ネアンデルタール人の化石とともに数種類の花粉が大量に発見されていることから、亡くなった者に対して花を添えていたことが推測されています。

さらには2022年12月にノーベル生理学・医学賞を受賞したスバンテ・ペーボ博士が、現代人のゲノムに絶滅したネアンデルタール人やデニソワ人の遺伝情報の一部が残っていることを明らかにしたことからも、私たちは約4万年前から「気づかい」を継承してきたのかもしれないと思いを馳せることができます。

私は2022年10月に母を突如として亡くしました。今なお母を思い続けて生きていますが、この「花を手向ける」という行為を冷静に見つめなおしてみると、

① 母を悼み、
② 自分自身の哀しみや喪失と向きあい、
③ 花を手向ける。

という行為を同時に行いました。ここから少し抽象化してみると、

① 他者の痛みや悲しみを想像して嘆き、
② 理解や納得しがたいことに向きあい、
③ 自らも表現する。

となるのかなと考えます。他者を気づかう ≒ 花を手向ける ≒ 自らも表現する、つまり、他者を気づかうことと自ら表現することは同時に起こっているとも考えられます。

ところで自己紹介を忘れておりました。はじめまして、小林大祐(こばやしだいすけ)と申します。奈良県香芝市にある<Good Job!センター香芝>という障害福祉事業所におり、日々の活動を担当しながら、プロジェクトの企画運営をしています。

<Good Job!センター香芝>は、はたらきがいや生きがいのあるしごとをつくる拠点として2016年に設立されました。日々の活動として、3Dプリンターやレーザーカッターなどの技術と手仕事を組合せたものづくりや、全国各地の福祉施設の商品を取り扱うストア、そしてカフェやアトリエや学びのプログラムがあります。

Good Job!センター香芝の空間と活動の様子

Good Job!センター香芝の空間と活動の様子

プロジェクトとしては、福祉の領域を超えて新たなしごとを発信する「Good Job!プロジェクト」、福祉×技術のしごとづくり「IoTとFabと福祉」、表現とケアとテクノロジーの可能性をひろげる「Art for Well-being」、介護や子育てなどケアする人を支えあう地域社会を考える「ケアする人のケア」、アートを仕事にできる環境をつくる「エイブルアート・カンパニー」などがあります。

文章を入力すると画像を生成するAI技術「Text-to-Image」を使ったワークショップ 撮影 衣笠名津美

文章を入力すると画像を生成するAI技術「Text-to-Image」を使ったワークショップ
撮影 衣笠名津美

福祉に限らず、アート、デザイン、テクノロジー、ビジネスなど、さまざまな分野の人たちと協働しながら、新しい生き方や可能性や機会を探っています。

「機会」という単語がでると、土地など担保をもっていない貧困層に対し融資を貸し出すグラミン銀行の創設者で、バングラデシュの経済学者ムハマド・ユヌス博士を思い出します。ユヌス博士が貧困について尋ねられたときに、「貧困とは、機会の否定である」と答えたエピソードが印象に残っているからです。

福祉の現場を見わたすと、食事、対話、学び、遊び、表現、ものづくり、仕事、入浴、睡眠、一つひとつの行為に悩みや葛藤、喜びや楽しさがあります。その中で、一人ひとりの表出や表現がきっかけになってさまざまな可能性や機会が生まれていることを多く感じます。そして、生まれてきた可能性や機会を自分自身と周りの人たちが肯定し、お互いに気づかいあうことで広がっていることも多く感じます。

「アートは、よく生きる技術である」という一つの視点を教えてくれたのは、私が所属する団体の理事長であり恩師でもある播磨靖夫。よりよく生きる技術ではなくて、よく生きる技術って何だろう、と教えてもらった当時に禅問答のように感じたことを覚えています。そしてその答えはまだ模索中。

楽しいことも、悲しみや痛みをともなうことも、日々ともに分かち合っている福祉は、アートつまりよく生きる技術そのものを悩みながら体現している場所といえるかもしれません。あるいは、福祉の現場から生まれてくるものはよく生きる技術のカケラであり、そのカケラがまたアートの可能性をひろげているとも考えられます。

最近では「よく生きる」や「よいあり方」のことを「Well-being(ウェルビーイング)」と呼ばれています。ウェルビーイングという言葉は、1948年に設立されたWHO(世界保健機関)の憲章のなかで、施思明(スーミンスー)医師が健康について定義したときから、多くの人たちによってさまざまな解釈をされながら議論されています。

大切なことは、Well-beingという状態をめざすのではなく、Well-beingに何かをすることだと、渡邊淳司さんから学びました。渡邊さんは『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために その思想、実践、技術』の著者で、インタビューさせていただいたことがあるのですが、そのときにウェルビーイングとは、「よい状態」という形容詞的なものというよりも、「よく〇〇する」という行為に紐づいた副詞的な側面を第一に捉えているという話がありました。サッカーを例にして説明されることもあるので引用すると、Well-beingの要素の一つに「熱中」がありますが、「熱中するためにサッカーをする」ではなく「熱中してサッカーをする」ほうが大切ということ。

「じゃあ、Well-beingに何かをするためにはどうしたらいいのですか?」といった声も出てくるかもしれません。そのヒントは、よく生きる技術が生まれているアート×福祉の現場から生まれてくるものだと私は信じています。

私たちが取り組んでいる「Art for Well-being」というプロジェクトでは、Well-beingに表現やケアをするためにテクノロジーと一緒に何ができるか、さらにいえば、病気や事故、加齢、障がいの重度化など心身の状態がどのように変化しても、さまざまな道具や技法とともに、自由に創作をはじめることや、表現を継続できる方法は何か、それをアート×福祉の現場で探っています。

2022年の取り組みを紹介すると、障がいのある人たちが表現活動をしている福祉の現場で、絵画とAI(人工知能)、ダンスとVR(仮想現実)、日記や記録と触覚講談(触覚を伝える技術と講談という話芸・技法の組合せ)を通して、表現とケアとテクノロジーのこれからについて実践しながら考えてきました。

プロジェクトの全体監修に情報科学芸術大学院大学[IAMAS]教授の小林茂さんをむかえ、各プロジェクトの監修者として、株式会社Qosmo代表の徳井直生さん、デザインエンジニアでTakramディレクターの緒方壽人さん、NTT コミュニケーション科学基礎研究所・上席特別研究員の渡邊淳司さんにご協力いただきながら、アート×福祉の現場と、デザイナー、技術者、研究者がチームとなって取り組んできました。

AIが生成した画像をモチーフに絵画作品を制作

AIが生成した画像をモチーフに絵画作品を制作
撮影 衣笠名津美

VRゴーグルを付けて「かげ」と「音」を感じながらダンスパフォーマンス

VRゴーグルを付けて「かげ」と「音」を感じながらダンスパフォーマンス
撮影 衣笠名津美

振動が伝わるイスに座りながら講談として読みあげられる日記を体験

振動が伝わるイスに座りながら講談として読みあげられる日記を体験
撮影 衣笠名津美

2023年3月4日から3月12日まで、東京・渋谷にあるシビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]で開催した展覧会「Art for Well-being 表現とケアとテクノロジーのこれから」では、さまざま人たちに課題と可能性を公開しながら議論してきました。展示内容と関連資料はすべてまとめて公開していますので、ご関心の近い方はぜひご覧ください。

展覧会「Art for Well-being 表現とケアとテクノロジーのこれから」

展覧会「Art for Well-being 表現とケアとテクノロジーのこれから」
撮影 秋山まどか

そして、このプロジェクトは現在進行中です。今後、医療や福祉、科学や技術、アートやデザインなど領域を超えて連携していきたいと考えていますので、みなさんもこの取り組みに参加していただけたらうれしいです。

偶然か必然か「Well」には「えっと、あのー、なんていうか、ほら」という会話中に言葉が詰まったときのつなぎ言葉としての役割もあります。あいまいな状態やわかりあえていない状態もWell-beingなのかもしれないと考えると、さまざまなかかわりしろのあるアート×福祉だからこそ、デザイン、テクノロジー、ビジネスなど分野を横断して社会のよいあり方を一緒に考えることができるのだと思います。

もともと福祉には次のような意味があります。

  • しあわせ。幸福。
  • (公的扶助による)生活の安定や充足。
  • 人々の幸福で安定した生活を(公的に)達成しようとすること。

そこに意味を自由に足していいといわれたら、次のような意味を加えたいです。

  • 人が生まれてから死ぬまでの営みの中で、自分自身を表現し、他者を気づかい、機会をともにつくる行為。

これからも引き続き、表現と気づかいから生まれてくる、よく生きる技術のカケラたちを発見しながら、社会に発信と提案をしていきたいと思います。

今後の予定

Good Job!センター香芝、Art for Well-beingプロジェクトなど、さまざまな活動やイベントを実施していく予定ですので、ぜひ関連リンクをチェックしてみてください

関連リンク

おすすめ!

  • 徳井直生 『創るためのAI: 機械と創造性のはてしない物語』、ビー・エヌ・エヌ、2021
  • 緒方壽人 『コンヴィヴィアル・テクノロジー 人間とテクノロジーが共に生きる社会へ』、ビー・エヌ・エヌ、2021
  • 渡邊淳司ほか 『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために その思想、実践、技術』、ビー・エヌ・エヌ、2020
  • Graham Pullin (著)、小林 茂 (監修) 『デザインと障害が出会うとき』、オライリージャパン、2022

アート×福祉~ひろがるアート 目次

1
アートと福祉の大海に漕ぎ出す話
2
Art unit that transcends all difference. The one and only work in the world
3
一緒ならきっと飛べる
4
アートと貧乏
〜周縁化された人々とアートはどのようなかかわりを持つのか
5
医療の場でともにつくること
6
96歳の俳優と、まだ見ぬ演劇を求めて
7
表現と気づかいから生まれる、よく生きる技術
8
ともにつくる「みんなでミュージアム」


9
一人とともに動き、一人とともに考える。
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