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96歳の俳優と、まだ見ぬ演劇を求めて

今秋、96歳の岡田忠雄さんと「生前葬」をテーマにした舞台を上演しようと考えています。
きっかけは、4年前の夏の病室でのこと。脳梗塞を発症した岡田さんのお見舞いに行くと、岡田さんが「生前葬がしたい」といい出しました。話を聞いていたら、いつの間にか新作公演のミーティングになっていました。演劇を通じて死と向き合ってみたいというのです。
どうやら岡田さんにとって、演劇とは、生きるためになくてはならないもののようです。
介護福祉士の資格を持つ演出家として、岡田さんの舞台なのか生活なのかよくわからないそれをどうにか作品にすることができたらと思いました。

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入院中の岡田さんと筆者(2018)

20代のころ、ぼくは特別養護老人ホームで介護職として働いていました。
あるとき、入所者のおばあさんが、ぼくのことを時計屋だと思って話しかけてきて、どうしようかなと困ったことがあります。
認知症の症状があると記憶障害や見当識障害によって、こちらからするとおかしな言動が時々見られます。初めのうちはいちいち正していたのですが、あるときふと思い立って、時計屋を演じてみました。

時計の困りごとがありますか?

いっぱいあるわよ〜

おばあさんの表情が生き生きと輝きました。
介護と演劇の相性の良さを発見した瞬間でした。認知症の人の言動を正すのではなく、受け入れてみる。息子と勘違いされたら息子役を、亡き夫の帰りを待っているのであれば一緒に帰りを待つ演技を。認知症の人の気持ちに寄り添うために演技はとても役に立つのです。

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老いと演劇のワークショプ(2014)
撮影:hi foo farm

2014年に岡山県和気町で「老いと演劇のワークショップ」を開催しました。演劇体験を通じて認知症の人とのかかわり方を考えるという内容です。
その参加者の一人としてやってきたのが、当時88歳の岡田さんでした。長年、認知症の奥さんを介護してきて、奥さんになかなか思いが通じず悩んでいたそうです。
最初は「88歳のおじいさんが演劇のワークショップについてこられるだろうか」と不安に思っていました。耳が遠くてコミュニケーションが難しそうだし、歩行が不安定で見守りや介助が必要になってきます。
しかし、そんな心配をよそに岡田さんはワークショップで見事な演技を披露してくれました。
経歴を聞いてみると、岡田さんは定年退職後、憧れの俳優を目指して、数々の映画に出演してきたというのです。尊敬している監督は今村昌平監督。岡山がロケ地だった[黒い雨][カンゾー先生]にはエキストラで出演したこともあるとのこと。

「この人と一緒に舞台をつくりたい!」
すぐにそう思いました。認知症の奥さんを介護していて、演劇経験が豊富、まさに老いと演劇を体現している人だからです。

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徘徊演劇「よみちにひはくれない」(2014)
撮影:hi foo farm

それから9年が経ち、これまでに10本の作品をつくってきました。岡田さんと認知症の奥さんとの生活を描いた作品もいくつかあります。
岡田さんは舞台の上だけでなく、奥さんの前でも演技をします。以前は、奥さんの辻褄の合わない言動に感情的になり喧嘩になることも多かったようですが、演劇活動にかかわるようになってからは奥さんの言動を受け入れる演技を努めているそうです。
「お互い90を越して、どちらがいつ倒れるかわからない。妻が倒れたときに後悔だけはしたくない。演じることで楽しく過ごしたい」
演劇によって岡田さんの介護は変わりました。そして、いま、岡田さんは舞台に立つことで観客の介護を変えようとしています。

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岡田さんの介護経験を舞台化した「ポータブルトイレットシアター」(2018)
撮影:南方幹

それにしても、岡田さんとの演劇活動が96歳まで続くとは思ってもいませんでした。
今思い返すと、出会ったばかりのころは「これからできないことが増えていく」と思っていました。
ぼくは岡田さんを「おじいさん」と認識していました。「こんなにセリフを覚えられるのだろうか」「こんなに長時間稽古に参加できるのだろうか」といつも及び腰でした。
しかし、当の本人は「もっと出番をくれ!」「朝まで稽古をしよう!」と意気込んできます。ついには「舞台の上で死ねたら本望だ」といい放ちます。岡田さんにとって演劇は趣味の範ちゅうをとっくに超えているのです。

これまで二度も脳梗塞をした上に、年々足腰が弱くなる岡田さんと演劇をすることは容易なことではありません。
もし、岡田さんが一言でも弱音を吐いていたら、これまでの演劇活動はなかっただろうなと思います。しかし、一番不安なはずの本人は、平然と前だけを向いています。なぜそこまで自分を奮い立たせることができるのか。
おそらくヒントは岡田さんの宝物、今村昌平監督の色紙にあるのでしょう。そこにはこう書かれています。

狂気の旅に出た

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岡田さんの部屋に飾られている今村昌平監督の色紙

人は歳をとると、できないことが増えていきます。
岡田さんも、出会ったころはバスや電車を使って遠出ができたのですが、今では足が弱り、近所のスーパーに行くことすらできません。買い物は介護サービスを利用しています。
どんどんできなくなっていく自分を受け入れることは辛く悲しいことです。これまでの当たり前が当たり前ではなくなり、自分が自分でなくなっていくような感じがするでしょう。
しかし、岡田さんは演劇にしがみつくことで、数々の奇跡を生み出してきました。できないことが増えていく中、舞台の上ではできることが増えていくのです。
1作品ごとに岡田さんのセリフ量と出番が増えていって、最近では2時間出ずっぱり喋りっぱなしです。最初のころは年に1回公演を打っていたのですが、最近は年2、3回、さらに依頼があれば旅公演も行います。これまで熊本、高知、東京、横浜に行きました。
ぼくらにとって岡田さんはもはや「おじいさん」ではありません。同じ志を持った仲間なのです。その仲間との関係の中では、歳を重ねたとしても、認知症になったとしても、できることはどんどん増えていくのです。

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岡山県奈義町の人々とつくった最新作「エキストラの宴」(2022)。認知症の人や障害のある人、医療・介護専門職など多様な人々が出演した。
撮影:hi foo farm

いくら歳をとっても、表現欲求は枯れることはありません。それは、本番前に舞台袖で出番を待つ岡田さんの表情を見ればわかります。
これからはじまる舞台に胸を躍らせると同時に恐怖に慄いている、あの本気の眼差し。演劇に取り憑かれた青年期の岡田さんもきっと同じ表情をしていたのでしょう。
「俳優に定年はない。歩けなくなったら車椅子の役、寝たきりになったら寝たきりの役、最後には棺桶に入る役ができる」
岡田さんは演劇の可能性にかけることで、自身の老いを受け入れます。もしかしたら彼の表現欲求はいま絶頂を迎えているのかもしれません。
ぞくぞくする狂気の旅は続きます。まだ見ぬ演劇を求めて。

今後の予定

5月27日(土)に岡山天神山文化プラザで「ポータブルトイレットシアター」、9月30日(土)・10月1日(日)に岡山芸術創造劇場ハレノワで「レクリエーション葬(仮)」を上演します。

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