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コロナ禍から立ち上げた文化芸術界に特化したジョブフェア

アートにかかわる人たちがアートを続けるためにどのような方法があるのか?ネットTAMでは今回「起業」に着目し、実際に会社を興し、さまざまな事業形態でアートを持続させている方々に、"アートの興し方"についてお話をうかがい、ヒントを探ります。

第1回は株式会社artness 代表取締役の高山健太郎です。

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2023年1月に開催した「ART JOB FAIR 2023」のエントランスサイン。

現在、株式会社artnessで実施しているアートによる事業とは

ART JOB FAIRは、文化芸術界の仕事探しやキャリア支援を行う日本で初めてのジョブフェアとして2023年にスタートしました。文化芸術の仕事を探している求職者と、求人を探している文化芸術団体が一堂に集まり、対面での会話や交流の中で、仕事や仲間と出会える場所です。またキャリア支援を行うトークイベントや、活動の悩みや困りごとを話せる相談コーナー、子どもが楽しめるキッズスペースなども併設し、文化芸術の仕事に興味のある方なら誰もが参加できるジョブフェアになります。

この事業の立ち上げには、新型コロナウイルス感染症によって、文化芸術活動の自粛や中止・延期がアーティストだけではなく、芸術表現を支えるアートワーカーにも大きな影響をもたらしたことが動機になっています。これまで文化芸術界の仕事探しは、人づての紹介やインターネットなど限られた情報リソースから選択するしかありませんでした。限られた情報リソースの中では選択肢が狭まり、孤独な仕事探しの中で、過酷な労働環境や条件の仕事を選ばざるをえないことや、文化芸術の仕事をあきらめるといったことなどが、コロナ禍であらわになりました。そこで文化芸術界の仕事探しやキャリア形成の課題解決の一助として、2023年に文化芸術界の仕事探しやキャリア支援を行うART JOB FAIRを立ち上げました。

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「ART JOB FAIR 2023」出展ブースの様子。出展団体の9割が希望する人材との出会いがあった。

2023年1月に開催した「ART JOB FAIR 2023」は、全国各地の10団体が参加し、キャリア形成を支援する8つのトークイベントなどを行い310名の方にご来場いただきました。結果、来場者と出展者の満足度は8割を超え、出展団体の9割が希望する人材との出会いがあり、来場した求職者の8%がマッチングにつながりました。初回の成果から、文化芸術界の人的基盤の強化につながるということを実感し、第2回を継続開催することにしました。

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齋藤精一さん等、多彩な講師に出演いただき、キャリアやスキルアップに役立つ講座を行った。

第2回となる「ART JOB FAIR 2024」は、2024年1月27日(土)、28日(日)の2日間、東京駅から徒歩3分の東京ビルTOKIA西側ガレリアにて開催します。今回は、国内15団体と台湾からの1団体の合計16団体が参加します。また「働きやすさや働きがいのある文化芸術界について考える」をテーマに、パートナーシップやキャリアに関する8つのトークイベントの開催や、東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」の出張相談窓口の開設、子育て中のアートワーカーに向けた子どもが楽しめるキッズスペースも併設し、より多くの求職者や文化芸術の仕事に興味のある方にご来場いただきたいと考えています。

なぜ事業を興したのか?

私は起業に至るまでの17年間、民間のアートプロジェクトにかかわってきました。2004年から2011年まで、香川県の財団法人直島福武美術館財団(現:公益財団法人福武財団)の職員として、豊島美術館や犬島製錬所美術館の立ち上げや、2010年の瀬戸内国際芸術祭の立ち上げにかかわりました。2013年から2021年までは株式会社ノエチカのディレクターとして、石川県で文化事業を行う会社の創業に携わり、「KOGEI Art Fair Kanazawa」や「KUTANism」など地域の文化である“工芸”の見本市や芸術祭といった新規事業の立ち上げに携わりました。これまでの経験を活かして独り立ちをしようとしていた矢先に、新型コロナウイルス感染症が起こりました。受託予定だった仕事が中止や延期という事態に直面しました。これまで私が携わってきた事業は、発表の場や鑑賞の場をつくるというもので、主な収入源は来場者収入や販売収入、そして補助金や助成金収入が大半を占めていました。自粛や中止・延期が続いたことで、新たに自主事業を生み出す必要に迫られていました。あらためて社会と文化芸術の関係性を広く捉え直したいと考えていたときに、アーツカウンシル東京が主催する「芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座」を知り2021年に受講することにしました。講座の趣旨は以下になります。

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講座の様子(写真提供:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京)

“2021年度は、さまざまな変化や価値観が混交する世界の中で、「私たちはいかに創造し続けていくか」という問いに引き続き向き合います。それは単に芸術文化の創造を意味するのみではなく、未来の創造という意味も含めています。芸術文化の特権的なあり方を探ることではなく、その価値を問い、社会との相互連鎖の中に多様な意味を見出していくことが、私たちが生きていくこれからの世界に重要と考えるからです。社会と芸術文化の関係性を広い視座で捉え、創造環境全体の向上に取り組む方々や、「10年先のヴィジョンを描いて実践したい」「今の活動をもうひとつ高いステージに発展させたい」と、勇気をもって自らの実践を形成する創造の担い手の活動基盤・推進力強化をサポートします。”
(出典:芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座

約半年にわたり全国11都府県から16名の文化芸術の担い手がオンラインで講座に参加しました。講座や受講生との対話からコロナ禍の全国の現場の実状や課題を知り、講座を通じて文化芸術界の創造環境の向上に取り組みたいと思うようになりました。最終会では課題解決のための戦略レポートを作成することになり、ART JOB FAIRを戦略レポートとして提出しました。演劇や映画や音楽などの他領域のプレイヤーと交流を深める中で、さまざまな文化芸術領域で“人生設計がしづらい”、“キャリアアップがしづらい”といった共通の課題認識を得たためです。

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来場した求職者の約5割はこれまで文化芸術界で働いたことのない方々で、多くの方が文化芸術の仕事に興味を持たれていると実感しました。

文化芸術界におけるキャリア形成や仕事探しの難しさには、さまざまな課題があります。たとえば、文化芸術界では採用コストをかけない(かけられない)という状況が続いてきました。定期的な採用枠がなく欠員採用という慣行が主たるものになっているため、採用計画や採用戦略がほとんどありません。しかし少子化等を背景に急速な労働人口不足で、他の業種では人材争奪戦が熾烈になっています。最近では採用コストとして1人あたり100万円程度をかけている業種もあると聞きます。実際に私が生まれた1982年は151万人の出生数がありましたが、2023年は72万人程度と、この40年程で半分を下回っています。急激な速度で少子化が進む中、文化芸術の担い手の減少は、創造環境の脆弱化や、業界の弱体化につながりかねないと感じています。

また文化芸術にかかわる仕事は不安定というバイアスも存在していると感じています。要因の一つとして、契約社員やアルバイトといった、期限が定まった有期雇用が多いこともありますが、文化芸術界での働き方自体がブラックボックス化していることが大きな要因ではないかと考えています。ART JOB FAIRに来場したフリーランスの方から、有期雇用はメリットもあり、柔軟なワークスタイルを求めている方や、自分自身のやりたいことと仕事のバランスを求めている方にとっては有益であることを聞きました。それよりも公開の求人情報が少なく、人伝の紹介がほとんどであるために、外からはわかりづらいことが、バイアスが存在し続けている要因だと感じています。

これらの課題解決として、ART JOB FAIRは1団体では捻出できない採用活動費を多くの団体が集まりともに採用活動を行うという新たな採用慣習の定着や、求人情報をオープンにして、透明性の高い誰でも参加できるリアルな出会いの場にすることで、バイアスを消していきながら、労働条件を少しずつ引き上げていくメカニズムを生み出していきたいと考えています。

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「ART JOB FAIR 2023」は求人情報を公開し求職者は興味のある出展者と対面で会話を行うことができる。採用面接の前に双方が会話や交流を行うことでミスマッチを避けられ、マッチングの確率が高まる。

起業したメリットとデメリット、そして今抱えている課題とは

パンデミック中の2021年に創業した株式会社artnessは、“21世紀にアートに求められる価値や役割を問う”をミッションに、“アートの社会的価値を高める”ことをバリュー(行動指針)に、自主事業として文化芸術界の仕事探しやキャリア支援を行うART JOB FAIRを、受託事業として展覧会のキュレーションやアートプロジェクトのコーディネーションを行なっています。

自主事業を興したメリットについては、立ち上げ期のため、いまだわかりやすい成果が得られていないのが正直なところですが、現時点での手応えとして3つをあげてみます。一つは、文化芸術界に特化したジョブフェアを立ち上げるチャレンジに対して、これまでの職歴からは出会えなかった業種や職種の方と出会い、ネットワークや人的リソースを拡げることができました。また、はじめてクラウドファンディングに挑戦したり、文化芸術領域の勉強会だけではなく、経営やファイナンスの勉強会に参加するようになり、新たな知識やスキルを得ることができました。そして、自社のミッションやバリューを形づくることにつながり、受託事業においても提供できる価値創造や課題解決がより明確化できることになりました。

デメリットとしては、会社の資金繰りに追われたり、日夜不安に駆られながら過ごしたりと、体力も気力も休まるときがないことがあげられます。また受託事業も生半可ではできません。受託事業で会社のランニングコストをまかないながら、自主事業に労力やお金を全力投下させるのですが、ART JOB FAIRをもし発展させることができなかったら損失を受けるリスクはつきまといます。

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HR業界の経験を持つ方がプロボノとして「ART JOB FAIR 2023」の運営サポートを担っていただきました。

これからやってみたいこと

私にとってコロナ禍のパンデミック中にART JOB FAIRを立ち上げたことは一つの契機でしたが、もう一つの契機として、2017年に改正された「文化芸術基本法」(旧・文化芸術振興基本法)があげられます。観光やまちづくり、国際交流、福祉、教育等の分野との連携によって生み出されるさまざまな価値を、社会の中で活用していこうという指針は、事業をするうえで大きな羅針盤となっています。文化芸術の本質的な価値の一つに、“人間とは何か”、“意識とは何か”を問うことがあげられると思います。「文化芸術基本法」の指針に関しても、単に他の社会セクターとの連携を目的にするのではなく、連携によって新たな価値や意味を探究し生み出すことが求められていると考えています。現在、さまざまな背景や経験を持つ方が文化芸術に興味を持たれていると実感しています。ART JOB FAIRでは来場する求職者の半分は、これまで文化芸術界で働いたことのない方々です。文化芸術の担い手の増加や、創造環境の向上をART JOB FAIRで目指しながら、キャリアを組み合わせた新たな専門性を持つ人材が、これまでの文化芸術界の慣行やバイアスを打ち破り、新たな価値や意味を生み出していっていただきたいと考えています。

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「ART JOB FAIR 2023」のキッズスペースは、子ども向けのワークショップを行うアーティストに運営を依頼しました。子育て中の求職者や出展者の子どもが楽しめるプログラムを行いました。

また、今回のART JOB FAIRでは台湾からの出展がありますが、東南アジアのプレイヤーからも関心を持っていただいています。少子化で労働人口不足が予測される日本において、海外の専門人材をART JOB FAIRを通じて受け入れることも重要だと考えていますし、同時に海外就労に興味のある日本人を送り出す機会にもなれればと考えています。大事なのは、国内の社会課題だけを考えるのではなく、気候変動や差別や貧困など世界共通の課題にも目を向けて、一人ひとりがネットワークを拡げ、国内外の方と会話や交流の頻度を高めていくことだと考えています。ART JOB FAIRも海外の文化芸術団体とのネットワークを拡げていきならが、グローバル化に対応したキャリア形成を誰もが選択できるようにサポートしていきたいと考えています。

応援メッセージ~これからアートとかかわり続けるためにどうするか?

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第2回目の「ART JOB FAIR 2024」の会場となる東京ビルTOKIA西側ガレリアに立つ筆者

2024年1月1日に令和6年能登半島地震が起こりました。コロナ禍から震災と予測不能な出来事が続いています。文化芸術の価値を問い続けながらも、混沌とする時代の中で、社会と文化芸術の関係を広い視点で捉え、多様な意味や新たな活路を見出していくことが、文化芸術にかかわり続けるためには必要だと考えています。ART JOB FAIRを開催して感じたことですが、文化芸術界のキャリアに唯一の正解モデルはなく、年齢やライフステージによって働き方も仕事も変われば、社会情勢によって活動の手法や領域も変わります。正解モデルはないのですが、多様なワークスタイルやさまざまなロールモデルがあり、気になる人と接することや活動の情報を得ることが、ご自身のキャリア形成に役立つと思います。

(2024年1月8日)

今後の予定

  • KAIKA TOKYO AWARD 2024
    大型作品の公開・保管場所を探している方や、発表の機会を探している方に向けたアワードになり弊社が事務局を務めています。2月11日が締め切りです。
  • GO FOR KOGEI
    2021年から共同キュレーターとして関わる北陸工芸の祭典「GO FOR KOGEI」

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