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TAMスタジオ2023
第1回トークセッションレポート「アートマネジメントを志す心構え」
ゲスト:戸舘正史(文化政策、アートマネジメント)

ファシリテーター:野田智子(アートマネージャー/Twelve Inc. 取締役)

Introduction

TAMスタジオが掲げる2023年のテーマは「ここからはじめるアートマネジメント」。参加メンバーには全国各地から、アートマネジメントに興味を寄せる20名の大学生・大学院生が集まりました。2度にわたるオンラインミーティングでお互いの問題意識を共有し、「"公共"ってなんだろう?「"公共空間"って誰の場所?」というテーマについて議論を深めたメンバーたち。ついに9月7日トヨタ自動車株式会社東京本社にて、第1回トークセッションが開かれ、実際に顔を合わせることができました。

TAMスタジオ2023ファシリテーターの野田智子さん、ゲストスピーカーの戸舘正史さんを交えて「アートマネジメントを志す心構え」を巡って、それぞれのメンバーが自分なりのアプローチを探った1日をレポートします。

メセナ活動をきっかけに企業の人となりを知る時代に

トークセッションの冒頭に、主催者ご挨拶としてトヨタ自動車株式会社 社会貢献推進部 部長 布垣直昭氏(以下、布垣)より参加メンバーにエールが送られました。かつて企業がメセナ活動の一環で携わるアートマネジメントは、稼げないアーティストをどうやって支援するか? を考え、パトロン的な立場でアートにかかわる機会が多くありましたが、現在は企業にとってのメセナ活動の意義やアートにかかわる姿勢が大きく変わってきているといいます。

布垣:現在の企業におけるメセナ活動は、その源流に創業者の社会貢献への想いが必ずあるように感じます。たとえばトヨタ自動車は「移動の自由をつくることで人を幸せにしたい」という想いで創業された会社です。「MOVE=感動する」こと。トヨタ自動車の長年にわたるメセナ活動は、こうした想いを受け継いで今日まで続けられてきているのです。社会貢献活動を見れば、企業が本当は何をしようとしているのかが見えてきます。

社会とアートをつなげるアートマネジメントの世界にこれから携わっていこうとする参加メンバーにとっては、仕事を通じて企業との接点も必ずどこかで出てくるはず。企業のメセナ活動を通して、アーティストと企業がどのようなかたちで一緒に未来を描けるかを考えることも、アートマネジメントの可能性を広げるための一つの視点になることでしょう。

公共性を考えることは「わたし」や「あなた」を考えること、かも?

アイスブレイクを挟んで場が温まったところで、セッション前半はゲストスピーカーの戸舘正史さん(以下、戸舘)のレクチャーへ。

戸舘:今日話したいテーマは「『公共性』から文化芸術について考えてみる」にしてみました。公共性を考えるということは「わたし」とか「あなた」のことを考えることだと思っています。だから今日1日のセッションを通して、僕や野田さん、そしてメンバーのみんなそれぞれがお互いのことを知っていくことを通して、一人ひとりにとっての文化芸術やアートって何だろう? というのを考え直していきたいと思います。

そう口火を切ると、早速、戸舘さんは自身のキャリアや原体験について語りを進めていきます。現在、文化政策やアートマネジメントを専門とする戸舘さんは、そのキャリアを出版社の編集者からスタート。その後、静岡の公共文化施設やアーツ前橋、地域創造での活動を経て、直近では松山市と愛媛大学が共同で立ち上げた中間支援団体「松山ブンカ・ラボ」のディレクターとして5年間活動していました。

こうした多岐にわたる活動を経験してきた戸舘さんは、自身がアートマネジメントに携わる中で「自分が志したいアートマネジメントのあり方が徐々にわかってきた気がする」と話します。

戸舘:アートマネジメントというと、アカデミックな領域では経済学、経営学、財政学などの考え方に即した実践や研究があります。一方で、僕が体験してきたアートマネジメントはもっと現場の生っぽい動態的なもので、「市民社会でアートをどうやって機能させていくか? 社会を変革するのか?」といった社会運動的な視点が入ってくるものです。

戸舘さんが携わる文化政策の仕事には、市民社会への視点が強く反映されています。文化芸術振興計画や条例の策定、先述の「松山ブンカ・ラボ」のような市民に文化芸術振興をしていくための中間支援の仕組みや構築など、「アーティストとアートと市民が実際にどのような営みを通してどのような関係を結んでいくのか?」そこで起こる活動とその結果生じる変化に強い関心を持っています。

戸舘:とりわけ同時代的で、前衛的であるアートというものは理解されないもので、どんなアートも生まれたときは理解されなかった。そうしたアートが社会の中にあり続けることに対して寛容であることは、「わからないものを排除しない」ということでもあります。そういう考え方を私たちの生活のそこかしこでどう使っていくのか? というマネジメントもまたアートマネジメントではないだろうか、と思っています。そもそもアートと呼ばれるものの中には、制度化・分野化されたものだけではなくて、理解できない・価値づけできない・名づけられない人間の営み、行為、表現や技術というものが含まれているはずです。アート未満といういい方をしてもよいかもしれません。そうした異物や違和感が他のさまざまな価値観と共存して社会で居場所を持っている状態こそが、ダイバーシティなんじゃないでしょうか。

戸舘さんは、自身の感じた想いや感覚をできるだけそのまま伝えようと言葉を選び、語り口に余白を残します。「公共性」や「アートマネジメント」の捉え方についても断定はせず、「かも?」のまま投げかけます。自身の実体験を話しながら、「僕はこう思う、それを聞いてあなたはどう考えますか?」と聞き手に問いかけているようで、参加メンバーも話に耳を傾けながら、自分だったらどうだろうか? と考えを巡らせているように見えました。

そうした曖昧なかたちのない状態を会場全体で共有できる空気感がレクチャーの中で徐々につくられていく中で、話題は文化政策の限界へと移っていきます。

「みんな」って誰のこと? そこから外れてしまう人たちのことを考えたい

戸舘さんは現在の自身の趣味嗜好をかたちづくった原体験として、自身が育った地域の文化的環境や家庭環境を振り返り、暮らしの環境、教育や文化に関する行政・制度によって興味を持つきっかけがつくられ、その興味をさらに展開できる家庭環境や経済的優位性があったことを分析します。でも一方で、自分と同じ地域に住み、同じ文化・教育行政のもとにありながら、その受容・発展の仕方は決して「みんな」同じではなかったという現実が、文化政策の限界を感じる生々しい感覚として戸舘さんの中にはあるといいます。

戸舘:行政による政策は、できる限り多くの「みんな」を相手にする。でもふと冷静に考えると、「『みんな』って一体誰のことなんだろう? どこにいるんだろう?」って思いませんか? 制度は境界線を引くものだから、制度には取りこぼしがつきもの。「みんなに文化を!」といっても制度には限界があるんです。「みんな」って便利な言葉をついつい使ってしまうけれど、自分たちが見えている人たちだけで括っていないだろうか? 一人ひとりの個別性・特別性を無視して、同じカラーの同質な集団をつくることに加担していないだろうか? 見えていない人たち、つまり自分たちが普段の生活で出会えない人たちは、その制度の枠組みに入っているのだろうか? そこが曖昧なまま進んでいく制度でいいのだろうか? アートマネジメントに携わるときには、そういった疑いを持ちながら「みんな」の輪の外にいる人をちゃんと意識して、「みんな」を考えることが必要なのではないでしょうか。

「みんな」の問題について考察を深める手がかりとして、戸舘さんは山脇直司や斎藤純一、権安里がそれぞれ「公共」について分析した参考文献を引用しながら、「公共性」の問題を主体性の問題と捉え直し、「公共」という言葉が持つ排除と解放の両義性に注意を促します。

戸舘:国や行政の一般的な「公共性」観に拠っていくと、最大多数の最大幸福を求めるあまり「みんな」とはマジョリティを指すことになります。そうすると場合によっては「公共性」が排除の文脈で振りかざされて、権利を奪われる人がいることもある。大多数を意味する「みんな」のために、少数の誰かの選択肢を奪ったり、いないことにされる人たちをつくってはいけないはずです。「たった一人のためであっても施策を講じるのが公共性だ」というのは私の師匠である文化政策研究者の伊藤裕夫氏の教えなのですが、私が最も大事にしている考え方です。ほとんど誰も借りることのない本であっても、公共図書館の蔵書としてなくてはならないことがあるように、今を生きる誰か一人や未来を生きる誰か一人のために手を尽くすのが、公共性だと考えています。

自治空間を立ち上げて、自分たちで公共を創出する

ここまで語ってきたような戸舘さんの公共への問題意識は、果たして実践の場ではどのように展開されているのでしょうか。代表的なプロジェクトを2つ紹介していただきました。
一つ目は静岡県袋井市を舞台に、アーティストユニットのNadegata Instant Partyと共同で取り組んだ作品「Instant Scramble Gypsy」(2009-2010)。です。TAMスタジオのファシリテーターを務める野田智子さん(以下、野田)もNadegata Instant Partyの一員。キュレーターである戸舘さんが彼らと約2年間のリサーチ期間を伴走し、3年目に実践に漕ぎ着けたのが2週間限定の公民館「どまんなかセンター」のオープンさせるプロジェクトでした。

野田:もともと袋井市にはまちの郊外に月見の里学遊館という立派な公立文化施設があって、でもそれとは真逆の公民館的なものをつくってみたいと思ったんです。袋井駅から徒歩5分くらいにある元洋裁学校を改造して、ルールも何もない、余白だらけの自治空間をつくったらどうなるだろうって、つくっている私たち自身も心配と楽しみが両方ありながら手探りでした。

戸舘:擬似的な自治空間は、オープン前の制作の段階から徐々に見え始めてきて、実際にオープンしてみたら普段は月見の里学遊館に来ないような人もやってきた。もともと改造前の木造家屋を使っていたお箏の先生や、近所のパステル画家やラジコンマニア、実験的な週末カフェとか、途中から半分児童館みたいに使われ始めたりして。僕たちは約束通り2週間でそこを手放したけれど、地元の人たちが受け継いで、小さな自治空間を今も運営しつづけている。公共空間が立ち上がった事例の一つです。

2つ目は「しらんことだらけ博物館(2019〜2023年)」。アーティストのKOSUGE1−16とともに取り組んだプロジェクトです。戸舘さんはKOSUGE1−16にお願いをして、主体的にファンクションを仕掛けることを放棄してもらったといいます。

戸舘:あくまでも参加している市民の方々のアイディアを大切にしたかったので、アーティストである土谷さんの役割は、物事の見方をずらしたり、ちょっと補助線を引いてもらったりすることでした。このプロジェクトが目指していたことは社会的規範や慣習、あるいは公共性そのものを揺さぶることです。やったことを一つだけ紹介すると、手づくりのスプーンを持って、まちの喫茶店やレストランで使うというワークショップをしました。自らの手ですでにでき上がっているルールや状態に介入する、違和感を日常に忍ばせることによって、自分たちで「公共」を立ち上げる実験といってもよいかもしれません。

すでにあるものを疑って、自分自身の方へ引き寄せるアクションを通して、当たり前に受け入れてしまっていることを自分に取り戻すためのレッスンもまた、自分たち自身で公共を立ち上げることを意味する試みでした。戸舘さんにとってのアートマネジメントは、公共空間を自ら生み出し、自治が機能する場をつくることなのだというのがよくわかります。

こうしたアートプロジェクトの名のもとに自治空間を生み出すチャレンジに対して、参加メンバーから一つ質問が投げかけられました。

参加メンバー:自治空間を生み出す試みは何が起きるかわからないおもしろさがある一方で、公共の政策の文脈に乗せていくことは相性がよくないのではないかと感じます。計画通りの遂行を求められる公共の枠組みの中で、不確実で自由なチャレンジを実現できたのはどうしてでしょうか?

戸舘:たしかに行政では、政策を推進していくための計画を全うすることが求められる。でもそれを逆手にとって、行政が納得しやすい状況をつくったり、推進しやすいキーワードを計画に盛り込んだりすることはできる。たとえばこのケースだと「市民公募」とか「誰もが参加できる」とか「地域住民の生活や風景」といった切り口です。でもそこをアーティスト特有の遊び心や狡猾さでずらしていくことが大切ですね。目論見通り進むことはアートではないです。

野田:地域でプロジェクトをやる場合には、どこからそのエリアやコミュニティーに入っていくかが重要。どまんなかセンターのときは、町内の自治会という一番小さいコミュニティにタッチしないと話が通らないだろうと、キュレーターの戸舘さんが気づいた。それで自治会長さんの所に通っていろんな話をして。地域のステークホルダーが味方になってくれると、行政に納得してもらう切り札にもなる。そうやってどんどん巻き込んでいくんです。

解決はできなくても、何が問題かには自覚的でありたい

戸舘さんのレクチャーを受けて、野田さんと戸舘さんのトークでは、社会課題に対してアーティストやアートがどのように向き合うか、に議論がおよびました。

戸舘:たとえば、「自分は絶対に病気にならないから、自分が住んでいるまちに病院はいらない」とは誰もいわないですよね。劇場や美術館も、究極的にはそういう場所になるといい。誰かを引っ張り出してくるのではなくて、必要な人が必要なときにアクセスできる場所として、選択肢の中にある状態にするにはどうすればいいか。

野田:今、国や自治体の行政において、文化を価値創造や社会課題解決に有効に活用しましょう!って流れになってしまっているけれど、アートマネジメントでは社会課題を根本的に解決することってできないのではないかと思っています。例えば経済政策や福祉政策で、ピンポイントで取り組んでいかない社会課題もあるはずなのに、なんだかすり替わっているような。

戸舘:実際、文化政策で社会解決を目指す動きは、具体的な生活保護の充実みたいな施策に取り組むよりも小さい規模の予算で実行できてしまう。つまり、効果はさておき、ある種コスパがいい施策になってしまっている。「やっている感」があって、本来やるべきことをやらずに済ませるための隠れ蓑になりうる危険性も残念ながら孕んでいる。行政から仕事を受けるアーティストもそうした動きにある種加担している状態だけど、現場ではそうした危うさを自覚して、課題と向き合う姿勢は持っていたい。課題を解決することはできなくても、どこに問題の本質があるのかを見定めることが重要です。

自分の生い立ちから、自分の目指したいアートマネジメントを考える

セッション後半では、参加メンバーによるグループトークが行われました。2人1組でインタビューし合い、自分自身の生い立ちを話していく中で、なぜアートマネジメントに興味を持ったのかを掘り下げていきます。このグループトークの狙いは、自分が生まれた環境を客観視して話すことで、公共性の問題、主体性の問題についての思考を深めること、そして同じように相手の話に耳を傾けることで、自分ではない他者の人生や考え方を想像することだそう。

野田:アートマネジメントを実践として仕事にしているけれど、見えない他者をどう自分が想定できるかは、ついつい目の前の仕事や、課題と向き合っていると忘れがち。公共の中でアートをつなぐことの前提にある問題や限界のようなものを認識したり、意識を持っていることが大事だということを、みんなにもわかってもらいたい。

そんな野田さんの想いを受けて、参加メンバーはそれぞれ自分の物語を紐解く対話へ。初対面のメンバー同士で初めは緊張感もありましたが、自分のエピソードを相手に語ることで自分自身が開かれていくのか、徐々に打ち解けあって今悩んでいることや進路についての迷いなどを率直に相談しあう様子がうかがえました。特に卒業後の進路については、多くの参加メンバーにとって関心が高く、それぞれの意見がお互いを刺激しあっているようでした。

それぞれの道を、それぞれのペースで

セッションの最後には、参加メンバー全員で車座になって1日の感想や気がついたことを共有しました。

メンバーのコメントからは、異なる環境にいながらも、同じ問題意識や興味関心を持つ同世代の仲間との出会いが、メンバーそれぞれにとって心強いものになったと同時に、自分自身を省みる刺激にもなったことが滲み出ていました。

「周りが一般就職も視野に入れる中で、できれば何かしらアートにかかわりたいけれど、私はどこに行ったらいいのだろう?」という悩みには、インターンに行ってみたという人、大学院への進学を決めた人、海外でのチャレンジに向かう人、とりあえず就職してから考えようという人、よくわからないからそのままでという人、さまざまな考え方が寄せられて、一つの正解に収束させようとする力が働かないことが、このTAMスタジオの豊かさを象徴しているかのようでした。

さらに、「アートに携わる仕事をして経済的にどう食べていくかは永遠の課題。就活をしたいなら、インターン生として半分社会に出てみる、どうやって仕事をしているのかを知ってみることで、考える手がかりを得るといいのでは。」という野田さん。そして「好きなことややりたいことなんて簡単に見つからないもの。苦しまないでほしい。大学を出てすぐ働かなきゃいけないってことはない。とりあえず入ってみて、お金を貯めて、学び直してみるのもありだよ。」という戸舘さん。2人のコメントが参加メンバーの漠然とした不安を包み込み、すぐに答えを出さないでもよいという安心感は野田さんと戸舘さんが志すアートの懐の深さそのもののように感じられました。

一方でフィールドワーク研究に取り組むメンバーから出たのは「研究者の立場で現場に入って、それを分析してまとめることに対して暴力性を感じている。自分は現場を知らなさすぎると思ってしまう。」という葛藤。

「葛藤自体がそれを説く手掛かりにつながる。悩んだ方がいい。私もいまだに自分はダメだなと思うことがある。それでも前に進んだり、プロジェクトを通して出会う人に連れて行かれて、また悩むことの繰り返し。アートと誠実で向き合うことをやめないでほしい。逃げるのが大事なときもある。心壊すのが一番辛いこと。」と野田さん。実践と研究を行き来する野田さんらしく、第三者として現場に入る際に感じる心の揺らぎに寄り添うエールを送りました。

また美術大学でアートマネジメントの専門学科に通うメンバーからは、「そもそもここに来た理由が、アートマネジメントをなぜやるのかを考えたかったから。美大にいると、芸術が好き、芸術が大事っていう視点からしか話が展開しないので、こちら側の目線しかわからない。だから行政側の視点が知りたいと思った。自分にとってあちら側の言い分を知りたい。」というコメントが。「世の中、芸術がいいものだと思ってる人って少ないもんね。たとえばコレクティブな現場で僕が交渉するときは、あちら側の論理にはまるように言葉を変えるようにしている。そういうことを実践している人の近くにいると色々わかるかもね。」と戸舘さん。野田さんは「行政側にインターンに行ってもおもしろいかも。」とそれぞれに新たな視点を得るためのアクションを提案しました。

そして今回のトークセッション全体を通して掲げられたテーマであった「公共性」について。

「結果と手段がすり変わることについて、これが私のやりたいことだったっけ?と問題意識を持っていて、アートを職業にするのは向いてないかもと思ったのが、ここに来たきっかけでした。今日のセッションを通して、表現が手段として使われていて、全員に対して等しい結果を生み出そうとしてるって捉えるのではなくて、誰か一人に届けばいいっていうのが今の演劇教育研究の中では損なわれていると感じた。自分の信念とか本当にやりたいことは別にあっていいんだなと思えた。」というコメントや、「自分の体験から自分の考えをつくっていっていいんだなと思えた。大義名分や論理にとらわれずに、楽しいから表現をするっていう考え方をする仲間に出会えてよかった。」というコメントが寄せられました。

最後に戸舘さんと野田さんから、1日の締めくくりと参加者へのエールが送られました。

戸舘:アカデミックな世界は、既存の理屈を論拠に今起きていることを言語化していく仕事だが、それをどうやって現場に落とし込んでいくかに取り組む人は実は少ない。今日のメンバーはそれができる可能性を秘めていると感じました。仮に今後アート業界じゃなく、大企業や行政で働くことになったとしても、こうした視点を持って仕事することで、かえって文化畑でやるよりも社会に開けて大きな影響を与えていけるかもしれない。そういう人材になってください。

野田:活動を始めた当時は、アートマネージャーという肩書きもなかった。今はアートの仕事にどういう立場でかかわるか。働くためのインフラ自体が、当時よりずっと明確になっていると思います。参加メンバーの皆さんは自分の体験を自分の言葉で語れる人たちだなと感じました。自分の経験から立ち上がっていって、何かアクションを起こしていいんだ、というのが、今日皆さんがお互いに共有した大切なメッセージだったと思います。

「公共性」とアートについて、まずは「わたし」と「あなた」を知ることから始めましょう。それがお互いに顔が見えるアートマネジメントの第一歩であり、さらに見えない誰かにも想いを馳せるアートマネジメントへと緩やかにつながってゆく。不用意に持ち出されてしまう「みんな」から目をそらさずに、想像力を持ってていねいに対話を重ねることには、覚悟と時間が必要です。この日トークセッションで同じ時間を過ごしたTAMスタジオのメンバーたちは、自身が「みんな」の中であり外でもありうることを想像し、「わたし」を掘り下げ、「あなた」を知ろうと試みました。そうした視点を得た彼らが、将来さまざまな立場で社会にかかわっていく中で、自分たちで考え、行動し、実現していく力をつけていった先に、誰もがそのままでそこにいられる社会が少しずつ現実のものとなることでしょう。

レポート概要

  • 開催日:2023年9月7日
  • 会場:トヨタ自動車株式会社東京本社
  • 登壇者:
    ゲスト 戸舘正史さん[文化政策、アートマネジメント]
    ファシリテーター 野田智子さん[アートマネージャー/Twelve Inc. 取締役]
  • 取材者:前田真美(メセナライター)

トークセッション 目次

TAMスタジオ2023
第1回トークセッションレポート「アートマネジメントを志す心構え」
ゲスト:戸舘正史(文化政策、アートマネジメント)
ファシリテーター:野田智子(アートマネージャー/Twelve Inc. 取締役)
参加メンバー〈スタジオメイト〉の声
第1回トークセッションレポート「アートマネジメントを志す心構え」
第2回トークセッションレポート(前編)
「生活と地続きに展開するアートマネジメント」
ゲスト:堀切春水[NPO法人BEPPU PROJECTプロジェクトマネージャー]
モデレーター:野田智子[アートマネージャー/Twelve Inc. 取締役]
第2回トークセッションレポート(後編)
「生活と地続きに展開するアートマネジメント」
ゲスト:堀切春水[NPO法人BEPPU PROJECTプロジェクトマネージャー]
モデレーター:野田智子[アートマネージャー/Twelve Inc. 取締役]
参加メンバー〈スタジオメイト〉の声
第2回トークセッション「生活と地続きに展開するアートマネジメント」
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