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Q2. 地域の活動を支援してきたスポンサーは何を期待するのか?

対話篇:根本ささ奈氏(アサヒグループホールディングス株式会社 コーポレート・コミュニケーション 広報部門)

執筆:中川 直幸
(ことくらす合同会社 代表社員/まるごと美術館 キュレーター/NPO ANEWALGallery 理事)

q2.地域の活動を支援してきたスポンサーは何を期待するのか?

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a2.根本ささ奈氏(現:アサヒグループホールディングス株式会社 コーポレート・コミュニケーション 広報部門/アサヒアートフェスティバル開催当時:アサヒビール株式会社メセナ担当・AAFネットワーク実行委員)

東野さんの話の中で、日本がアートの脈絡で世界から認知されるためには、アートマーケットでシェアを広げることが大切で、レジデンシープログラムとしての魅力は地域と深く結びつき、アート人材とのコネクションが豊富にあり、作家が金銭的な負担をしないことが挙げられました。

そのような話を聞いて、パッと頭に浮かんだのが2002年から始まったアサヒ・アート・フェスティバル(以下AAF)です。AAFは全国のアートNPOや市民グループをつなげたアートプロジェクトで2016年まで開催されました。立ち上げ当時のクレジットでは、特別協賛としてアサヒビール株式会社が、助成にはアサヒビール芸術文化財団(現:アサヒグループ芸術文化財団)が記載されています。現在はアサヒグループジャパンにメセナ機能が移管されているそうですが、地域プロジェクトに資金を投じてきたアサヒビール株式会社がどのようなことを期待していたのかを、2002年の9月からAAFネットワーク実行委員会に参加された当時のメセナ担当者、根本ささ奈さん(現在はアサヒグループホールディングスに出向中)に話をうかがいました。

健康で豊かな生活にどのように寄与できるか

まずはAAFがどのように運営されていたのかについてうかがいました。

「まず、アサヒビールがなぜ、NPOや市民グループの皆さんとともにAAFを立ち上げたのか、ということをお話しすると、当時の社の理念『最高の品質と心のこもった行動を通じて、お客様の満足を追求し、世界の人々の健康で豊かな社会の実現に貢献する』に通じるベースがあります。この理念のもと、私たちは「未来・市民・地域」の3つをメセナ活動のキーワードとして、各地でさまざまに展開していました。ですが、それまでのアサヒビールのメセナは、会社独自で行っている「点」のような活動です。フェスティバルとすることで、有機的につながる「面」とし、インパクトを創出することができるのではないか、と考えたわけです。AAFは、全国で開催する公募式の地域のアートフェスティバルとして見られますが、立ち上げ当初は、公募制は導入していません。ディレクターや趣旨に賛同してくれたアートプロデューサーの方々と協議し、東京都墨田区のアサヒの本社周辺を拠点にスタートしました。2004年には全国の実行委員からプロジェクトを募集し、内部投票により参加プロジェクトを決めましたが、全国から広くプロジェクトを公募するようになったのは2005年です。その運営方式に関しても、初年度こそディレクターを置きましたが、以降は事務方のトップである事務局長に取りまとめをお願いし、決定事項は実行委員みんなで協議して決めるかたちをとりました。実行委員会は月に1度、定例で実施。終了後はよく懇親もしましたね。学生からキャリアのある方まで、まさに世代も所属も越えたいろんな方々がさまざまなトピックで意見交換し、交流する場でした。」

実行委員会制は自分のこととして捉えられる優秀な仕組み

スポンサーでもあり、実行委員会にも名を連ねる複雑な立場の根本さんに、スポンサーの役割と実行委員会の役割の切り替えや距離感についてうかがいました。

「私がAAFにかかわるようになったのは、いわゆる会社の人事異動がきっかけです。2002年に営業からメセナ担当になりました。ちょうど第1回のAAFが終わり、次回開催に向けた協議が始まっていたころです。異動と同時に私はスポンサーであるアサヒビールの社員兼実行委員となったわけですが、実行委員会は非常にフラットな組織だったので自然と溶け込むことができました。アートの専門性や経験値は問わず、それよりも『だからこそいえることがある』という雰囲気があり、何事にも当事者意識をもって発言することの大事さを実感しました。一方で、そこで決まった内容をもとに会社に予算を申請し、獲得することも私の役目です。そのときは、当然会社の人間として考えます。アサヒのメセナの評価軸と照らし合わせ、検討していました。また、お金の流れに関していうと、アサヒは実行委員会の全体の取り組みに対して特別協賛金や助成金を出します。この中にはプロジェクトへの活動支援金だけでなく、全国展開のアートフェスティバルとしてインパクトを出すためのPR活動はもちろん、たとえば、参加団体同士のつながりをいかに生み出すか、各プロジェクトをブラッシュアップするための評価システムづくりにかかる費用も含みます。つまり、自らの企画だけでなく、実行委員みんなで全体としてよりよくなるためのアイデアも練ることのできる仕組みでした。ですので、一つひとつのプロジェクトへの活動支援金としては決して潤沢とはいえない金額だったと思いますが、この市民自治的な進め方そのものが、AAFの一つの魅力となっていたのだと思います。みんなで議論して決定していく合議制は、時間もかかり、非効率的な側面がありますが、みんながAAFを自分のこととして捉えられる、よくできた、優秀な仕組みだったと思います」

スポンサーがプロジェクトに期待するもの

アートフェスティバルのスポンサーは、お金は出すけれど口は出さないというイメージが強いのですが、もうちょっとだけプロジェクトに何かを期待してもよいのではないかと思っています。そうすればAAFのようなものももっと長く続けられたのではないか、と思っています。つまりリターンについて運営側が考える必要がある、と考えているのですが、スポンサーは何を期待していますか。

「メセナ担当者として当時のAAFを振り返ると、アートと地域が出あうことで多様な地域の魅力が発掘されていくこと、人々が有機的につながり笑顔があふれるシーンがたくさん生まれていくこと、そして地域がみるみる元気になっていくことにわずかながらも寄与できたことなどは、私たちにとってのリターンでもありました。AAFは、私たちのメセナ活動を「点」から「面」にしたいという思いを、アサヒ一社だけでは到底できないレベルで見事実現してくれたんです。もちろん、パンフレットにクレジットが掲載されて私たちのブランドが親しまれ企業価値がXX向上した、広告換算費でXX円の効果があったなど、費用対効果で説明すべきときもあるとは思いますが、地域の人々やアーティストたちと同じ方向をみて同じ未来を描けることは企業にとっても魅力です。単に継続することではなく、この先にどのような未来を描くか、そのためにどう行動していくのかをそれぞれに考えることが大事で、そのお互いの思いが交差するときにメセナの支援やコラボレーションなどが生まれるのだと思います。どのような未来を描くのかも、何をリターンと思うのかも、企業やアーティスト、NPOなどそれぞれとは思いますが、たとえば、当初期待していなかった成果が見えてくる、新しい価値観を提案し続ける、などは当時の私たちの背中を押してくれる原動力だったな、と思います。」

上記では紹介できていませんが、地域の変容の例として、AIRを行っている神山町の話や大地の芸術祭の越後妻有の話が出てきました。プロジェクトによって明らかに地域が変わっていった事例は、アートである必要はないのかもしれませんが、大きく地域を変えるには、その地域の人の実行力をともなったネットワークが必要になるのだと感じました。特に神山町はこの地域を存続させるためには、人を増やさないとダメだという強い地域の危機感があったと想像できます。その危機感を解消するために象徴的なプロジェクトを開催し、そのプロジェクトを通して地域の人の団結力が増していくということがあったと思います。

また、新しい価値観のようなことについては、AAFすみだ川アーツのれん会が2008年に製作した検証ドキュメント「水上アートバス『ダンスパフォーマンス!』5年間の軌跡」※(現代美術製作所ディレクターである曽我さんからレンタルさせていただいた)というDVDの中で、東京都観光汽船株式会社の代表もこんなことをいっておられました。

「初めは観光だけでなくて、ダンス目的のお客さまが増える、と期待していました。ですが、やっていく中で、船内のいろんな場所で、さまざまなタイミングでパフォーマンスを仕掛けていくパフォーマーから、そんな使い方もあるんだと気づかされた。その発見がおもしろかった。」

アーティストの気づきや提案から、難しそうな表現に向き合っていくことで、新しい価値観を社会に提案できるかもしれません。スポンサーと長く付き合っていくには常に新しい見方を提案していくことも必要なのかもしれません。

(2023年3月27日)

地域とアートの交点 目次

アートと地域の交点を地域側から考える
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Q2. 地域の活動を支援してきたスポンサーは何を期待するのか?
対話篇:根本ささ奈氏(アサヒグループホールディングス株式会社 コーポレート・コミュニケーション 広報部門)
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