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「からだをほぐせば、こころもほぐれてくる」から「習いに行くぜ!東北へ!!」、
そして「ヒューマン・セレブレーション三陸国際芸術祭2014」開催に向けて



 震災以降、アーティストに何ができるのか、ダンスで何ができるのかを考え続けてきた。震災の1か月後に初めて被災地を訪れ、あまりの悲惨さに、言葉も出なかった。その時に警察や自衛隊、消防、医者、そしてNGOなどが直後から被災地に入り、自分たちのやるべきことを確実にやっていた。なぜ文化・芸術関係者は今頃、自分たちに何ができるのかを、自分を含め、考え、悩み、話し合っているのだろうかと思った。現実の社会のなかでこれだけのことが起きているにも関わらず、自分たちが蚊帳の外にいるような気がした。

 同時に、被災地で、いろいろな人が何かをやりたいと言ってくるけれど、それどころではなくて迷惑だ、という話も聞いた。それで、ダンサーに出来ることは何だろうと考えて、身体の専門家として、アーティストがダンスを踊るのではなく、被災された方々の"からだをほぐす"ことを目的に、被災地にうかがった。しかし、もちろん現地にそのためのコーディネーターがいるわけはなく、自分たちでアプローチをして訪ねていくため、同じところで継続して行うのはなかなか難しかった。避難所から仮設に移り、まず生活が出来ることが最優先であり、からだをほぐす余裕などない時だったからだ。

 被災地に通いながらも、なんとか道をつくらなければという思いと、何か余計なことをしているのではという思いが、常に交差していた。結局、自己満足じゃないの、と。

 そのジレンマを打ち破ってくれたのが「習いに行くぜ!東北へ!!」だった。アーティストが何かをしに行くと、結局被災された方々は受け身になる。人のために何かをしに行ったはずなのに、結局主役はこちらなのでは。そのとき"文化芸術による復興"と考えていたことの意味は、外からの文化芸術で被災地を何とかしようとすることで、それは大きな勘違いなのではないのだろうか。

 そもそも文化芸術というものは、その地にすでにあって、"文化芸術による復興"とは、そのすでにある文化芸術を、外からの人間がサポートすることなのではなかろうか、と思った。外からのアーティストが自分のできることを行うことも大事だが、もっと大切なことは、その専門性を活かして、その地で失いかけているものを絶やさないようにすること、外に伝えていくこと、文化芸術に携わっている人間しかできない形のサポートをすることなのではなかろうか。地元の方々が主役になって、こちらが受け手になることなのではなかろうか、と思った。そう思ったら、肩の力が抜けてきた。

 「習いに行くぜ!東北へ!!」として、昨年夏の盆踊りから、秋には各地の郷土芸能を、イギリスと日本のアーティストと一緒に習いに行った。これまで背負っていた、何かしなければという思いと、「外から何かしに来た人と被災した方々」という壁が融けていくような感じがした。そうだよ、誰もいつまでも被災者でいたいわけがないし、 次に行きたいと思っているところにまた、あなたたちのために何かしに来ました、なんて顔で来られたら、また被災者の顔にならないといけないよね。何かを誰かのためにしようとすることではなくて、一緒に次の道をつくっていくことなんだよな、と思った。

 そして、沿岸部に滞在し、各地の郷土芸能に出会えば出会うほど、その芸能自体と、その成り立ちに惹きつけられていった。こんなにすごいものがありながら、本当に知らなかった。地区ごとに違う郷土芸能が、こんなに数多く存在している地域なんて、全国的にも珍しいと思う。そしていろいろ話をうかがえばうかがうほど、抱えている問題(例えば少子高齢化のために後継者が減ってきていることや、そのうえ働き場がなくて高校を卒業すると若者が地元を離れてしまうこと、など)は、被災地だからということではなく、日本中が抱えている問題なのである。これは、被災地の課題だけではなくて、自分たちの課題でもあるのだ。

 昨年の「習いに行くぜ!東北へ!!」の滞在中に生まれた国際フェスティバルのアイディアを、今年8月に実現すべく準備をしている。滞在して感じたことは、この東北そしてその沿岸部は、バリ島に似ているのではということ。インドネシアのバリ島は、世界中の人がバリの音楽や踊りを楽しむために訪れ、そして習いに来ている。日本からも本当にたくさんの人たちがバリ舞踊やガムランを習っている。日本人だけのグループも数多く存在している。東北の郷土芸能は、バリに匹敵するほどの数と質がある。これまで知られていなかっただけである。世界中の人が東北に郷土芸能を習うために滞在し、芸能・文化を主軸にした観光が生まれるような仕組みを、地元の人たちとつくろうとしている。

 8月16-24日に開催する「ヒューマン・セレブレーション 三陸国際芸術祭2014」では、 大船渡と陸前高田の沿岸部の野外3か所を中心に、地元の郷土芸能約30団体、インドネシアからバリ舞踊、韓国から農楽を招聘しての公演や、「習いに行くぜ!東北へ!!」の第3弾、そして地元の人たちとの演劇とダンスの作品つくり、シンポジウムなど、盛り沢山な内容である。6月16日に、公式発表をサイト上で行う。

 これまで被災地に来たいと思っていても来られなかった人たちが来るきっかけをつくりたい。

 現在その準備に邁進中である。JCDNの大船渡事務所として、一緒にこの準備を進めている"みんなのしるし合同会社"の中に机を置かせてもらい、すでにJCDNのスタッフが常駐している。そして、初めて被災地を訪れる人のために、どこに泊まれるか、どのようなアクセスがあるかなど、わかりやすいサイトをつくろうと地元の方々と準備している。

 ようやく外の人間の役割が見えてきたような気がする。"つなぐ"ことである。それは、被災地と全国そして世界のアーティストや人をつなぐだけではなく、被災地のなかの人同士をつなぐことも出来ることを感じている。幸い、この3年間で被災地のいろんなところを訪れ、同じようなことを考えている人たちに出会った。それは、外の人間だから出来たことで、その人たち同士が出会うことによって、次の段階を生み出せるのでは、と思えるようになってきた。

 西日本に住んでいると、今回の震災のことがすでに過去のことになっているような気がする。たぶんそれは、これまで被災地を訪れる機会がなかった人が多いからだろう。一度でも訪れて、あの風景を見た人は、二度と心の中からなくすことは出来ないと思う。行きたいと思いながらも、被災地を訪れるきっかけがないままに、現在に至る方も多い。

 被災地は、一日一日と風景が変化している。現在滞在している陸前高田でも、山から土を運ぶための大規模なベルトコンベアーがどんどん伸びてきて、盛り土が広がってきている。来年になったら風景が全然違っているのかもしれない。このフェスティバルをきっかけに、被災地を訪れ、何もしなくてよいから、地元の豊かな郷土芸能に触れ、おいしい郷土料理を食し、こころあたたかい地元の方々に出会うことが、これからのことを考えるきっかけになったらと願っている。

 最後に。もし将来、日本のどこかで同じような災害が起きたときのために、文化芸術関係者は、何をするべきなのか、何をするべきでないのか、どのような体制が必要なのか、などのことを、記憶が薄れないうちに話し合い、方向性を決める必要がある。そうじゃないと、我々は今回のことをからまだ何も学べていないし、まだ何も生み出せていないことになるのではないだろうか。

2014年6月3日 陸前高田にて

※写真:2013「習いに行くぜ!東北へ!!」より

関連リンク

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ネットTAMメモ

 『何かを誰かのためにしようとすることではなくて、一緒に次の道をつくっていくことなんだよな』
震災直後から被災地を訪れ、ダンサーやスタッフ、そして現地の方々とともに試行錯誤を繰り返し、「支援すること」を根本から問い直してきた佐東さんの思いが、この1文にこめられている気がしてなりません。
東日本大震災では「自分にいったい何ができるのか」と自問自答を繰り返し、どうしたらいいかわからないまま、ますます被災地への足が遠のき、そのことでまた心苦しさを抱えながら過ごす方々も少なくなかったと思います。力になりたい、と思えば思うほど、「支援する側」と「支援される側」の間に高く、厚い壁ができてしまったり、相手を思っているがゆえに生まれるジレンマを経験された人には、ぜひ佐東さんのコラムをまた読んでいただきたいと思います。ほんの少し目線を変えることで現れる新しい支援のかたちが、これからも多くの方々の支えとなっていくことを、ネットTAMでは丁寧に見つめていきたと思います。

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