ネットTAM


講義NO.4『アートの「声」になるということ:通訳の視点から考える現場のコミュニケーション』

2日目最初の講義は、アートトランスレーターの田村さんが登壇。

『アートの「声」になるということ:通訳の視点から考える現場のコミュニケーション』と題し、多彩な言語、文化、人の"あいだ"をつなぐときに求められるコミュニケーションとクリエイティビティについて話していただきました。

20210620-report-tamura-slide.jpg

表現者の代弁者となる覚悟を持つ

アート専門の通訳・翻訳事業を手掛けるArt Translators collectiveの主宰、札幌国際芸術祭2020のコミュニケーションディレクター、東京藝術大学での非常勤講師など──。

「アートトランスレーター」としてアートを翻訳。人と人、人と表現の"あいだ"をつなぐ活動をしている田村さん。冒頭では「今につながる原体験は、留学していた学生時代にいつも乗っていた飛行機にある」と教えてくれました。

田村:あのころ、飛行機に乗っている間の「どこの国にも属していない、宙ぶらりんで何にも捉われていない状態」をすごく心地よく感じていました。それは今も同じ。何かを「つなぐ」とき、出発点と到着点のようなAとBをつなぐことが本来の狙い。しかし、その間には名前をもたない部分がある。その部分をどのように捉えてつないでいくのか、アートを翻訳する今もそこに興味があります。

だからこそ、アートトランスレーションの仕事=言葉を別の言葉に翻訳すること、と捉えられがちな風潮を「それだけではない」と否定します。

田村:たとえばアーティストのトークを通訳するとき。確かに言葉を発しているけれど、表現者であるその人は「何を伝えたいのか」。それは「どんな客層にどんな文脈で伝えようとしているのか」までつかむ必要がある。発話者が必ずしも話し上手とは限らないし、伝えたい相手のリテラシーによって伝わる言葉も変わります。だから、発話者と通訳者は、一緒に表現をつくっていかなくてはいけないのです。

さらにアートの通訳は通訳者自身の個性や身体性、能力に大きく影響されます。たとえば、通訳者の個性からすこし暗い感じの言葉や話し方でアーティストの言葉を通訳したら、その暗さが作品のイメージにどうしても染み込みます。逆もまた然りというわけです。

田村:アートのような表現を通訳することは、大きな「権力」と「責任」をもたざるをえない。そう考えています。

その意識が強いため、田村さんはアーティストの表現を「わかりやすく通訳」することだけではなく、「複雑なものを複雑なまま訳す」ことも心がけているそうです。

わかりやすく通訳する行為は、必然的に通訳者が発話者の情報を取捨選択せざるをえません。でも伝える内容を選びとるということは、発話者であるアーティストが放ったもともとの言葉や表現を通訳者の中で殺すことでもある。そこには大きな責任があり、通訳者が表現の手綱を握った状態にさえなるからです。

田村:通訳ではなくアートトランスレーターと名乗るようになったのは、従来のイメージとは異なる役割だと伝えたかったからです。言葉の変換だけをしているわけではなく、表現者の代弁者となる覚悟を持ち、表現者と同じくらいの創造性を発揮するつなぎ手であるべきです。

「権力」と「責任」。

これは通訳に限らず、何かの間に立ってつなぐ役割を担う人が持つべき覚悟といえそうです。

コミュニケーションをデザインする

20210620-report-tamura-talk.jpg

次に、「アートトランスレーションをする際は、コミュニケーション全体をとらえた高い視座のもとで手掛けるようにしている」という話に。

田村:通訳が呼ばれやすい国際共同制作のアートプロジェクトは多くの壁ができます。人種や文化、あるいは共通言語になる英語をどれだけ話せるかという言語能力の差といった多彩な壁です。この壁によって分断や権力勾配が生まれ、ハラスメントや搾取につながるようなコミュニケーションの問題が生じるリスクがある。それを避けるためにも、単なる通訳ではなく、視座をあげた「コミュニケーションをデザインする」意識で望む必要があります。

例として、自身が参画した東京芸術祭の人材育成プログラム「APAF」をあげて解説してくれました。

ここで田村さんは通訳を担当した仲間とともに、企画が立ち上がった極めて早い段階からコミュニケーションをデザインする役割を置く必要性を訴えました。主催者側である東京都の担当者や現場の運営チームと早くからディスカッションを重ね、数年かけて「コミュニケーションデザインディレクター」という職の導入に漕ぎつけたそうです。

これによって人材育成を目的としてプログラムを組み立てていく際にも「多文化のメンバーが集まると、どんなコミュニケーションの行き違いがありえるか」「何に注意して言葉を共有していくべきか」と、逐一コミュニケーションに配慮しながら設計できるように。結果、プログラム全体のスムーズなコミュニケーションに寄与したといいます。

またアートイベントなどは、アーティストやキュレーターといったわかりやすい立場で参加する人だけではなく、間をつなぐ立場の人々、広報やライター、編集者や制作など違う言語を持つ多彩な人たちが集い、それぞれが人と人をつなぐ仕事をしています。

しかし、このつなぐ側の人々がそれぞれの持ち場で「言葉の意味がわからない」「表現の意図がつかめない」と人知れず頭を抱えていることがあるもの。それでいて「誰にどう相談したらいいかわからない方も多い」と課題を指摘してくれました。

田村:そこでつなぐ立場の方々にも、運営の方々にも、アートトランスレーターの仕事がどんなことか、というお話を伝えるようにしてきました。アートイベントに携わる人たちが共通の認識として、コミュニケーションをデザインする意識を共有することが、最初の一歩になると感じています。

さらにコミュニケーションデザインの具体例として、札幌国際芸術祭での取り組みにも触れました。

札幌国際芸術祭2020は3名のチームディレクター体制で、うち2人は作家や作品の選定をするアーティスティック・ディレクター。しかし残りの1人は「芸術祭と鑑賞者の間にあるものすべてを監修し、コミュニケーションをディレクションする立場」と設定。「まさにトランスレーションだ!」と田村さんがその任を務めたそうです。

田村:「アートに馴染みのない市民の方にいかに来てもらえるか」。また東京と比べたら、現代アートに詳しいメディア関係者も少ない中で、「記者の方々にどのようにコミュニケーションを取ればおもしろさを伝えてもらえるか」。その視点でたくさんの施策をおこないました。

具体的には、アーティストの名前とプロフィールと展覧会履歴を載せるだけのありがちなプレスリリースを廃止。雑誌のようなていねいなレイアウトで、アーティストの背景や作家のテーマがわかりやすい過去作品の写真を多く掲載。「楽しく見てもらう」ことに軸足を置いて編集したそうです。

田村:すべてにおいて、現代アートに馴染みのない方に伝えることを心がけて全体を設計しました。また市民に声をかけて、「あなたの友だちに芸術祭に参加してもらうには何が必要か」を考えるワークショップを展開したり、「アーティストって何しているの」と題して、アーティストと一緒に作品づくりができるイベントも実施。

こうして一緒に体験したもらうことでおもしろさを体感してもらったわけです。

田村:こうしたワークショップやトークイベントは、あせらずに「ゆっくり知ってもらう」ことを意識して、会期の1年以上前から準備しました。そして伝えるだけではなく「アートのなにがわかりにくいか」「アートを伝えることにどんな不安があるか」を市民の方やアーティスト側にも"聞くこと"を強く意識して、それを施策に反映させていきました。

相手のことを理解し、相手に合わせたコミュニケーションを取る。こうして丁寧に共通理解を図ることが、タテ・ヨコを編むアートマネジメントには必要だといえそうです。

アートトランスレーターの存在意義

その後は「さまざまな人がお互いの理解を深めてプロジェクトを進めていくには、共有できるゴールが必要」という前日の金森さんの講義を引き合いにお話。田村さんの考える"ゴール"は「よい作品をつくること」であり、「そのためには安心して発言でき、創作できる環境をつくることが必要だ」といいます。

田村:特に多文化の人が集まる現場では、お互いの違いを認めながら尊重しあうコミュニケーションが自然に生まれることはありません。見えない壁、意識されない壁、善意からよかれと思ってつくり出される壁に注意を払いつつ、それでもすべてはわかり合えないかもしれない。そんな前提のもとに、それぞれが努力しなければなりません。

だからこそアートトランスレーターがコミュニケーションのあり方を提案することで、恐怖や不安を感じることのない、誰もが率直な意見をいい合えて安心できる場をつくることができる。

田村:アートトランスレーターは翻訳の可能性だけでなく、表現自体の可能性を広げられる存在だと信じています。

そして「アートの間をつなぐ立場同士の間をタテ・ヨコでどうつないでいくか。どうお互いを知り、助け合える関係をつくるか」が今の私の課題であり、皆さんと一緒に考えていきたいと話しました。

伝えるための多様なコミュニケーション

後半は、TAMスクールの企画プランナーである田尾圭一郎(カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社CCCアートラボ事業本部プロジェクトプランニング事業部ユニット長)とのクロストークが実施されました。

田尾:札幌芸術祭のお話にあった「ゆっくり知ってもらう」という考え方がおもしろいですね。ゴール時点で情報の伝え方を工夫するのではなく、一歩手前に戻って体験してもらう、ということ。このアイデアはどのような背景のもとに生まれたのですか?

田村:情報の告知で足を運んでくれる人は、もうすでに興味のある人なんですよ。その人たちももちろん大事ですが、その手前にいる人たちは原体験がないときっかけにならない。アートの良さを一生懸命伝えても、その人の実感として腹落ちしなければ心は動かないと思います。だから、一人ひとりに響く実体験を持ってもらうしかなく、そのような場を地道に設ける取り組みをしています。

田尾:「通訳」という役割の重要性にも関連しますが、実感や体験などの非言語の部分についてはどのように田村さん自身が発話者から感じ取り、伝えているのでしょうか。

田村:実は通訳に大切なのは、スキルや知識のその前に「発話者と信頼関係をつくること」なんですね。たとえば、どんな大物アーティストでもトークの前などは少なからず緊張しているもの。なので「私はあなたの味方、分身ですよ」と伝えるようにしています。また通訳する際には必ず予習として、その人に関連する映像や資料などは片っ端から目を通します。そのうえで、あのときの表現がすごく好きですと伝えたり、わからない部分は事前に質問したりすることで、あなたの言葉を伝える気持ちがあるという思いが伝わるようにしています。そうした信頼関係があれば、相手も自分に託してくれるし、自分も非言語表現もふくめてニュアンスなどを伝えやすくなる。その人の言葉を預かる覚悟もできる気がします。

田尾:伝えるためには、言語や知識だけではなくて、もっと手前の部分にも目を向けると新たな手段が見えてくる。そこにヒントがあると感じました。

質疑応答

20210620-report-tamura-faq.jpg

最後は参加者の方々からの質疑応答で講義が締めくくられました。

その中には「オンラインでの信頼関係の築き方に悩んでいるのですが、何か気をつけていることはありますか?」という今、多くの方が抱いているであろう質問が。

これに対して田村さんは「難しいですよね」と同意しつつ、「なるべく具体的に話すこと。特にオンラインでは細かい表情や温度感は伝わらないので、感情も言葉にしていくことを心掛けています。」と抽象的な物を具体化する必要性に言及されました。

また、広報をしている方からは「伝える前に聞くという話が目から鱗だったのですが、"聞く"という段階において意識していることがあれば、うかがいたい」とアドバイスを求める声がありました。

田村さんは「『こんな話が聞けるだろう』という前提を自分の中につくらないことが大事だと思っています。たとえば足の不自由な方と『どうすれば美術館に来やすくなるか』ディスカッションしたとき、こちらは『クルマ椅子が入りやすいつくりだといいだろうな』と考えていたら『いや、有名な人が来たら、行くよ』とおっしゃっていた(笑)。自分の勝手な考えに相手を押し込めたら見誤りますよね」と大事な心構えを教えてくれました。

アートの世界に限らず、「あいだ」をつなぐことの奥深さを感じた講義でした。

2021年8月4日
取材・文:日下部沙織

第1回TAMスクール「タテ・ヨコに編まれる次代の”アートマネジメント”」 目次

第1回TAMスクール開催
2021年6月19日(土)・20日(日) トヨタ自動車株式会社 東京本社
第1回TAMスクール オンライン視聴のご案内
「タテ・ヨコに編まれる次代の“アートマネジメント”」
2021年6月19日(土)・20日(日)
講義NO.1『アートマネジメントにおける「ゼネラリスト」と「スペシャリスト」』
2021年6月19日(土) TAMスクールレポート

講義NO.2『東京で地縁の再獲得は可能か?2021年「隅田川怒涛」の取り組み』
2021年6月19日(土) TAMスクールレポート

講義NO.3『うっかり越境してきたけれど』
2021年6月19日(土) TAMスクールレポート

シンポジウム(1)
2021年6月19日(土) TAMスクールレポート



講義NO.4『アートの「声」になるということ:通訳の視点から考える現場のコミュニケーション』

この記事をシェアする: