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講義NO.2『東京で地縁の再獲得は可能か?2021年「隅田川怒涛」の取り組み』

2021年6月19日(土)
TAMスクールレポート

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2つ目の講義は、NPO法人トッピングイースト 理事長の清宮陵一さんが登壇。

『東京で地縁の再獲得は可能か?~2021年『隅田川怒涛』の取り組み~』と題して、音楽を通した地域におけるネットワークづくりとその可能性について、自らの取り組み事例をもとに話していただきました。

音楽の力を使った「場」づくり

「東京で地縁の再獲得ができるのか? それが今日の講義のテーマです」

そんな一言で清宮陵一さんの講義はスタート。清宮さんは2014年、東東京をベースに「音楽がまちなかでできることを」という理念で立ち上げたNPO法人トッピングイーストの代表です。その活動を振り返りながら、新しい地縁のつくり方と、そこで作用する音楽の力をひもときます。

たとえば隅田川を舞台に見立てた参加型の音楽とアートのフェスティバル『隅田川怒涛』。これはTokyo Tokyo FESTIVALというオリ・パラが開催される東京を文化の面から盛り上げるべく、東京都が主催している企画公募事業で採択を受けて実施しているプロジェクトで、トッピングイーストが企画、運営するものです。

清宮:隅田川流域を一つの舞台と見立て、船に乗ったり、テラスをゆっくり散歩したり、多くの人々が行き来して混ざり合うようなフェスティバルをイメージしていました。音楽を軸にしたインスタレーションやライブパフォーマンスで隅田川周辺を彩る。緊急事態宣言の発令により、急遽オンラインによる配信に切り替え、春会期を5月22、23日に実施しました。

清宮さんは、生まれも育ちも隅田川沿い。1996年に社会人になってから現在に至るまで、隅田川沿いに暮らしながら音楽に関する仕事に携わってきたそうです。新卒でまずはレコード盤の製造会社に入社。そこで自社レーベルを立ち上げて、宣伝や販売、レーベル運営なども手掛けます。その後、独立を経て、エイベックスで坂本龍一さんやYMOのディレクターを担当します。

またライフワークとして「ボイコットリズムマシーン」の名でミュージシャン同士が即興で音楽をつくり、対決するスタイルの作品やライブなどを企画。菊地成孔さんや大友良英さんなどがかかわられてきました。

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こうして多くの音楽の現場で、さまざな音楽アーティストの方と活動をともにする中、ある思いが生まれたそうです。

清宮:音楽が活かせる他の方法はないものだろうか? と考えるようになりました。具体的には、自分の住むまちでの場づくりに気持ちが向いた。そう思って近所の仲間と始めたのが「ほくさい音楽博」でした。

墨田区生まれの葛飾北斎の名を冠した、墨田区両国周辺地域を盛り上げる小さなコンサート。気楽にご近所の方々に参加してほしいと願い、投げ銭スタイルで実施したそうです。しかし「地域と音楽を融合させることの難しさに気づかされた」といいます。

清宮:音楽を売ること、たくさんの方に聴いてもらうこと。そこに力点をおいて仕事をしていた自分にとっては、音楽と地域というフィールドが違いすぎて、混ぜ合わせることが難しかった。コンサートには来てくれても、そこからコミュニティが生まれるようなところまではすぐにはいきませんでした。

しかし、その後「音まち千住の森」や「六本木アートナイト」「恵比寿映像祭」などにかかわる機会に恵まれ、実際の現場でアートプロジェクトのいろはを学びます。そこで「場」をつくることが世の中から強く求められているし、自分自身の趣向も「物」づくりから「場」づくりに変化していることを実感したそうです。

清宮:そして、地域活動に力を入れるべく、2014年にNPO法人トッピングイーストを設立しました。それが冒頭で語った「隅田川怒涛」と「地縁」につながっていきます。

地縁獲得、その先に目指すもの。

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地縁とは、いうまでもなく住む土地から生ずる縁故関係、土地をなかだちとする社会的な関係のこと。だから、自治会、町内会、町会などを地縁団体といいます。

清宮:この地縁が、いま希薄になり続けています。全国には30万近い地縁団体がありますが、その数も加入率もずっと減っている。

この地縁の減少が、いま世の中の多くの課題につながっているのではないかと清宮さんは説きます。とくに隅田川流域の7区(中央、台東、墨田、江東、北、荒川、足立)は高齢化が進む一方で外国人比率が高く、増え続けています。この外国人の方々といかにコミュニケーションをとっていくか、ということは地域の発展を大きく左右するはずです。

一方で、失われた30年といわれるように日本経済は長らく停滞。一人あたりGDPは2000年の2位をピークに下がり続けて、今や20位以下が定位置です。経済が停滞すると、世の中のムードも窮屈になり、閉塞感が高まる。「結果、社会全体も、なにか管理する、押さえつけるようなマネジメントが横行している。それがなお経済や社会を停滞させていると思う」と言います。

清宮:そこで音楽を活用して地域の地縁を取り戻したい。音楽を聞き、奏でることで、人と人がコミュニケーションする。管理するのではなく、ゆるくやわらかく音でつながる状況をつくりたいと考えたわけです。

たとえばトッピングイーストが実施する「BLOOMING EAST」という試み。これは、音楽家の方に東東京に来ていただき、地元の方との対話を通してリサーチをするプログラムです。

清宮:このプログラムは時間、場所、目標などのルールをあえて決めていません。たとえば移民や難民について知りたいと思ったら、地元に根づく外国料理店にとりあえず行ってみたり。そこに核となる人がいると、その人がいる場所を中心としたコミュニティができている。やはりコミュニティは人が集まる場所を中心に機能するということを実感でき、参考になる事例です。

次に、古い電化製品をハッキングしてオリジナルの楽器に変え、それでオーケストラを奏でるという「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」を題材に、芸術作品を音声ガイド、バリアフリー字幕、手話通訳などの手法でバリアフリー対応、多言語翻訳に取り組むオンライン劇場「THEATRE for ALL」で行ったワークショップについてお話されました。

清宮:どちらも参加型のプログラムです。音楽を見聞きするだけではなく、実際に参加することで、さまざまな方とかかわりあえるような場づくりを目指そうとする取り組みです。

そしてあらためて「ほくさい音楽博」の話に戻りました。これは、義太夫やスティールパン、ガムランなど、子どもたちが普段は習えないような音楽を体験し、学び、発表するプログラムです。

清宮:この活動をしていると、数多くの子どもと接しますが、やはり1~2回会っただけでは心は開いてくれません。でも一緒に過ごす時間や回数が増えると、日常では気づけないような悩みや不安が見えてくるし、自ら話してくれる子もいる。そのような色々なしんどさを抱えている子どもたちの居場所づくりをしたいなと思っています。地域の子どもたちの心の拠り所になるような、一人でも行けるような、そんな場所が、音楽によってつくり出せる。

そして清宮さんは「隅田川怒涛」のシンボルともいえる葛飾北斎のすばらしい波の絵を掲げながら「この怒涛図のように、1人1人が沸き立って楽しさを感じられるような、そして個人が自由に自然体でいられるようなそんな状況を、音楽を通じてつくっていきたい」と話し、前半を締めくくりました。

音楽にしかない力とは。

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後半は、TAMスクールの企画プランナーである田尾圭一郎(カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社CCCアートラボ事業本部プロジェクトプランニング事業部ユニット長)が登壇。清宮さんに、質問を投げかけるかたちで進行しました。

田尾:アートにもさまざまなものがありますが、音楽だからこそ実現できることってありますか?

清宮:合奏できることですね。これは相手と一緒に音を鳴らすこと、そして相手の音を聞きながら合わせることであり、相互性が高いと思います。たとえばみんなが一斉に話したら聞き取れないし、会話も成り立ちません。でも音楽であれば、みんなで一緒にできる。

田尾:隅田川という区や町などの行政区画ではないところもユニークだし、可能性を感じます。よく行政はタテ割りを批判されますが、川はおもしろいですね。

清宮:隅田川沿いを歩いて、釣りをしている人に話しかけたりするのですが、上流のおっちゃんは「今日の晩御飯だよ」と気さくに答えてくれたり、下流では「リリースします」っていわれたり、20km圏内で景色や文化が全然違うのもおもしろい。こんな違いもこうして音楽やアートをつかった取り組みで見せられたら、直感的に体感してもらえるのではと思っています。環境啓発も気負いなく、上から目線でもなくできる気がするんです。

質疑応答「地域に根差したネットワークをうまく利用する秘訣は?」

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最後は参加者の方々からの質疑応答で講義が締めくくられました。

最初は公共ホールで館長をされている方から「公共ホールが芸術事業に協力するために重要なことは何ですか?」との質問。

これに対して清宮さんは「より多くの人にリーチするには数年単位でプログラムを継続する必要があります。そのため、協力いただく際には、長い目で見ていただきたいと思います。そして、継続するには運営や資金のハードルもありますが、自らかかわりたい、協力したいと思ってくれるようなつくり手をいかに増やせるか。そういった方が複数いれば、知恵を出しあって何とかなっていくのではないでしょうか」と最終的には人の重要性に言及されました。

また地方都市で演劇祭の制作をしている方からは「公共の場所でアートプロジェクトをする際に、そこにある既存のコミュニティのネットワークが強固なほど、コミュニケーションが難しいと感じています。地域の方とのコミュニケーションにおける秘訣をおうかがいしたい」との問いかけがありました。

これに対して清宮さんは「自分が住んでいない地でアートプロジェクトをやった際、仲間になり切れず、本音でいい合えない難しさを感じたことがあります」とまずは共感。「だからこそ今は自分が住んでいる地域、関わりのある地域である隅田川周辺をもりあげようと決めちゃって取り組んでいる。やはりお互い住んでいる者同士になると本気でいいあえて、真剣な対話が生まれるんです。答えにはなりませんが『自分の住んでいる地域をおもしろくしていきたい、という人が増えるといいな』とは感じています。それをどうやって増やしていくか、簡単ではありませんがこれからもあの手この手で取り組んでいきたい」と本音を語っていました。

こうして約1時間にわたる講義は、「アートプロジェクト×地域」のヒントを体感できる場となったようです。

2021年7月12日
取材・文:日下部沙織

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