東京文化オリンピアード:若い世代の力、レガシー、エンパワメント、全国規模の祝祭
文化オリンピアードは1912年のストックホルム大会以降、すべての夏季オリンピックに欠かせない要素となっています。それでもオリンピックの文化プログラムは、その長い歴史にもかかわらず、夏季オリンピックの知られざる一面(英文記事)となっていることも事実。これまでは、開催方法や名称(オリンピックアートコンペティションやオリンピックアートフェスティバル、そしてバルセロナ1992以降は文化オリンピアード)が統一されていなかったことも、その理由に挙げられます。
東京は文化オリンピアード開催に力を入れており、前回大会のリオ2016が閉幕した直後の2016年に始動。オリンピックの強力な文化的基盤を確保するために、4年間(オリンピアード)にわたる長い旅路の第一歩を踏み出しました。
東京の文化プログラムの位置づけ、発展を見守るなかで個人的に最も特筆したい側面や、将来への展望を以下に紹介します。
日本人に日本を紹介
東京文化オリンピアードの注目すべきテーマの一つとして、現代の日本の若者たちにあらためて日本文化に接してもらうための働きかけが挙げられます。私は2016年から2017年にかけて主催者側と議論を重ねるにつれ、日本を世界に向けて発信する前に、まずは日本の人々に日本を知ってもらおうという彼らの熱意に感銘を受けました。
2016年に実施した組織委員会(TOCOG)へのインタビューで、担当チームの代表者はこう話していました。「日本の学生たちは、日本の伝統的な文化に接する機会があまり多くありません。2020では日本の学生たちが主役となり、かかわりを持つことで、彼ら自身がこの国古来の文化を体験できるようになります」
個人的にもこれは素晴らしい方向性だと思います。また、その実現に向けて、すでにいくつか重要なステップを踏み出しているとも感じています。「スポーツ・文化・ワールド・フォーラム」(英文記事)に対する、若手狂言師・茂山逸平氏の力添えもその一つに挙げられます。茂山氏は若者たちが理解しやすい言葉と表現を用い、古くから受け継がれてきた狂言の伝統を解説。そして文化オリンピアードやその他の国際的なイニシアチブへの関与を通じ、新旧の表現形式を融合させつつ、外国人による解釈やコラボレーションを積極的に取り入れるなど、時代に合った狂言を提供するためにどんな取り組みを行っているのかを説明しました。
障がい者支援との接点
東京2020に大きなヒントを与えているのが、ロンドン2012の文化オリンピアードです。近年で最も大規模な文化五輪と評されたロンドン2012での教訓や経験を伝えるため、同大会の関係者がたびたび日本に招かれてきました。ロンドン2012の特筆すべき側面に挙げられるのは、障がい者アーティストのプログラム「Unlimited」(英文記事)です。多くの注目を集めたこのプログラムは、オリンピックとパラリンピックの架け橋となっただけでなく、イギリス全土で活躍する障がい者アーティストたちによる洗練され、幅広いアプローチを世に知らしめることに成功しました。こうしたアーティストの作品は英国国内で以前から評価されていましたが、これまで不可能だった方法で大衆に広くアピールし、国際的な認知を得るためにオリンピックが一役買ったのです。
このイギリスでの五輪プレイベントのように、障がい者アーティストの作品をサポートし、積極的に発表していく動きがあまりなかったい日本にとって、彼らの作品を掘り下げ、展示することは、前に進む重要な一歩となりました。既存の劇場へのアクセシビリティ向上についての議論から、身体能力に関係のない多様な芸術表現に関する議論まで、これは東京のオリンピックプログラムの重要な側面・特色であり、文化オリンピアードが先頭になって全国へ展開されていくことになります。この分野のリーディングプログラムは「TURN」と題され、ロンドン2012やリオ2016、そして東京2020の障がい者アーティストたちの先駆的なコラボレーションでスタートしました。
全国でのプログラム展開
ロンドン2012から東京文化オリンピアードに受け継がれたもう一つの思想が、このプログラムを主要開催都市の東京だけにとどまらず、日本各地で展開する方針です。このアイディアは、東京や京都だけが日本のすべてではなく、日本文化が津々浦々の地域で花ひらいていることを世界中に知ってもらいたいと願う全国の自治体や地域の方々に幅広く支持されています。国内にある創造性に富んだ都市間のネットワークから発展段階にある国外の文化都市とのネットワークまで、文化オリンピアードが日本の既存の文化ネットワークの広範囲にわたる取り組みをどのように推し進めていくのか。私はそれを期待をもって注意深く見守っていきたいと思います。
東京1964から東京2020へ
ただしいうまでもなく、東京2020がロンドン2012からすべてを学ばなければならないわけではありません。第二次世界大戦後の国家再建に取り組んでいた1964年という大切な時期にオリンピックを開催した経験のおかげで、東京にはあらためて振り返るべき豊かな伝統があるのです。東京1964は世界に先駆けた方法でグラフィックデザイン(英文記事)を活用するなど、文化的に極めて大きな足跡を残したオリンピックでした。その1964年大会の文化遺産を再び語り、あらためてリンクさせることは、クリエイティブな観点からだけでなく、オリンピックの遺産伝承という視点からも、東京2020のオリジナリティとは何かを明確にし、正しく認識するために最高かつ最適な機会を与えてくれるはずだと確信しています。そして文化オリンピアードが、この物語を語るため役立つことを願ってやみません。
アジアの時代を迎えたオリンピック
最後に、韓国と日本、そして中国の関係が文化オリンピアードを通じてどう深化していくのかに私は注目しています。この豊かで複雑な文化的関係を持つアジアの主要国家で3大会が続けて開催されることにより、オリンピックを遥かに越えた部分で文化交流が進むと同時に、アジア文化の発信に大きく寄与する機会をもたらします。平昌2018の文化オリンピアードでも、韓国・日本・中国を一つに結んだプログラムが提供されていました。東京2020も同じ土台に立ち、この極めて意義深い国際的な意見交換のプラットフォームとして文化オリンピアードを活用することを私は提言したいと思います。その基盤となるのは、すでに確立されている東アジア3都市の文化的ネットワーク(英文記事)、つまりオリンピックを開催するこれら3カ国の連携と交流といえるでしょう。
(2018/7/11)
関連リンク
- ネットTAM講座 特別編 第1回「2020年オリンピック・パラリンピックに文化の祭典を~新たな成熟先進国のモデルを世界に提示するために」(吉本 光宏)