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アートマーケティングの基本2:戦略策定と実施



 前回お話した、「市場調査」「利用者ニーズ調査」「利用者属性」「SWOT」という4つの調査の結果をベースに、マーケティングはさらに技術的な段階に進んでいきます。現状分析が終わると、次には目標設定⇒戦略の計画⇒計画の実施⇒結果の評価と調整というサイクルに乗っていかねばなりません。

1. 目標設定

 この段階では、現在自分たちが置かれている状況を正確に把握した上で、どこまで到達しようかという目標を立てなければなりません。この目標は、長期的・戦略的なものもあれば、より具体的・短期〜中期的なものもあります。前者が、例えば自分たちの文化界におけるプレゼンス=存在感を高めること、顧客との関係を深めること、などの抽象的な目標であるのに対して、後者は例えば事業収入の増加をはかることです。後者の目標においては、それが特定されていること(Specific)測定可能であること(Measurable)関係者により了承されていること(Agreed)現実的であること(Realistic)目標達成の時期が決まっていること(Time-Constrained)という要素を満たすことが重要です(この5つの要素をあらわす英語の頭文字をとり、SMARTであることが重要だ、と言われます)。要するに、漠然と「顧客数を増やそう」と考えるのではなく、より具体的な目標を立てる必要がある、ということです。

2. 長期的戦略と4つのP

 これらに基づき、長期的な戦略としては、次の4つの分野に変更を加えることが具体策となります。これらはどれも英語での頭文字がPになるので、「4つのP」(Product=製品、Price=価格、Promotion=販売促進・広告宣伝、Place=流通、デリバリー)と呼ばれます。芸術文化に関しては、次のような戦略が考えられましょう。

1)ある市場への進出・市場からの後退
例:同じ地域で現代美術の展示を行うところが既にあり、競合相手の方がコレクションの充実度、施設の立地などの点で優れている。この活動は撤退しよう、という決断。

2)あるセグメントの攻略
例:小学生に向けた文化の普及活動に比べ、中学生を対象にした活動が少ない。これをねらっていくことで、親も引き込むことができるかもしれない。また、将来の観客の育成にもなるかもしれない、という判断。

3)活動内容の特殊化
例:コンテンポラリー・ダンスのみを上演するスペースになること。

4)"商品"構成の変化
例:オーケストラの演目に、新しく映画音楽あるいは現代音楽を加えてみよう、という判断。

5)デリバリーの変化
例:これまでは特定の文化ホールを使っていつも活動を発表してきたが、今後、音響面では劣っていても、普通の人々により親しみやすいような場所などに進出してみよう、ということ。

6)新しい価格体系の構築化
例:これまで全席一律料金でチケット代を設定してきたが、安い席は徹底的に安くして、学生などをひきつけよう、その一方で高い席はもう少し値上げして、その代わりそれなりの特典を付加しよう、という判断。


 「第1のP=プロダクト」については、一般の商品経済におけるプロダクトとはさまざまな点で異なります。そのコアには作品・公演があり、それにより、消費者は感動や知的刺激を受けるという効用を得ますが、実は文化のプロダクトはこれに限られません。周辺プロダクトとして、例えば会場の雰囲気、建物の清潔さ、受付の人の対応、公演・訪問に伴う飲食や買い物体験などがあります。特に舞台公演に関しては、これは「サービス」の体験そのものです。文化団体にいる人々にとっては、コア・プロダクトの質で勝負したい、評価されたい、と考えるのが普通だと考えられますが、消費者にとって重要なのは、実は周辺プロダクトであることも少なくありません。また、コア・プロダクトを、個人的に楽しめたかどうか自分でもわからない場合、消費者は周辺プロダクトの方でその体験を評価してしまいます。すなわち、公演の質がよかったかどうかよりも、座席の狭さやトイレの行列、受付の不親切さなどばかりが記憶に残り、二度と同じ場所に来ない、ということにもなりかねません。このような現象は文化団体にとっては課題でもありますが、しかし、逆から見ると、周辺プロダクトをよくすることで観客の好意を得ることもできる、とも言えます。コア・プロダクトの本質は変えずとも、そのプレゼンテーション方法や周辺プロダクトを改善することによって、プロダクト全体の価値を高めることができるのです。

 「第2のP=プライス」は、団体の財政的目標と芸術的目標とがせめぎあう地点にあります。チケットの価格は、事業収入の確保上、できるだけ高くしたいものです。一般に、特に価値が定まった芸術作品公演のチケット代は、価格弾力性が低いと言われます。すなわち、一種の贅沢品である文化に対する出費は、少々値段が上ろうとも、需要が激減しません。しかし、チケット代の値上げによって阻害してしまう、ある特定観客層への社会的責任はどうするのか、という問題が発生します。また、上述のような周辺プロダクトの重要性も考え、顧客にとってライブの体験(ライブ舞台公演の鑑賞や美術館の訪問)に伴うさまざまな出費(交通費、飲食代、おみやげ代など)も考慮した価格設定が必要となります。さらに、消費者の立場からは、ある時間の過ごし方として、他にはレストランに行く、あるいは一日テーマパークで遊ぶという選択もあります。文化団体から見ると、文化活動とはまったく異なる種類の、これらのサービスも、消費者にとっては数ある選択の中では同列にあります。これらの娯楽サービスにおける価格設定を参考にしていくことは必須です。

 「第3のP=プロモーション」には、広告販売促進広報ダイレクト・マーケティングの4種類があります。「広告」としては、映画や音楽産業などの場合には、マスメディアを使い、新作の宣伝がしばしば見られます。また美術展なども、テレビ局や新聞社とタイアップしているものは、厳密には広報と呼ぶべきかもしれませんが、その媒体において広く宣伝されています。しかし、マスメディアを利用した広告活動には多額の費用がかかり、マス=大衆を対象としないような文化活動の場合には効果も弱くなります。「販売促進」とは、例えば公演のチケットを4枚買った場合には、最後の1枚分は無料、というような商品購入へのインセンティブをつけることです。「広報」とは、マスメディアなどにおいて、取材や批評の形で公演・作品の紹介をしてもらうことです。この場合、第三者による紹介となるので、文化団体が自ら行う広告よりも、かえって説得力があります。欧米においては、新聞がこの中心的役割を担いますが、わが国の場合は、各文化分野の専門誌や女性雑誌において、しばしばアーティストへのインタビュー記事や作品・展覧会などの紹介記事があります。最後の「ダイレクト・マーケティング」は、以上3つのような顔の見えない相手に向けた情報発信とは異なり、既に顧客である人々に対する更なる誘いかけです。ダイレクト・マーケティング戦略をたてる場合、舞台芸術・ミュージアムとも、まず現在の顧客のデータベースを持っていることが前提条件となります。先に述べたように、イギリスやアメリカにおける舞台芸術の場合には、チケット購入にあたり、座席の予約からクレジットカード決済までを電話で済ませる割合が高いため、ここで顧客の名前・住所、購入パターンが把握できます。オペラ・演劇・音楽など多様な催し物を上演するアートセンターにおいて、新たにオペラ公演のキャンペーンを行いたい場合などには、このデータベースの中から、過去にオペラ公演のチケットを購入した人々を拾い出し、その人たちにチラシを送ったり、電話をかける、ということを効率的に行なえます。

 「4つ目のPはプレース」、すなわち場所です。一般のマーケティングにおいては、これは流通のことを意味します。文化産業(映画と音楽)における流通については、各回のところで説明しているとおりです。非営利的な文化においては、体験型のサービスであるため、生産と消費とがほぼ同時に行われます。特に舞台芸術であれば、公演を行っている場で観客が鑑賞=消費を行っているので、その間にある流通の話はそれほど関係ありません。チケットの販売方法における工夫などが、あえて言えばそれにあたりますが、紙面の制限上、ここではこの程度の記述にとどめておくことにします。

 マーケティング戦略の策定には、先に述べたような自己分析と市場分析に基づき、到達目標を決定したのち、その目標への最短距離をいく手段を、4つのPからミックスして計画していきます。このようにして策定された計画は、次には実行されていくわけです。ここで重要なのは、実行した計画を評価・測定することです。およそ計画というものは、しばしば、実施されるとそれで終わってしまいがちですが、本来は見直しを行い、次の計画にいかしていかなければ意味がありません。

 ここまでマーケティングの基本を述べてきました。まずその意義を理解し、団体として非経済的な目的のためにもこれが重要であることをしっかりと納得した上で、本格的に体制を整えていく必要があります。その具体的手法としては、団体の個性と活動の特性を客観的に見直し、かつマーケットを理解し、そこにおける需要にどのように応えていくのかを決定します。戦略にはさまざまなものがあり、時にはコア・プロダクトを変更する必要にせまられることもありますが、そうでなくとも、プロダクトの周辺を改善することで、より多くの観客を呼び込むことができる場合も少なくありません。とかく芸術の世界にあっては、マーケティングというと商業的活動として蔑まれたり恐れられたりする傾向がありますが、原則と基本はやさしいものであることがわかっていただけたと思います。

 しかし、マーケティングにはもちろん多くの問題があります。団体内部にあっては、そのための予算と人材の確保が最大の悩みであり、時にはスタッフの抵抗があるかもしれません。市場を知ることは、実際にはもっとも難しい部分のひとつでしょう。一団体でできることには実は限りがあるので、本来は広域的なマーケットデータが、何らかの公的資金を得て整えられるべきでしょう。また技術的なことに関するセミナーなどの機会も増えていくべきで、アメリカやイギリスでは20年以上をかけて、知識と経験の蓄積を行ってきたからこそ、今日のマーケティングの隆盛があるのです。

(2007年3月15日)

 最終回となる次回は、あらたな顧客の開拓=「鑑賞者開発」の考え方と、鑑賞者開発に必要な5つの「アクセス」改善についてです。

アートマーケティング入門 目次

1
イントロダクション/アートマーケティングの必要
2
アートマーケティングの基本:現状分析
3
アートマーケティングの基本2:戦略策定と実施
4
鑑賞者開発/今後の展望
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