アートマーケティングの基本:現状分析
次に、アートマーケティングの基本的手法を述べていきます。それほど難しいことではありません。「己を知る、相手を知る」ということに尽きます。これを専門用語で言い換えると、第一が市場調査を行い、自らのポジショニングを行う、そして同時にマーケットの方向と消費者・鑑賞者が何を欲しているのかを理解し、その要求に応えられるかどうかを検討していく、といったことになります。
1. 市場調査の重要性
マーケティングの基本の第一は、事業展開すべき市場の調査にあります。日本で地方自治体などが美術館や音楽ホールなどの文化施設を建設する際に、計画されつつある施設に対する需要がどの程度であるのか、徹底的な「市場調査」が行われることは、あまりないと思われます。住民へのアンケート調査で「あなたは、近くに音楽ホールがあったらよいと思いますか」と訊けば、おおむね「はい」と答えられますが、これはもちろんとりあえずそういうものがあったらよい、という願望に過ぎません。実際の需要はこれよりはるかに低いものと思われます。それとは関係なく文化を供給したい、ということで施設を建設することもかまいませんが、そもそも需要調査がなされていないこと自体は、施設の運営にとっては問題となります。マーケティングの利点は、このような事前調査を行った場合に、使われない建物をつくってしまうという無駄を減らすことができることにあります。事前調査はまた、開館した施設が、地域の人々から十分に利用されているかどうかを検討する際のひとつの参考資料となるでしょう。
2. 利用者ニーズの調査
第二に、既存の施設において、利用者が何を欲しているのかを調査していくことも重要です。情報提供のあり方、チケットの購入方法、建物へのアクセスのしやすさ、建物内部の案内の親切さ、建物の外部・内部の雰囲気、トイレやカフェ、売店などの位置と設備・メニュー・品揃え、公演演目の内容・開始時間と終了時間など、チェック項目は多岐にわたります。文化施設がいったん起動すると、職員には外部者の目で見直すことが難しくなります。時折これらすべてにわたり利用者の立場にたって評価しなおし、サービスの改善につとめていくことは文化施設の責務といえましょう。このようなマーケティングの考え方により、顧客・利用者のニーズを無視した、一方的なサービスの供給を最低限に抑えることができるわけです。
3. 利用者属性の調査
第三には、文化施設の利用者の属性をとらえ、それがどの程度偏っているのか、あるいは地域全体の人口構成を代表しているのか、見極める必要があります。英米では、文化施設の利用者は、たいてい中年以上の比較的裕福で高学歴の人々に偏りがちだという問題を抱えています。わが国でも同じパターンを示すとは限りませんが、利用者がある一定以上の所得階層(あるいは年齢層、特定地域住民)に偏ってはいないか、そしてそれが団体のミッションと齟齬をきたさないか、そのような偏りが生じるのはなぜか、を点検する必要はあるといえましょう。それにより、本来は地域に対して等しく開かれた存在であるべき文化施設が、どの程度住民に親しまれているのか、あるいはそうでないのかが、わかるはずです。そして、必要に応じて、まだ文化施設の利用者となっていない人々に働きかけていかなければなりません。
4. SWOT調査・分析
次に「己を知る」ために広く使われているのが、SWOT調査と呼ばれるもので、これは自らの強み(strength)、弱み(weakness)、周辺環境における機会・チャンス(opportunity)と脅威(threat)(この4つの頭文字をとってSWOT分析と呼ばれます)とをきちんと把握し、強いところを伸ばしたり周辺にあるチャンスをつかもうとする一方で、弱みはどのようにしたら強みに変えられるか、脅威にはどのように立ち向かうか、という戦略を考えるための作業です。これは特殊な分析方法というものではなく、誰でもこのようなことは、漠然と頭の隅においているものです。しかし、その漠然としたイメージを団体のメンバー皆で、あるいは第三者なども加えて、一度洗い出し言語化・明確化することで、マーケットにおける自分たちのポジションを明らかにし、今後の戦略を考えることには大きな意味があるといえましょう。
このような4つの調査結果をベースとして、マーケティングはさらに技術的な段階に進んでいきます。現状分析が終わったので、次には目標設定⇒戦略の計画⇒計画の実施⇒結果の評価と調整というサイクルに乗っていかねばなりません。この各過程について、次回詳しく説明いたします。
(2007年2月15日)