イントロダクション/「法」とか「法律」とか「憲法」ってなんだろう?
はじめに
はじめまして。作田知樹と申します。
私は「Arts and Law」という、芸術に関する活動をする方々へ、法的なアドバイスを含む、コミュニケーション上の問題解決をサポートするNPOを主催しております。「Arts and Law 芸術と法」(以下AL)は、アートにかかわる人々への法律事務などの支援を行う非営利活動組織です。2004年にIID世田谷ものづくり学校を拠点に活動を開始し、現在の本部は東京都中野区のコミュニティデザインを目的とするNPOの協働オフィスにあります。
さて、私たちの最大の活動目的は、「勇気あるアーティストやアートマネージャーの活動を促進すること」です。具体的には以下の4つの活動を行っています。
(1) 芸術と法にまたがる分野の問題について、どなたからの相談も受け付け、可能な限り問題解決のアドバイスや、コミュニケーションのお手伝いを無料で行います。対面相談はAL本部、または指定していただいた場所で行います。相談は無料です。まずはEメールや24時間電話ボイスメール、郵便を通じてコンタクトをしていただき、こちらから折り返し返信させていただきます。Arts and Lawウェブサイト内のContactのページにEメールの送信フォームもございますので、ご利用いただければと存じます。無料相談を通じて、深刻な法律問題の存在が明らかになった場合は、必要に応じてALの活動に賛同されている専門家をご紹介し、必要な法的サービスをできるだけ低廉な価格で受けられるようにします。
(2) また、典型的な法律問題とは関係ないコミュニケーション上の問題や、解釈をめぐる問題についても、芸術に関係する問題である限り、無料でアドバイスや仲介、仲裁を行います。こちらも無料相談からお申し込みいただけます。法律問題かどうかわからない問題であっても、芸術に関する質問である限り、お気軽にご利用していただきたいと思います(ただし特に個人的な問題や刑事法・税法上の問題にはお答えできかねる場合もございます)。
(3) アートにかかわる人々へ正しい最新の法律知識の教育普及活動を行うとともに、そのための資料収集や研究活動を行います。ALでは、全国各地で芸術と法に関するレクチャーを実施し、また海外を含めた資料収集や事例研究も行っています。過去の実績につきましてはウェブサイトをご覧ください。レクチャー等のご要望につきましても、無料相談と同様に随時受け付けております。
(4) 志を近くする他の団体等のイベントに積極的に参加/共催/協賛を行い、アートにかかわる人々同士、またはこれからアートにかかわる可能性のある人々の交流を促進し、活気のある状況を作り出す。また、アートにかかわる人々による、文化政策の研究と公的な提言をしていきます。レクチャーに伴う交流会や、クリエイティブに関する企業や非営利団体との共同交流イベントの企画運営も手がけています。将来的には共同研究会の発足等も視野に入れています。詳しくはウェブサイトをご覧ください。
今回は、ネットTAMさんのご厚意により、アートマネジメントと法の関係について執筆させていただく機会を得ましたので、「表現の自由」や「著作権」、「契約」、「許可」、「肖像権」といった具体的な法律問題について、皆様の理解と関心を深めていただこうと考えております。もっとも、こうした分野の問題については、歴史的に複雑に発展してきた概念であるだけに、表面的な知識だけで問題を解決しようとすると、かえって難しくなってしまうこともあります。そこで今回は、芸術にかかわる法の歴史的な背景からのお話をはじめさせていただきたいと存じます。
「法」とか「法律」とか「憲法」ってなんだろう?
まず、六法全書に書かれているような「法律」ではなく、抽象的なレベルでの「法」の意義を考えてみてみましょう。
「法」とは、社会つまり他者がいる現実の世界において、どうしても発生してしまう力と力のぶつかり合いという「トラブルを制御する仕組み」です。力と力のぶつかりあいは、しばしばエスカレートして、社会にとっても、当事者にとっても決して得にならないことがよくあります。そこで「法」による規律が重要になります。例えば、「法律」も「契約」も法の一種ですが、「法律」は社会全体で、「契約」は当事者の間で、トラブルが起こる前にそれを予防するための取り決めです。このように、あらかじめ一定のルールを準備をしておくことで、トラブルの発生を抑制するとともに、仮にトラブルになった後も、それがエスカレートしていかないように、後始末までを含めて制御する仕組み、これが「法」です。法は同時に、それを守らせるための強制力も持っています。つまり、「法」とは、社会の秩序を保ち、あるいは回復するために調整するための、強制力を持ったルールなのです。
ただし、「法」の持つ強制力は社会のすべての人に平等に適用されますが、「法」自体には、大きな力を持つ者と、小さな力しか持たない者との力のバランスを保つ仕組みはありません。さきほどの話を思い出してください。「法」の目的は、起きてしまったトラブルを、互いに取り返しのつかない力と力のぶつかり合いの状態になる前に、一定の強制力を持ったルールで終息させることです。つまり、「法」はある意味で、強いものが強いままでいることを許しているわけです。
ところで、社会で最強の存在は何でしょうか。それは「国家」です。なぜなら、「国家」は、「法律」を作って、個人の行為を強制的に制限することができるからです。ただし、その「国家」が強いままでいることは、社会の秩序にとってプラスでもありますが、国家権力はしばしば暴走しますから、マイナスの点もあります。そこで、「国家」の力をも強制的に制限する「法」を作ることでバランスを取ろう、という発想が生まれます。それが、「憲法」という、「法律」より上位の「法」です。つまり、憲法とは、「最強者の支配」を許さない、「法の支配」という考え方の現れです。
こうした仕組みが作られたのは、ヨーロッパです。もともとは、暴走しがちな王様の権限を法によって制御するという発想が起源でした。そして、この「法の支配」という枠組みは、その後の市民革命を経て、今の日本を始めとする各国で維持されているのです。
市民革命より昔は、王様があらゆる権力を独占していました。逆にいうと、王様以外の人が王様の許しを得ずに、王様しかできないようなことを勝手にやることは許されませんでした。独占権=禁止権というわけです。 この禁止権を一時的に解除してもらうためには、いちいちお金を払ったり、貢ぎ物をしなければなりませんでした。税金、交通、居住、結婚など、あらゆることに税金がかかりました。そのかわり、定期的に王様に莫大な税金を払えるような大商人や、王様から特に尊敬されるような立場の教会、大学などは、特別に王様の持つ権利を部分的に与えられれ、自分の裁量で領地を持ったり独自の税金を取ることができました。こうした、禁止権に対する特別な許可、これが「特許」のはじまりです。
その後、市民革命が起き、王様の権力は一気に縮小され、代わりに「政府」が権力を持つようになりました。そして、市民革命以降は、生きている人の一人一人がさまざまな権利を持つようになりました。何が権利になるかは、時代状況によっても変化しつづけています。「表現の自由」は基本的な権利の一つですが、それ以外にも現在は環境権や肖像権など、かつては権利と認められなかったものが少しずつ権利として認められてきています。しかし、政府が王様から受け継いだ「禁止権」も、徴税権や刑罰権など多くあり、そこに「特許権」も含まれています。詳しくは後述しますが、「著作権」も、もともとは市民革命以降に生まれた「特許権」の一つです。
(2007年7月15日)
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