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現状の課題

1.合意形成の不足

 社団法人日本芸能実演家団体協議会(芸団協)が長年準備してきた劇場法(仮称)ですが、2009年秋から平田オリザ氏が始めた演劇界への説明は、大きな波紋を呼びました。当初は劇場法(仮称)と助成制度が同じものとして伝わっており、劇場法(仮称)によって公的助成が劇場・音楽堂にシフトし、従来型の公演助成が完全になくなるとの誤解が演劇関係者に広がりました。「公的助成を劇場にシフトしていく。劇団は、劇場と提携することで間接的に助成を受ける形になる」(朝日新聞大阪本社版2010年3月19日付夕刊)という記事に対しては、平田氏が青年団サイトで釈明する事態となりました。推進派としては、支援を拡大する手段として劇場法(仮称)を訴えているわけですが、まったく逆の意図で伝わっていたと思います。私が全体像をつかむために描いたのがこの図です。

 平田氏にしてみれば、実演家団体の上位組織である芸団協がまとめた提言なのに、それを説明して回っている自分がなぜ批判されるのかという心境だったでしょう。その背景には、助成制度など他の改革を含めた全体像が非常にわかりにくかったこと、インタビューや記事によって拠点劇場の数や表現にバラつきがあったこと、具体的な法案がない状態で各人がそれぞれの懸念を募らせたことが挙げられます。新しい制度の全容がつかめるようになり、演劇界では具体的な論点に基づく意見交換も行われるようになってきましたが、まだ自分には無関係だと考えている人も少なくありません。公共ホールとの接点が少ない人ほど、劇場法(仮称)ができても何も変わらないと考えているようです。拠点劇場で芸術監督やプロデューサーなどの雇用が生まれても、当面は東京の限られた人材が動くだけで、若手演劇人にとって「天上がり」のような現象になるのではないか、と危惧するベテランもいます。

 平田氏自身も、劇場法(仮称)ですぐに演劇界が変わるとは考えていないようで、日本演出者協会広報誌『ディー』5号(2010年11月1日発行)のインタビューでは、「20年かかる。すぐにうまくは回らないですよ」と語り、それでもプロフェッショナルをめざす若い世代のために、劇場で創作が行われる世界標準のスタイルに合わせたいこと、創作現場を地域に分散し、健全な競争状態をつくることが日本の演劇界の底上げになるとしています。こうした平田氏の描く演劇界のグランドデザインは理解できますが、アーティストのセーフティーネットをつくること自体が劇場法(仮称)の目的ではないという意見もあります。

 演劇以外の音楽分野、舞踊分野の反応も、まだほとんど聞こえてきません。決して演劇分野だけの法律ではなく、公共ホールにフランチャイズしているオーケストラなどは密接に関係すると思います。どのように受け止められているのか気になるところです。

2.具体的な論点

 劇場法(仮称)をめぐる議論で、現在どのようなことが具体的な論点になっているのか、大別して8点にまとめました。

1)法律の必要性
 そもそも劇場・音楽堂を法律で規定する必要があるのか、表現の自由を脅かすのではないかという意見があります。1939年に制定された映画法は、日本初の文化立法の姿を取りながら、実態は国策映画を撮らせるための検閲と許認可でした。これについては、不安があるなら劇場・音楽堂の認定を受けなければいいという意見や、具体的な条文案をみながら文言を検討するしかないという意見がありますが、映画法では条文をあいまいにしておき、施行規則であとから改悪した経緯があります。このため、法律そのものに強く反対している人もいます。

2)法体系に関する議論
 劇場法(仮称)の先例として挙げられる博物館法について、現状をもっと分析すべきとの意見があります。博物館法の定める博物館には、登録博物館、博物館相当施設、博物館類似施設の3種類があり、全体の約8割を占める博物館類似施設には学芸員の設置義務がありません。そのため資格のない人を採用できたり、規制のない活動ができるという声や、そもそも学芸員資格が粗製濫造で、雇用の実態と乖離しすぎているとの指摘もあります。また、社会教育施設ということで自由度も低く、いまは博物館法に分類されている美術館が本当にそのままでいいのか、この機会に劇場・音楽堂とともに「芸術拠点機構法」をめざすべきという意見もあります。

3)地方分権との関係
 地方分権の観点からは、専門職員の配置まで法律で決めることや、自治体へ国が直接助成することは問題だとする意見があります。後者については、指定管理者への助成ならよいという考え方ですが、全国には自治体が直接運営して成果を上げている公共ホールもあるため、その扱いが議論になります。文化政策研究者からは、法律が決める範囲と自治体が決める範囲を分担し、国の関与は最低限にとどめるべきという意見が強いようです。

4)法律の対象
 公共ホール以外に民間劇場も対象にすべきという意見があり、芸団協案もブレが生じています。図書館法や博物館法も民間の公益法人が設置した施設は対象となっていますし、劇場法(仮称)への経過措置と言われる「優れた劇場・音楽堂からの創造発信事業」も民間劇場は対象です。日本の演劇文化を育んできた民間劇場に配慮し、民業圧迫にならないよう、納得できる措置が必要だと思います。民間劇場へは優遇税制など別のスキームが提言されていますが、そちらの具体的進展はありません。

5)支援との関係性
 国が2011年度から「日本版アーツカウンシル」を試行することにより、劇場法(仮称)が担っていた助成制度の枠組み見直しがゆらいだ感があります。公演助成から劇場助成に誘導しなくても、アーツカウンシルが機能すれば公平性が担保できるのではないかという意見もあります。劇場法(仮称)と助成制度は本来別物ですから、支援についてどこまで法案に盛り込むべきかも議論になると思います。

6)運用上の問題
 劇場・音楽堂の認定や登録を誰がするのか、専門職員の資格をどこまで求めるのかも、具体的には何も決まっていません。芸団協案でも技術職員については技能認定制度の設計・適用を提言していますが、芸術責任者(芸術監督・プロデューサー)の資格については経験しか触れられていません。法律が制定されれば、それを受けて社会が動き出すことになるのかも知れませんが、認定の利権だけが先行する制度にしてはならないと思います。

7)観客の視点
 劇場法(仮称)の議論は現場の実演家中心で、劇場・音楽堂を利用する観客の視点がないという意見があります。劇場法(仮称)ができれば観客の利益になるというのは、演劇人の思い込みかもしれません。先進的な「公共劇場」も、首長の交代に翻弄され、地元住民との対話を重ねて、現在の姿があるわけです。演劇界だけが潤い、観客が置き去りにされる不安を解消するために、幅広い合意形成が必要ではないかと思います。

8)地域との関係性
 公共ホールは住民の税金で成り立っています。そのため、地域との関係性こそが重要ではないかという主張が、先進的な公共ホールからあらためて挙がっています。芸術監督を置いて創造発信すること自体が1990年代の考え方で、現代では新たな社会的使命が求められているのではないか、というものです。この観点でみれば、貸館や集会場としての機能も重要です。東日本大震災では、避難所として機能した公共ホールも多数ありました。これまで演劇人が掲げてきた「演劇の公共性」とは別に、「劇場の公共性」を見つめ直す時期かもしれません。

 現在発表されている具体的な法案として、舞台芸術に詳しい福井健策弁護士(骨董通り法律事務所)が作成した議論のための試案があります。実際の法律の文言でみると、かなり違った印象を覚えると思いますので、ぜひ目を通してみてください。

(2011年10月15日)

おすすめの1冊

『これからのアートマネジメント 〝ソーシャル・シェア〟への道』 中川真+フィルムアート社編集部編
フィルムアート社
2011年

アートマネジメントをめぐる最新の動向が満載。劇場法(仮称)に関連するさまざまな話題をシャワーのように浴びてほしい。読めば元気が出てくるはず。

参考リンク

劇場法(仮称)入門 目次

1
劇場法(仮称)とは
2
これまでの経緯
— 劇場法(仮)の2つの側面
3
現状の課題
4
今後の展望
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