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札幌国際芸術祭2020の中止を巡って

2018年の1月に東京で札幌国際芸術祭(以下、SIAF=Sapporo International Art Festival)の関係者との打ち合わせを行い、次回2020年のSIAFのディレクターを拝命することになった。実は、それまでSIAFのアドヴァイザリー・メンバーとしてディレクターの選考やさまざまなアドヴァイスをする役割を担っていたので、1月の打ち合わせも、次のディレクター選考に関する事だと思っていた。誰かをディレクターとして推挙するどころか、そのディレクターという当事者になるとは正直なところ予想外だった。最終的には、ディレクターは3名、私は全体を統括する役目を仰せつかった。

任命後は、芸術祭の組織チームをつくったり、テーマも含めたコンセプト考えるといった作業が始まるのだが、一つだけはっきりとやってみたいことがあった。それは、ディレクターは今回も、確かに道外からの選考かも知れないが、その他のキュレーターやコーディネーターはできるだけ地元からの参加を強く主張しようと考えていた。これまで、横浜トリエンナーレを横浜美術館の学芸員として担当したり、他の内外の国際展を見てきた中で、少々不満だったのは、地元の関係者の参加が少ないということだった。こんな機会は滅多にないのだから、色々経験もできるばかりか、それらは地元に蓄積されるに違いないと思っていたからだ。札幌の場合、愛知や横浜と違い主会場となる規模の大きな会場があるわけではなく、これまでも道の施設である北海道立近代美術館も会場となっていたが、同館の学芸員は参画せず、あくまでも貸し会場という位置づけだった。今回は会場となる市の会場の担当学芸員はいうまでもなく、道の施設の担当学芸員の参画を強く望むことになった。

さて、2014年から始まったSIAFは、3年毎の開催というトリエンナーレ形式で、2017年に続き、2020年に第3回を迎えようとしていた。第1回、第2回が夏季開催であったが、第3回の2020年は冬季開催にシフトした。SIAFとしての特徴を出すために、このように開始時期についても配慮し、当初は自然の美しさが映える夏開催としてスタートしたが、3回目で、札幌、北海道の大きな利点を生かすべく、ほかにはない雪の景色を持つ冬季開催となった。

こうした開催時期にも開催地札幌の特質を出すことに加え、SIAFは毎回、メディアアートを柱の一つに据え、同時代のその動向を常に射程に入れてきた。その理由は、国内の多くの自治体が創造都市のポリシーを掲げる中、札幌市が「創造都市さっぽろ」の一環として、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)創造都市ネットワークのメディアアーツ分野での加盟を目指し、2013年11月、世界で2都市目、アジアで初めて、「メディアアーツ都市」として同ネットワークへの加盟が認定されたことに拠っている。無論、芸術祭としては、メディアアートのみならず、いわゆるファインアートの分野もその構成に欠かせないことはいうまでもないが、第3回の芸術祭においては、そうしたメディアアート、ファインアートのあいだの垣根を越えるようなコンセプトづくりが重要な作業となった。

21世紀に入ってすでに20年が過ぎようとしている中、かつてのアナログの時代から、社会的インフラ整備をはじめとする本格的なデジタル社会の時代を迎え、IoTやAIは日常生活全般に広範囲な影響を与えつつある。メディアアートもまた同様であり、インタラクティブな作品のコンセプト等も、テクノロジーとしての機器(デバイス)に依拠していた時代から、それらを統括的に運用するオペレーション・システムへの移行を示している。
こうしたメディアアートが本格的なデジタル時代の中で変化し始めたことに呼応するかのように、アナログとしてのファインアートの領域もまた少なからず課題を抱えることになる。ファインアート=近現代美術を支えてきた重要なコンセプトは、オリジナリティ(独創性)とコピー(複製)の明快な領域設定であった。例えば、ブロンズ彫刻などは、少なくとも我が国では、基となる石膏原型が国の国宝、重要文化財の対象となっている。つまり、石膏原型がオリジナルで、そこから生まれるブロンズ像は複製という位置づけである。実際に、荻原守衛のブロンズ彫刻作品《女》(1910年)でも、石膏原型が重要文化財に指定されている。

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左:荻原守衛《女》1910年
右:荻原守衛《女》の石膏原型(重要文化財)

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石膏原型の台座裏

あるいは、19世紀に登場した写真という複製技術の中ですら、フィルムとそこから生まれるプリントにオリジナルと複製の関係がみて取れる。

一方、デジタルの登場によって制作された写真や映像作品では、アナログにおけるフィルムに該当するのは、データになった。これはバイナリ(二進法)による情報としてのデータ=作品である。ここでは、モノとしての作品が持つオリジナリティの形態や概念が通用せず、同時に、コンテンツの形態が画一化されることで、モダニズムのもう一つの重要な概念である分野(写真や映像といった)の自立性も解消されつつある。また、これらのデジタル作品が制作された時代の装置(カメラなど)の形式とその装置を作動させるオペレーション・システムとアプリケーションのバージョンの違いは保存・管理上の新たな課題を与えることにもなった。一般社会でも、かつてデジタルで撮影した画像が、それを再生する装置やオペレーション・システムのバージョンの違いで再生が困難になる問題に直面しているが、これもその証左の一つである。

すでに述べたように、デジタルにおけるオリジナル・データの複製は複製ではなくオリジナルと同じコンテンツを持つことで、かつてのアナログにおけるオリジナルと複製というヒエラルキーを無効にしてしまう結果となった。こうしたさまざまなレベルにおけるデジタル時代への対応や課題そのものがSIAF2020のテーマの中で重要な位置を占めることになった。

こうしたテーマを前提として、SIAF2020のメディアアート担当企画ディレクターであるポーランドのキュレーター(WROメディアアートセンター財団)アグニエシュカ・クビツカ=ジェドシェツカから、出品作の一つとして《Senster(センスター)》(「Sensitive(神経質な、繊細な)」と「Monster(怪物)」の合成語)が提案された。この作品は、ポーランド出身でロンドンを拠点とした彫刻家エドワード・イナトビッチが制作し、1970年に発表されたキネティック彫刻作品で、メディアアート史に残る名作の一つである。当時有数の電気機器メーカーであったフィリップス社の依頼によって制作された《Senster》は、オランダのアイントホーフェンにあったフィリップス社の科学技術展示館「エフォルオン」に、1970年から1974年まで展示された。実際には、今日のデジタル社会を予見するような先駆的な作品であったにもかからず、展示後、長らく行方不明となり忘れ去られた存在となったが、2014年、衛星画像からその躯体がオランダ南西部のゼーラント州(Zeeland)コレインスプラー(Colijnsplaat)で発見される。そして、ポーランドのクラクフにあるAGH科学技術大学のリサーチフェローであるアナ・オルフェスカを中心に、《Senster》を再現せようというプロジェクトが生まれ、今回の出品に繋がることとなった。

※キネティック彫刻作品:静的な彫刻に対して、動力、人力で動く機械的オブジェ

当時、最先端のロボット工学や人工生命・人工知能の技術を活用し、コンピュータでその動きを制御する全長5mの鋼製の作品である。プロジェクトを指揮したオルフェスカによれば、イナトビッチは、サバネティクスへの関心が最高潮のころ、フィードバックループと制御工学の概念を独創的に取り入れ、作品化したという。この辺りの時代背景を、多角的な視点で紹介を試みようと、SIAF2020では、オルフェスカとメディアアート研究で知られる馬定延をアドバイザーに迎え、当時の日本でのメディアアートの視点を加味した関連展示を予定していた。

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AGH科学技術大学の制作スタジオに置かれた《Senster》2019年
Photo by Adam Żądło / Courtesy of AGH UST

ところで、こうしたデジタル作品の新たな保存・管理(conservation/preservation)の観点からも興味深い作品やプロジェクトとしては、SIAF2020出展予定作品であった三上晴子の《欲望のコード》(2010年)も挙げられる。これまでの絵画や彫刻といったファインアートのアナログな作品修復と異なり、ここでは、作品の一部であり、またしばしば作品そのものである装置の取り扱いの困難性が浮き彫りになった。

一般的にも、制作当時の部品の再現はもとより、ソフトとしてのオペレーション・システムをどう再現するか、といった作品制作者直接の著作権の問題と、装置の製作会社の著作権などもデジタル作品の保存・管理の問題を複雑化している。いずれにしても、こうしたメディアアートがデジタル社会においては日常的な存在となりつつある中、単に芸術の分野として取り上げるのではなく、いかに現代社会に生きる我々にとって身近な存在であるか、を今回のSIAFでは意識した。

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SIAF2020に出展予定だった作品《欲望のコード》2010年
Photos by Ryuichi Maruo (YCAM) / Courtesy of Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

コロナ禍での挑戦と成果、2023年に向けて

さて、SIAF2020の準備は、2018年には企画チームの体制も整い、時間的にも充分な準備期間を得ることができた。そんな中、開催約1年前の2月7日に開催概要の記者発表が行われ、参加アーティストや作品の第一弾が発表された。実は、この記者発表開催について、事前に事務局に筆者自身、開催は可能かどうか、問い合わせたことがあった。2月上旬の日本国内のコロナ禍の状況は、まだそれほど深刻化していなかったのだが、一方で、職場であった横浜市民ギャラリーあざみ野で企画した写真コレクションの巡回展を2019年の11月末から2020年2月23日までの会期で、中国・成都にある美術館で開催していたのだが、コロナ禍の状況がかなり逼迫し始めロックダウンで展覧会が一時中止(結局、開催半ばで中止が決定)になったことや、2月3日には、乗客の感染が確認されたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」が横浜港に入港したニュースが流れるなど、楽観できない事態が進み始めていたからだ。

とはいえ、記者会見は開催され、この時点では、予定通り同年の12月には開幕することが発表された。

その後、日本でも新型コロナウイルス感染症の影響は深刻化し、2020年の4月には緊急事態宣言が発令され、全国の多くの美術館が3カ月ほどの閉館に追い込まれた。こうしたことが同時に進む中、SIAF2020としての準備は進んでいったが、6月くらいから、予定の会期開催が困難ではないか、という声が関係者のあいだで出始めた。結論からいえば、中止とすると同時に、ほぼ見えていたSIAF2020企画内容や参加アーティスト、作品のアイデアなどを記録として取りまとめてウェブサイト等で公開することなどが決まった。そして、2020年7月22日に正式に中止が発表された。私自身は、躊躇なく中止を決めた方だった。現在行われているオリンピック・パラリンピックではないが、その時点も、人々の生活は相当深刻化していたし、すでにいくつかの飲食店なども廃業に追い込まれていた。そんな中で、芸術祭を立ち上げる気にはなれなかった。

一方、すでにその全容を、ウェブサイトも含めたさまざまなメディアを通して伝えていこうという方針は示されたので、その後は、実際の芸術祭開催の準備とほぼ変わらないボリュームの作業が続いた。ここでは、参加アーティストの生の声(インタビューを中心に)を全面に掲げ、ディレクターやキュレーターがその補助的役割を果たすような方法を取った。それは、こうした芸術祭や美術館の展覧会などでは、作品自体のプレゼンスはあっても、なかなかその制作者=アーティストの生の声も含めたプレゼンスがなかったこともあり、時間をかけてインタビューを重ねる作業を行うまたとない機会となった。配信のみならず、「SIAF2020ドキュメント」と題し、2021年2月5日(金)〜2月14日(日)の会期で、札幌文化芸術交流センター SCARTSにおいて、紹介展示を実施した。展示が予定されていた作品を写真などで紹介したほか、参加アーティストによる札幌へのメッセージや、作品制作のために北海道・札幌を訪れていたアーティストの準備の様子、作品《Senster》や全身復元骨格レプリカを展示予定だったむかわ竜の画像を使用した展示や、「SIAF2020特別編」で公開している特設ウェブサイトやアートメディエーションプログラムの体験コーナー等も設置された。この会期中には、事務局スタッフはもとより地元関係者なども総動員して、会場内にSIAF TV(公式YouTubeプログラム)配信スタジオを設置し、毎日スタジオからコンテンツの生配信を行った。

また、この配信と同時進行で編集が進められていたのが、前述の参加アーティストの生の声を原稿として存分に活用した、記録集『SIAF2020インデックス』であり、3月末に発刊されたのも大きな成果となった。

実は、この刊行物のタイトルのインデックスは、私の案が採用されることになった。わざわざ自慢話を持ち出したのは、学芸員として30数年仕事をしてきたが、展覧会にせよ、テキストにせよ、こうした刊行物のタイトルをつくるのが最も苦手としてきたこともあって、最初で最後の「偉業」となったからだ。中止になった展覧会に関する刊行物だが、実際に作品が展示された訳ではないので、図録=カタログとはいえない。むしろ、ここにあるアーティスト、作品、それぞれの構想などの情報を自由に読者が組み立てて自分自身のSIAF2020をつくってもらおうという趣旨があったので、この場合の個別の情報は、いわば指標=インデックスになることに気づき、このタイトルになった訳だ。この考え方は、次に紹介する「マトリックス」にも活かされることになった。

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記録集『SIAF2020インデックス』

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「SIAF2020ドキュメント」会場の様子
撮影:藤倉翼

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「SIAF2020マトリクス」はオンラインで鑑賞するSIAF2020として公開された。札幌市内に配置されるはずだった各作品の座標を反映させたオブジェクトが、ユーザーの操作にインタラクティブに反応する。企画ディレクターのアグニエシュカ・クビツカ = ジェドシェツカによれば「予定された場所に作品が不在であることを感じながら、さまざまな記録を読み、見て、聴いてもらうための展覧会の原型(マトリクス)」である
共同企画・制作:Qosmo
https://siaf2020matrix.jp/jp/

今回のSIAFは、確かに中止となったが、さまざまなコンテンツを駆使し、それを配信することで、今までにないオルタナティブな方法で、その実体を残すことになった。同時に、このコロナ禍という想像を超えた状況の中で、期せずして露呈したわが国のデジタルのインフラの脆弱性について見直す時期に、その準備と中止の判断、そして配信の時期が重なったのはそれ自体が、芸術祭の開催の根拠と関連させつつ深く考察すべき課題になった。いつかは明けるであろうこのコロナ禍を経て開催される4回目のSIAFは、この未曾有の人類の経験を反省的に捉え、新たな方向性を示してくれるだろうし、今回のSIAFが、その架け橋の役割を少しでも果たせたとしたら幸いである。

記録集『SIAF2020インデックス』より。
アーティストの作品の構想がスケッチや作品画像とともに紹介された

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今後の予定

来年、某美術館での展覧会のキュレーターとして準備中。

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