COVID-19時代における文化芸術プロジェクト
新型コロナウイルスの感染拡大は、教育の現場に大きな影響を与えた。私の勤務する東京藝術大学も例外ではない。2020年3月の行事は卒業式をはじめ次々と中止になり、4月に緊急事態宣言が発出されてからは、大学の授業は原則的にすべてオンラインへと移行し、大学キャンパスの入構も制限されるようになった。
東京藝術大学のように実技教育を中心とした少人数教育を行なっている教育の現場では、その影響は一般の大学以上に大きかった。一般大学でも見られるような講義科目は例外として多くの実技科目はオンライン講義には馴染まない。そもそも、演奏や制作など一定の空間を必要とする科目も少なくない。それでも昨年秋ごろまでにはコロナ対策のノウハウも随分と蓄積され、少しずつではあるがオンライン/オフラインで授業を再開し、教員も学生も工夫をしながらなんとか授業を続けている状況である。
私が現在所属している国際芸術創造研究科(GA)は、いわゆる実技ではなくキュレーションやアートマネジメント、リサーチからなる大学院だが、それでも実際に展覧会やコンサート、公演やシンポジウムをコロナ禍においてどのように企画するのかというのはきわめて重要な課題になった。そこで、まだほとんどの授業がオンラインで行われていた6月に研究室横断型のプロジェクトとして「COVID-19時代における文化芸術プロジェクト(Arts in COVID-19)」を発足した。これは、新型コロナウイルスの時代にどのように文化芸術の実践を続けていくことができるのか、調査と研究、そして実践的なプロジェクトを通じて考察していこうというものである。
このプロジェクトでは、これまで定期的に研究会やシンポジウム、調査を行なってきたが、その中でも中心となった3つの例を紹介したい。一つは、ゲーテ・インスティトゥートと共催で2021年11月9日から15日に行った連続イベント「Arts in COVID-19 コロナ禍における文化芸術」である。ここでは、赤坂のゲーテ・インスティトゥートを会場として連続でシンポジウムやパフォーマンス、展示を行った。特にコロナ禍であることを意識し、人数制限、ソーシャルディスタンス、換気、消毒を入念に行いながら、オンラインを活用しつつコロナ禍における芸術実践のあり方を探ることを目的とした。また、会期中にはコロナ禍において一般化したオンラインの会議システムを用いてロンドンと東京をつなぎ、会期中に2回の国際シンポジウムを開催した。
もう一つは、オンライン映像祭の試みである。昨年9月に国際交流基金バンコク日本文化センター ドキュメンタリー·クラブ 深南部若手映画制作者プロジェクトを主催とした「沖縄/タイ深南部オンライン映画祭、Deep South」、10月に「前橋映像祭」という2つのオンライン映像祭を開催し、国内外の作家たちの作品を期間限定で公開すると同時にあわせて映画監督や研究者、批評家たちを交えたシンポジウムを開催した。
こうしたオンラインの試みはいろいろなところで活性化しているが、特に東京藝術大学のような組織がオンラインの特性を逆に生かして、これまであまりかかわりのなかった人や組織と国際的なネットワークを形成し、新しい関係性を構築しつつあることは、ウィズコロナ時代の一つの予期せぬ副産物として評価できるだろう。
こうした実践的な試みと並行して、プロジェクトでは美術館やギャラリー、国際芸術祭、コンサートなどにおける新型コロナウイルスの影響について定期的な調査を行なっている。その調査結果の一部は、近く公開される予定である。特に私たちが関心を寄せているのは、その制作の現場の変容である。観客対策については、この間さまざまな議論がなされており、私たちの目に触れる機会も多い。けれどもコロナ禍によって、実は制作の現場が決定的に変化したことが語られることは少ない。
多くの美術館やギャラリーでは、スタッフが在宅勤務を始める一方で、オンライン会議やオンラインを通じた情報共有がこの間一気に一般化した。海外の作家やキュレーター、スタッフが来日できなくなったために、オンラインの打ち合わせや展示や制作の指示もまた日常的な業務となった。これに伴い、日常業務が大きく組み替えられたのである。おそらく、この変化はアーティストとキュレーター、その他のスタッフの関係性と仕事の分担、領域を中長期には大きく変容させることになるだろう。
当初2021年3月までの予定でプロジェクトは始まったが、感染拡大が長期化するのにともなって期間を延長した。コロナ禍によってもたされた変化は、コロナ後の世界でも一定程度引き継がれ、もはや単にそれ以前に戻ることができないだろう。教育・研究機関である大学において、この間の変化、問題や逆に見えてきた可能性をていねいに見ていくことが大切だと感じている。
(2021年6月21日)