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ミニシアター・エイド基金──余談の先にある未来

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クラウドファンディング終了時の画面
©MotionGallery
ロゴデザイン:小田雄太(COMPOUND inc.)
イラスト:寺本愛

「ミニシアター・エイド(Mini-Theater AID)基金」は新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言が発令され、政府からの外出自粛要請が続く中、閉館の危機にさらされている全国の小規模映画館「ミニシアター」を守るため、映画監督の深田晃司・濱口竜介が発起人となって有志で立ち上げたプロジェクトです。

と、公式ホームページの説明文をそのままコピーするところから始めてしまいましたが、今日は「ミニシアター・エイド基金」(以下、「MTA」)運営事務局の一員として、その成り立ちや毎日のことについて、できるだけ軽やかな内容を軸に振り返ってみようと思っています。といいますのも、ミニシアターにとって差し迫った危機にある中、1億円という大きな目標を掲げ(最終的に3億3102万5487円の金額を達成)、毎日のように顔を合わせながらプロジェクトを遂行していくためには、眉間にしわを寄せるばかりの日々では立ち行かなかったことは明白だからなのです。

濱口さんから、僕と、同じくメンバーの高田聡さん宛にSlackでメッセージが届いたのは、2020年4月1日(水)の夕方4時05分のこと。プロジェクト素案の添付とともに「可能であれば今日のうちに確認していただきたい」と記してある(実際にはもっと丁寧に)。当然のことながら、これが「急ぎの案件」であることは読み取れるし、その日のうちにあれこれやり取りが始まった。翌日にはMotionGalleryの大高健志さんに連絡、同時にほとんど同じような構想を描いていた深田さんと合流する。この間わずか数日で、以降は多ければ毎日のように顔を合わせることとなった。途中各人の仕事の都合で間が空くタイミングもなくはなかったけれど、カレンダーを見返してみると「MTA」の文字がずらりと並ぶ。僕は元来夜型の人間だけれど、MTAのおかげで朝型に変わった。いや、正確にいうと夜はそのまま遅いが朝起きるようになった(ただ単に歳なだけかも知れないが……)。

さておき、定例ミーティングが落ち着きを見せたのは、これは9月の姿が見えはじめたころの話で、ほぼ5カ月もの濃密な期間をともに過ごしたことになる。「眉間にしわを寄せるばかりの日々では立ち行かない」というのはそういうことで、仮に議論のための議論や、必要以上のリーダーシップが蠢くような組織であれば、長期に及んだこのプロジェクトはきっとどこかでつまずいたろうと思う。組織を客観視すると、濱口さんと深田さんは、まさに彼らの職業をある種別なかたちでも垣間見たというか、つまりプロジェクトを引っ張る監督であり脚本家でもある。二人が素案を肉付けし合ったもの、それらを僕と高田さんが校正する。矛盾は生じていないか、懸念される落とし穴はないか。そしてクラウドファンディングのプロフェッショナルたる大高さんが、それら考えがうまく適合しているか監査する。実際にはもっと渾然一体な局面もあったし、IT領域におけるシステムとしてのMTAの側面も見なければならなかったから、それぞれがやるべきことにはそれなりのボリュームがあった。そんな毎日を自らが望んだこととはいえ、誰もが嫌な顔一つせず過ごし、プロジェクトを成功に導くことができたのは、タイトルにある「余談」の力が大きいと思っている。僕も含め5人のメンバーは、全員が昔からの知った仲ではあるが、知った仲ならうまくいく、なんてことはないのが世の常。人間関係というのは、常に危ういバランスの上に成り立っているのだから。

さて、余談余談とはどういうことか。つまり、皆それぞれに忙しい日々を過ごしていることもあり、定例ミーティングは時にきっちりと始まらない。うっかり寝坊してしまうこともあるし、そんなときに余白の時間が生まれる。メンバー全員のある種の見解一致を大事にするこの組織では、誰かが欠けると話が進まないのだ。だから誰かがこう始める。「余談ですが…… 」と。この余談がすこぶるおもしろく(気づいたら余談ですべてが終わったようなことすらあったように思う)、皆の気持ちを落ち着かせる。ミーティングには、広報の佐々木瑠郁さんや、時にアーヤ藍さんらもやってくるから話題には事欠かない。何しろシリアスな事象に立ち向かっているわけだから、日々さまざまなことが起こるし、そこに対するストレスだってゼロではない。そういった張り詰めた空気を「余談」とユーモアの力で乗り越えていく、そのことがいかに大事であるか、僕はこのプロジェクトで再び思い起こすこととなった。なお、余談の中身は皆さんの想像にお任せしますが、想像してもらうほどの話ではないというのが実際のところです(笑)。

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未来チケット
©Mini-Theater AID
ロゴデザイン:小田雄太(COMPOUND inc.)
イラスト:寺本愛

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サンクス・シアター
©Nekojarashi Inc.

ここまでの僕らのやり取りはすべてリモートで行われていました。5人が実際に顔を合わせたのは、9月8日(火)のことで、そろっての取材と慰労会が目的です。やっぱり顔を合わせて会話ができるのはすばらしいことだなと感じつつも、スピードが最重要視されるプロジェクトにおいて、ビデオ会議の有効性を肌で感じられたことはよかったと思っています。ミニシアター・エイド基金では、支援者の方々へのリターンとして、大きく2種類が用意されました。すでに運用が開始されている「未来チケット」(当時から見た未来に使用できるチケット)と、オンラインシアター「サンクス・シアター」での作品鑑賞権利です。ミニシアター存続の力となり、再びのスクリーンでの映画体験を待つための施策であったのですから、未来のためのチケットを用意するのは当然だし、映画への渇望を満たし未来へつなげていくためにも、オンラインでの映画体験を提供しようとすることもまた必然でした。

それら必然や未来に向けて僕らがどうあるべきかなど、僕はすべて本筋から離れた余談の中から生まれてくるようにさえ思うのです。「余談ですが……」と笑って会話できる余白のある世界はすばらしい。そしてあらゆる意味において、そのような世界に僕らを導いてくれる存在こそが「映画」なのだと思っています。

(2020年10月26日)

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