表現のプラットフォームを未来につなげるための試行錯誤
2021年3月18日(木)、国内のアーティスト・イン・レジデンス(以下、AIRと記載)事業実施団体、国内外のAIRプログラムに参加しているアーティスト、AIRに関心のある団体・個人が参加し、文化庁主催によるオンライン・シンポジウム※1が開催された。
※1:本シンポジウムは共催:京都市、運営事務局は京都芸術センター(公益財団法人京都市芸術文化協会)および特定非営利活動法人アーツイニシアティヴトウキョウ[エイト/AIT]、広報協力にAIR_J、舞台芸術AIR研究会、AIR Network Japanによって開催された。司会進行は、勝冶真美(京都芸術センター)、東海林慎太郎(AIT)。文化庁は平成23年度より国内のAIR実施団体に対して、助成金の支援を行っている(平成23年度〜27年度は「文化芸術の海外発信拠点形成事業」として、平成28年度〜現在は「アーティスト・イン・レジデンス活動支援を通じた国際文化交流促進事業」として実施)。
2020年の年明けから、新型コロナウイルスの世界的な蔓延によって日常生活だけでなく、さまざまな文化芸術活動が感染拡大防止の観点から影響を受けた。海外への渡航制限が実施されたことで、アーティスト(のみならず、近年はキュレーターやリサーチャーなどにも対象は拡大されている)が国内外を移動することによる交流や表現活動の深化、地域活性化などを目的として行われているAIRのなかには、中止や延期を余儀なくされたものもあったが、多くはICTを活用した「オンライン・レジデンス」などの形態を取り、それぞれのAIR運営者の試行錯誤を経て実施された。
本稿では、このオンライン・シンポジウムの内容についてレポートするとともに、コロナ下によって浮き彫りとなったAIRという営みの特徴や今後の可能性についても言及したい。
地方公共団体とAIR実施団体のコロナ下での反応〜伊勢市クリエイターズ・ワーケーションとPARADISE AIRの取り組み
本シンポジウムの第1部では、地方公共団体とAIR実施団体の事例紹介として、『レジデンスとレジリエンス(=困難にぶつかっても、しなやかに回復し、乗り越える力)』をテーマに、「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」事業を行った伊勢市から須﨑充博(同市産業観光部部長)、いち早くコロナ下の状況へ応答するプログラムを打ち出した、松戸のPARADISE AIRを運営する森純平(同ディレクター)によるトークが行われた。モデレーターは長谷川新(インディペンデントキュレーター、PARADISE AIRゲストキュレーター)。
伊勢市のレジデンス事業は、2019年度にインバウンド(訪日外国人旅行)を目的としてブリティッシュ・カウンシルと行ったAIR事業が土台となっている。欧米から注がれる伊勢への高い関心に着目し、地域に根づく伝統文化を体験してもらうことで、イギリスと地元アーティストとの交流も促進されてきた。この経験をもとに、同市が2020年度に実施したのが「クリエイターズ・ワーケーション」事業で、新型コロナウイルス感染症の影響により観光客が激減した旅館業の危機という問題が重ね合わせられ、国からの交付金が活用された。感染の拡大が目立つ首都圏から多くのクリエイターを呼ぶことについて、市議会や市民の理解を得る苦労はあったものの、50人の公募枠に対して1270人もの応募があったこと、ミュージシャンや漫画家など多くの著名人も参加したこと、招へいクリエイターによるSNS等での発信が功を奏して、この取り組み自体が話題となったことは記憶に新しい。自治体主催のため、既存の地域ネットワークを最大限活かした取り組みであるが、担当者の人事異動がつきものの組織であるため、今後の継続に関しては未知数である。しかし運営側としては、これからも本事業を発展させ継続させる考えであるという。
一方、2013年から活動を継続する松戸のPARADISE AIRは、例年60名ほどが滞在する施設であるが、緊急事態宣言に伴いアーティストの受け入れを一時停止した。宣言解除後の状況を逆手に取って試みられたのが「MATSUDO QOL AWARD」という、松戸から60分圏内にいるアーティストに限って滞在場所を提供するプログラムである。これまでレジデンス参加対象として目を向けて来なかった近距離のアーティストを「隔離」し、「生活の質」も合わせて考えることで制作に集中できる環境を用意する支援を行った。加えて、7年間の継続的な活動によって培われてきたネットワークを「Knot(結び目)」として再定義し、国内外のAIR実施団体との交流を見直し、それぞれの団体とこの状況下でベストなつながり方を模索する試みも行った。
この2団体の共通点として、滞在アーティストに対して必要な情報提供などのサポートは行うが、基本的にはアーティストを信頼して自発的な活動に任せていることが挙げられる。滞在することと引き換えに、作品の制作や展覧会・イベントの開催などを求めることはない。レジデンスは滞在空間と自由な制作時間を提供することであるとし、そのこと自体が表現活動を行う者への支援であるという考えだ。
アーティストが伊勢や松戸といった地域を訪れたり、オンラインでも関係性を持ったりすることによって、地域住民やAIR運営者には当たり前すぎて意識されない場所の特性が可視化されることもある。また、その地域や人々とのゆかりを得ることによって、場所に対する愛着や感情が生じ、滞在や交流が終了したあとも関係性は残り続ける。コロナ下の現状を受け入れ、それでも前向きかつ柔軟にできることをすること。そのようなAIRの姿勢によって生まれた関係性が、それぞれの抱える問題などを話し合い共有できる避難所のような場として機能することが、レジデンスのレジリエンスとなっていくだろう。
意見交換会〜AIRを試行錯誤しながら継続する/それでもAIRをはじめる
後半の第2部では、文化庁による令和2年度「アーティスト・イン・レジデンス活動支援を通じた国際文化交流促進事業」助成を受けている団体の中から、20団体の代表者を主なスピーカーに、他にも国内のAIR実施団体と聴講者を交えて、ZOOMのブレイクアウトルーム機能を活用した60分間の意見交換会が行われた。全体進行は若林朋子(プロジェクト・コーディネーター、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授)。
ブレイクアウトルームは4つに分かれており、グループ1のテーマは「AIRの意義、今だからこそできること」(ファシリテーター:稲村太郎[公益財団法人セゾン文化財団プログラムオフィサー])、グループ2と3が「オン・オフラインプログラムの経験から学ぶ」(グループ2ファシリテーター:日沼禎子[KESEN AIRプログラムディレクター、女子美術大学教授]、グループ3ファシリテーター:若林朋子)、グループ4が現在助成を受けていない聴講者も参加しやすい「AIRをはじめる」(ファシリテーター:小田井真美[さっぽろ天神山アートスタジオAIRディレクター])である。
この意見交換会の参加団体には、事前にPDFで2枚の活動報告スライドの作成が依頼され、令和2年度に実施した移動を伴う/伴わない(ICT 等活用)AIRプログラムの内容(当初の計画と状況に対応した変更等の実施内容を記載)と移動制限が AIR にもたらした課題や可能性として感じたことが共有され、ディスカッションを行う参加者の活動について事前に把握でき、スムーズに話し合いが行われることが企図された。
また参加者は、本シンポジウムで話したいこと、聞きたいことを事前アンケートで回答しており、シンポジウム事務局やファシリテーターにとっても、スピーカーとなる参加団体代表者のニーズを予め把握することで、約1時間という短い時間でも効果的に進行するよう配慮された。
事前には活動報告資料の共有に加え、令和2年度のオン・オフラインAIRプログラムに参加した国内外のアーティスト9人によるビデオインタビューが運営事務局によって作成・配信された。AIR運営側の経験の共有だけでなく、実際何らかのAIRプログラムに参加し滞在や交流を行ったアーティストの体験が、モニター越しではあるが顔を出し肉声で語られた。
前置きが長くなったが、この意見交換会では、それぞれのAIR運営団体による情報共有、課題や悩みの可視化、他者の取り組みというケーススタディから学んで新たな可能性を掘り起こすという3点を意識しようという若林のファシリテーションの下、1年間の取り組みとそこから得た気づき、考えたことの共有が行われた。
日本全国に散らばるAIRプログラム実施団体。いずれにおいても新型コロナウイルス感染症の影響を受け、通常通り、もしくはコロナ下以前に立てられた当初の計画通りにAIRを実施できたところは皆無であり、地域の人々の変化やオンラインのコミュニケーションへの対応など何かしらの課題を抱えながらアーティストと向き合い、それぞれが奔走した1年であったことが浮き彫りとなった。
国内を拠点に活動するアーティストを対象としたAIRプログラムでは、緊急事態宣言解除後以降、国や各地方自治体で感染防止に対する指導やガイドラインが整備されたことでアーティストの移動も可能となり、大きな変更なく実行されたものもあった。
しかし、外からアーティストが来ることに対する地域住民の反応には変化があり、それはネガティブなリアクションというよりはむしろ、文化芸術活動が全般的に限定・縮小され鑑賞機会が減少している中で、地域を訪れたレジデントアーティストへの期待が高まった例もある(京都府山城広域振興局)。また海外の作家を支援する予定から、県内のアーティストによるスタジオ滞在に柔軟にプログラムを切り替え、制作環境や費用などの支援に切り替えた団体もあった(アーツ前橋)。地域を訪れたアーティストの思索をより多くの人へ発信するために、映像を用いるという試みもあり、映像としてクオリティの高いものでなくても未完成の状態をアウトプットとして出すことの意義についても言及があった(京都府南丹広域振興局)。
海外のアーティストを日本へ招聘するプログラムに関しては、ICTを駆使しオンラインでコミュニケーションを試みたものが大半を占めた。海外アーティストの滞在を主な目的とした施設では、この1年まったくアーティストの受け入れができなかったり、マイクロレジデンスと言われるような小規模に運営するAIRでは、海外のアーティストから入っていた滞在の予約がすべてキャンセルとなったことでの資金難など施設の運営にとって多大な影響があった。しかしながら、それまでアーティストのケアに割いていた時間を、実施してきたAIRのフォローアップやアーカイブに当てたり(ヴィラ九条山)、アーティストへ日本文化やレジデンス情報などの発信を続けたり(ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川)、海外とのネットワークを活用しAIRとパンデミック研究会を立ち上げ、将来のためにこの状況の分析を行ったり(遊工房アートスペース)と、前向きに活動が続けられている。
ZOOMなどのツールを用いて海外のアーティストとの交流やリサーチ等を行ったAIRでは、特にパフォーミングアーツ分野でフィジカルな表現をオンライン上で空間的に共有することの困難さや、いつでもつなぐことができることから生じる時差の問題やオンライン疲れ、円滑なコミュニケーションのために求められる高い言語能力やリテラシーといった課題が挙げられた。また、オンライン上での活動がハッキングされてイベントが荒らされた経験も報告され、意外な注意点として共有された。
最も印象深かった話題として、実際にアーティストが場所を訪れられないことによって、ローカリティ(地域性、文化、風土)のあり方が、場所に直接紐づくのではなく、オンライン上でつながりを持った人と人、交わされた会話などによって立ち上がるものへと変化しているのではないかという指摘があった。
またこれまでのAIRは、アーティストが移動し到着してから帰るまでを中心とした関係性を基盤として運営されていたが、オンラインで常時少しずつつながることのできるコミュニケーションへ移行したことによって、長期のプロジェクトも実施しやすくなった。アーティストが自身の拠点において十分なリサーチ、制作時間を確保しながら、AIRとの協働を複数回に分け、そのプロセスを丹念に追っていくようなプログラムも考えやすくなった。
さらに公的機関が運営するAIRでは、オンラインでのプログラムを本滞在の準備期間として位置づけ、安全に海外渡航ができるようになってからもう一度同じアーティストの滞在制作を検討している団体が多いことも目立つ。このように、実施方法やAIRをめぐる時間軸が複雑化していくことは、AIRという営み自体の意義や、それぞれのアーティストにとって最良なAIRとのかかわり方を問うことでもある。この経験はパンデミック終了後にも、それぞれのAIR運営者にとって貴重な遺産となるに違いない。
コロナ下でのAIR運営における試行錯誤が各運営者にありつつも、「AIRをはじめる」をテーマとしたルーム4では、アーティスト支援を核として実施されるAIRが、それだけではなく広く表現者と関係を結ぶことによって得られる効果が、地域振興や既存の資源を活用する観点からも個人・団体を問わず引き続き魅力的であることが確認された。AIRをはじめたいと思ったときに、AIR自体についていかに考えるべきか、アーティストにどうアクセスするか、どのように契約するか、どのような支援があればAIRの開始に役立つかなど、実務的な内容にも議論は及んだ。
表現することをキーワードに、ネットワーク化していくAIRの未来
意見交換会後半部の全体共有では本シンポジウムに参加したAIR実施団体からの提案を共有する時間が取られた。
成田にあるふわりの森 国際アーティスト・イン・レジデンスからは、成田空港に近接しているという立地から、渡航時に隔離が必要なAIR関係者が、隔離を行いながらスタジオで制作も進められる施設や設備が紹介され、利用や空港等の状況について気軽に相談して欲しいという申し出があった。
京都のゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川からは、過去に滞在したドイツ拠点のレジデント向けに日本のAIRに関する情報発信をしていること、AIRのネットワークを使って情報を収集したい旨の呼びかけがあり、参加者全員の同意を経たうえで意見交換会参加団体代表者のコンタクトリストが共有された。これまで個々がバラバラに発信してきたそれぞれのプログラムが、ネットワークによって周知しやすくなることで、新たなコラボレーションも発生するかもしれない。
日本の自治体によって1990年代ころから実施されてきたAIRでは、アーティスト支援や芸術振興の側面だけでなく、地域振興・活性化という目的がよりクローズアップされてきた感は否めない。しかし新型コロナウイルス感染症の影響を受けたことで、AIR運営者は団体・個人を問わずレジデンスの意義について考え、それぞれのAIRとしてのアイデンティティを基軸としながらアーティストとのつながり方を再考し、プログラムへ直接的にフィードバックした。AIRが地域にもたらす効果よりもまず、アーティスト自体に向き合うことが多かったのではないだろうか。AIRが本来、新たな世界にひらかれようとするアーティストたちの「表現のプラットフォーム(基盤)」であったことを強く意識させられた1年になったと思われる。
パンデミックの状況は終わりが見えないものとなりつつある。当分は、いつか渡航ができるということを信じながらも、ニューノーマルの状況下でAIRの運営を継続していくことになりそうだ。海外拠点のアーティストとは、基本的にオンラインでのコミュニケーションが中心となっている現在、果たしてそれは「レジデンス」なのだろうか? オンラインで表現活動や交流を深めるには、もっと的確な枠組みが設計できるのではないだろうか? といった疑念もやはり尽きない。
おそらくそれぞれのAIRでは、これからもプログラム実施方法に対する自問自答が繰り返されるだろう。しかし本シンポジウムに参加して、AIR運営者たちは各々の問いをひらき、ともに考え、よりよく動き続けるためのネットワークを以前にも増して強く希求していることを感じた。国内AIRがもたらすつながりは、モビリティが取り戻されるであろう未来のことも見据えながら、表現のプラットフォームを支えるプラットフォームとして、以前に増して切実なものとして機能していくに違いない。
※文中の肩書はイベント開催時のもの
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