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価値をつくるアートをつくる人をつくるまちをつくる

今日の文化事業と企業の試み

企業の文化芸術支援の歴史をたどると、パトロネージュからメセナ、そしてCSR(Corporate Social Responsibility)で一つの区切りがついたかと思いきや、現在は CSV(Creating Shared Value)という共有価値の創造を意味する経営の視点が取り沙汰されている。事業を通じて社会課題を解決することが自社の経済的な利益にもつながるという概念である。

ただの手慰みでも権力誇示でも社会奉仕でもなく、企業の理念とそこに通じる文化事業内容そのものがいかに新たな価値をつくり広めていけるかが、今後の企業が生き残る価値に比例するというのは過言だろうか…。

ただ、いずれにしても、当社が行えることは限られてはいる。「ART POWER KYOBASHI」と銘打って行うのは、2024年開業のTODA BUILDING(以下、「TODAビル」)敷地内の共有スペースにキュレータ―、アーティストとともに作品をつくり、展示をすること。新陳代謝するパブリックアートとして、定期的にキュレータ―、アーティストを変えて更新し続けていくプログラムである。もちろん作品を置いただけで社会課題が解決するはずもなく、それにかかわるアーティストやキュレータ―などの創造者とそこに出くわす来訪者とのコミュニケーションをどこまで誘発させていくかを考えることで、まちの賑わいにかかわる課題の発見と解決の可能性の探求へとつなげていければと考えている。

ART POWER KYOBASHIシンボルマーク

ART POWER KYOBASHIシンボルマーク

TODA BUILDING外観パース (左:ミュージアムタワー京橋、右:TODA BUILDING)

TODA BUILDING外観パース
(左:ミュージアムタワー京橋、右:TODA BUILDING)

こうしたパブリックアートが社会へのインパクト形成ならば、2つ目のプログラムであるスクールプログラムは浸透力の生成である。このプログラムは、年齢、ジェンダー、職業などに関係なく、かかわる人すべてがそれぞれにとってのアートらしきものについての発見と創造を生成することを目指し、まちを楽しむ仕掛けを考え、つくっていくプログラムである。それはアートとアートでないもののあわいを縫う試みでもある。

そしてもう一つ、これはビルオープン後となるが、アーティストの作品をビルのテナントに向けてレンタル/販売するコーディネートプログラムの実施を検討している。アートのあるビルというビルのアイデンティティ形成手段であるとともに、テナントの方々にとっての思いがけない気づきの仕掛けであるが、ここで重要なのは、アーティストの収入の仕組みを組み入れている点である。

アートによるエコシステムをつくり育てる覚悟

スクールプログラムではつくる人を育て、パブリックアートプログラムではつくられたものを見せ、コーディネートプログラムで貸して売る、直接的に連動しているわけではないが、この創作交流、発表、評価のプロセスをひとまずアートによるまちのエコシステムと呼んでいる。ただし、この循環が充分に達成されるには、試行錯誤を含みまちづくりと同様に、じっくりゆっくりとした年月を必要とすることを覚悟しておかなくてはならないと認識している。

アートによるエコシステムの図: アーティストの成長プロセスとしてその仕組みの実現を通して、京橋エリアの文化価値の醸成を図る。

アートによるエコシステムの図:
アーティストの成長プロセスとしてその仕組みの実現を通して、京橋エリアの文化価値の醸成を図る。

なお、当社は、TODAビル竣工前にできることとして、「KYOBASHI ART WALL」という新進アーティストに作品発表の機会を提供する公募展を主催し、TODAビルの建設現場の仮囲に作品ビジュアルを掲出するとともに京橋エリアでの個展開催の機会を提供している。TODAビル開業後には、歴代入選作家によるグループ展を開催するなど、継続的なアーティスト活動支援によりアーティストとともに成長する事業を目指している。

また、「Tokyo Dialogue」というプロジェクトでもTODAビル工事現場や京橋の人、まちを写した写真家と書き手がペアとなり、京橋を舞台に「写真」と「言葉」で紡ぎ出す“対話”を通して、変わりゆく都市の姿を描き出す試みを行っている。

こうした先行プログラムにより鑑賞にまちを訪れる人々の回遊性が増すことでTODAビル開業前からの京橋地域の活性化を図れればと考えているが、これはまだ序章に過ぎない。

TODA BUILDING建設現場のKYOBASHI ART WALL仮囲展示風景 撮影:加藤 健

TODA BUILDING建設現場のKYOBASHI ART WALL仮囲展示風景
撮影:加藤 健

KYOBASHI ART WALL第1回優秀作家展覧会風景 コケシスキー「Somewhere」 撮影:加藤 健

KYOBASHI ART WALL第1回優秀作家展覧会風景 コケシスキー「Somewhere」
撮影:加藤 健

art-machi-2-tokyo-dialogue-2022.jpg

Tokyo Dialogue 2022 展示風景
©Naoki_Takehisa

まちに、企業に本当に必要なアートとは何か~

まちは人がつくる。そんな原理的に自明なことを声高に表明しなければならない程に、人影がまちのノイズにかき消されてしまっているのならば、私たちはあらためて人がつくりしアートの力を試さなければならないだろう。そして今一度思い返す、まちは本当に人がつくっているのだろうかと。アスファルトの隙間から覗く雑草を見ていて不意に思うことは、人間がいなくなればまちはあっという間に緑に覆われてしまうだろうということ。自然に抗う人間の悪あがき、人新世と責任を負いきれないはずなのに勝手に世界を背負いSDGsを語っている間に、まちも自然と変わり、自分も変わっていく。何のことはない、つくっていると思っていたまちに自分がつくられていることに気づかされるのだ。

アートは手段であり、方便であり、ツールであり、商品であり、場合によってはアイデンティティであるような変幻自在さの中にある。ただし、実は目的そのものにはなかなかなれない。それはまちづくりと同様で、さまざまな紆余曲折を経た結果としてそれがまちの姿になり、それが人に作用し、まちにフィードバックされる繰り返しの中で、それぞれの人々の中に密かに存在し続ければ、結果として人々の心の支えになったりならなかったりするようなか弱い代物である。

CSVの観点からいえば、そうしたアートをすべて受け入れていては企業としては持ちこたえられないため、そこから後世に残る価値を抽出し、洗練させていく手間が必要となる。今行っている事業が、何にどうつながるのかを考えながら進めていく中で、企業価値づくりも成就されるのである。重要なのは自分たちだけがつくっているという意識を捨て、つくりつくられながら生成される、そのあわいにある価値を見極めていくことではないかと思う。

そのためには、アートの本質を捉えたうえで、ビルの開発、運営における価値を形成するツール、商品としてのアートの役割を明確化し、プロセスを適切に踏んでいく必要がある。創り、育て、発表して、回収するエコシステムの構築はその機能の割りつけの試みでもある。当社の試みが、アートが先導し、そこにかかわる人々の価値づくりを促す新たなビル事業として、CSV以降、数十年後のアート事業の試金石となれれば幸甚である。

今後の予定

2024年秋のTODA BUILDINGオープンに向けて、プレイベントなど各種企画準備中。オープン後には、スクールプログラム、コーディネーションプログラムなどを実施予定。最新情報はART POWER KYOBASHIの公式サイトやSNSをご覧ください。

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