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お話のお話

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Danger Museumの初期「モンゴリアン キャメル ショー」
(1999年、英国ストーンヘンジ)。

 いままでを振り返ると、興味がおもむくまま可能な限りいろいろなことに取り組んできた。いろいろなことをするのは興味が散漫になってしまうと以前はよく思ったけれど、だんだん、それこそ私の性格であり否定せずにメリットとして捉えるようになった。なんでも捉え方かな、という思いが生まれたからだと思う。優柔不断な性格もよくないが、同時に多面的に物事を考えることができるという強さもある。経験も豊富になるとともに、キャパシティーも広がったと思う。可能性が多い分、それを精査し決断していくときはひどく悩むが、選択することに、より意味がでてくるともいえる。複数の可能性が発見でき、そこからまたなにかが生まれる。あるいは初めの考えに戻ったり横に飛んだりする思考。このような見えない行程自体を感じ取れる作品を制作したいと思っている。

 私のアーティストとしての始まりは移動美術館の運営。それは大学にいる頃に、グループ「Danger Museum(デンジャー ミュージアム)」としていろいろな国のアーティストの作品を収集し、展覧会を企画するものだった。首から箱を提げてその中を美術館として個展を展示したり、車内を展示スペースにして旅をしたり、その方法はさまざまだった。また、美術館によくある機能を模し、ガイド、図書館、カフェ、クローク、倉庫なども作品として作った。
 これらの活動はフルクサスのなにでも美術館になりうるという考えに触発されたところが大きい。アジアとヨーロッパの人たちが同じグループに関わる活動も魅力的だった。コマーシャルな要素の強かったロンドンのアートシーンは留学生にとっては大きな壁に感じられたが、常になにかしてみたいという思いがあった。じゃぁ、自分たちでスペースを作ってしまおう! それが始まりだった。

 大学を卒業して以降は、作品形態が美術館スタイルから徐々に離脱し、滞在場所に基づくプロジェクトになっていった。美術館のかたちにこだわり続けることに疑問が湧いてきて、他のあり方を模索したくなったからだ。この頃からノルウェー人のアーティストと制作をするようになる。最近雑誌のインタビューで、私と制作をし始めた理由について、自分だけで制作することに限界を感じていたとき一緒に制作する機会があり、対話の中で作品を作っていくことのおもしろさを感じた、と言ってくれた。片方が投げかけたアイディアをもう片方が新たな形にして表現する、その繰り返しだ。

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「An Clar Glas(灰色のアルバム)」(2005年)。
ピーコック・ヴィジュアルアーツ(スコットランド)のレジデンシーで制作。ビートルズのLPジャケットのリメイク。
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「Radio Hue」(2004年)。
韓国の食べ物トックを模したソファでは、ソウルのアート シーンで活動している人たちに行ったインタビューが聞ける。
Art Space Hue(ソウル)での展示風景。
サムジースペースのレジデンシーで制作。

 レジデンスをすることで、アーティストとしての活動を続けることができた。スコットランドでは「An Clar Glas(灰色のアルバム)」というビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のLPジャケットのリメイクを制作したし、ソウル、オスロ、コークでは、それぞれのアートシーンをリサーチし、それをもとにした作品を発表した。訪れた場所ででしか制作できない作品へのおもしろさもあった。だが、滞在期間の短さや、レジデンスの作品を他の場所で発表する際どこまで作品の背景を紹介すべきか、悩んだりもした。

 2008年には「Recycled(リサイクル)」展という展示をオスロで行うことになる。いままで行ってきた活動やレジデンシーの作品を一同に集めて紹介する初めての試みだ。もともとの制作背景を気にしすぎず、作品をあらためて見つめ直すというスタンスをとった。詳しく背景を知りたい人のためにはガイドとなるフリー ポスターを制作した。この時を機に、オリジナルの意味にとらわれないことのおもしろさを発見し、作者が意図しない読みが作品に新たな意味を与え、それが次の展開への創造の源にもなると思うようになった。この展覧会自体もコラージュのように捉え、江戸時代に流行したペーパークラフト、立版古にインスピレーションを受け、展覧会自体を立版古にしたものも会場に展示した。設営時には、このミニチュアの展示風景と実際のスペースが呼応するように制作し、どちらが先ともいえない感じになった。ガイドのポスターの裏に立版古を展開図にして配置し、観客が持ち帰り展覧会を回想しながら展示を作れるようにした。活動自体が、コラージュになっていく。

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「Recycled(リサイクル)」(2008年、オスロ、UKSギャラリー)。チェ・キョンファによるキュレーション。2003~08年までDanger Museumとして制作した作品を集め紹介した展覧会。中央には「Radio Hue」(2004年)、左には「パノラミック ペーパー」(2007年、ワイシン・アートセンター、英国ケンブリッジ)。右には欧州文化首都のイベント「Cork2005」(アイルランド)のために制作した作品「ブロ-イン」。
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「UKS立版古」(2008年)。江戸時代に流行したペーパークラフトである立版古から発想を得た作品。展覧会場に作品の中に登場するコラージュの要素を混在させた、紙模型。ポスターとしても制作され、観客は持ち帰ることができた。
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「UKS立版古」のフリーポスター(1000部制作)。

 絵巻物の制作に取り組み始めて2年ほどになる。もともとはベルゲンにあるホルダランド アートセンター(HKS)に、ノルウェー西部をテーマにした作品の依頼を受けたことに始まる。もうすでにその過程として、HKSとKabusoにて展示を行っている。物語に登場しそうな動物達の水彩画、旅の中で訪れたロココ調の邸宅であるDamsgård(ダムスゴード)の庭にあった植物をモチーフにした壁紙のようなデザイン、それが巻かれたギリシャの柱を思わせる陶器の筒。以前の作品のように、土地特有の要素はあるが、空想的でもあり、関連づける意味合いも多岐にわたり、作品を読む幅が広がってきた。

 動物のモチーフとして描いてきた鴨は、ベルゲンの18世紀ヨーロッパ木造建築であるダムスゴードの庭園で豊かな自然の中育っていた。その鴨が、誰かの手により庭から連れ出され、海に放たれたと聞いた。絵巻物のプロジェクトを始めた頃、ベルゲン特有の険しい山に囲まれた谷のようになっている地形から、狭い世界にいる大物(Big Fish in a small pond)がどのように羽ばたいていくかを物語にしようと話をしていた。作品と実際の出来事が呼応しているようで不思議に思えた。なにかまた急に世界が広がったような気がした。

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「Damsgård(ダームスゴード)」(2011年、ノルウェー、Kabuso)。絵巻物の物語を考える過程で作られた水彩画(2010年)、ギリシャ建築に見られる柱(オーダー)を感じさせる陶器のオブジェ。
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「Damsgård(ダームスゴード)」(2011年)。水彩画が埋め込まれた箱に入った絵巻物。持ち手は陶器でできている。
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「Damsgård(ダームスゴード)」(2011年)。展示ケースには箱から出された絵巻物が置かれている。木製の箱には水彩画があり、絵巻物は陶器、布、日本紙にプリントされたシルクスクリーン、紐でできている。全長約13メートル、壁紙のようなデザイン。そばにはデザインのもとになった水彩画が飾られている。
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「Damsgård(ダームスゴード)」(2011年)。

(2012年5月18日)

今後の予定

  • 2012年6月3日~
    『måg:issue eight』
    Danger Museum 特集
    http://www.maagmag.com
    国際的に活躍するノルウェー人アーティストを紹介する団体であるNABROADによるオンラインマガジン。
  • 2012年8月23日~9月16日
    「Multiple Choices」展
    参加作家:リカルド・バスバウム、アナ・ヒョット・グット、アナ・リネマン、カティア・サンダー、アレックス・ヴィラ、清水美帆&オィヴィン・レンバーグ(Danger Museum)
    (英国プリマス「KARST」にて)
  • 2012年夏
    『Multiple Choices』の出版イベントをオスロ、ベルリンなどで行う予定。
    出版:オスロ クンストフォレニング、編者:ジューディス・シュワルツバート、執筆:グロリア・フェレィラ、エバ・ディアス、サイモン・シェイク、リカルド・バスバウム、アナ・ヒョット・グット、アナ・リネマン、カティア・サンダー、アレックス・ヴィラ、清水美帆&オィヴン・レンバーグ(Danger Museum)
  • 2013年春
    Davis Museumでの個展
    世界最小の現代美術館、展示作品はすべてパーマネント コレクションとなる。

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    シルクスクリーンによる陶器への写真転写など、量産技術と手作業を組み合わせることで、陶を素材に写真や版画のような複製芸術としての作品を制作されています。いつも陶芸のアドバイスをしていただいています。

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

石崎さんは世田谷美術館、目黒区美術館を経て、先月からは愛知県美術館の学芸員に。
美術館の活動に余裕があるときは、展覧会やイベントを個人で企画したりもしています。
またいろいろお話聞かせてください。
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