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ある美術家夫婦の会話

土谷:KOSUGE1-16の活動も10年をこえたね。あっという間だったように感じるね。

車田:活動そのものを振り返る機会とかまったくつくれてないわ。なんか知らないけどずっと忙しいよね。で、なんやかんやでその間に子どもを二人出産した。

土谷:ま、やることやって、ていう感じで。それも進んでく感じがいいじゃない。子どもが生まれてからさらに「待った無し!」感が倍増したよね。作業時間も限られるし、昼も夜もエンドレスでやってたころとは制作への向き合い方が随分変わった。子どもの保育園への送迎があるから、朝はちゃんと起きるようになったし、夜はちゃんと寝るようになった。プライベートの時間とかも意識的につくらないと子どもとの時間が成り立たない。結果的に生活時間にメリハリがついて仕事には集中できるようになったと思う。

車田:そうだね。私の場合は出産後、こども参加型プログラムの実施プロセスが随分変わったかな。初期の頃は自分の範疇で作品化することを強く意識していて、ある程度私たちでプログラムの方向性を見据えつつかかわる子どもを導き、方向性に反れないようなアドバイスを与え、反れなければただただ肯定するばかりだったけど、自分で子どもを持ってからは作品化とかどうでも良くなって、何ができるかを一緒に考えたり、実行するために寄り添ったりするようになった。プログラムを口実に参加してる子どもたちと場を共有していること自体に重点を置いているというか。

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いつも通っている銭湯の煙突。これが見えるとホッとする。(撮影:斎藤哲也)

土谷:なるほど。そもそも、環境で表現が変わるというスタンスでKOSUGE1-16の活動が始まったからね。日常生活とアートの表現は関係していると捉えてきた。生活環境の話をすると、東京の郊外、葛飾区小菅の長屋に囲まれた高齢者だらけの住宅密集地、1K風呂無し家賃27,000円の一軒家に住んで13年目になる。住み始めたころ、ご近所のお年寄りたちが持っていた活気に何よりも感化された。それは家に帰るとポストにおかずが入っている状態や、食べかけのポテトチップスや生まれた子猫をおすそわけされる「もちつもたれつ」の文化。この感覚やノリを表現していきたいと思った。KOSUGE1-16がユニットであったり、作品が参加型であったりプロジェクト型であることは、このあたりに由来する。ワークショップという都合のよい言葉も覚えたし。いろいろな現場に入っても、まず自分が置かれた環境を把握して、その周辺にいる人が誰が何のトリガーなのかを把握することに役立っていると思う。

車田:銭湯では熱湯を水で薄めると軽く叱られたり、子どもの礼儀作法を学ばせてもらえる。でも、いつも気に留めていてくれたり、しばらくこないと心配されたり、まちの情報を共有できたり、リスペクトを感じるよ。

土谷:生活の隅々まで他者が入ってきてる気がする。ツーツーな感じ。でも、必要以上に干渉しないし深入りしてこない距離感。子どもが生まれて銭湯に連れていくようになってからさらに距離が近くなったよ。こういった感覚や体験全てが制作の糧になっている。

車田:住み始めたころは近所にお年寄りがたくさんで、ある種の活気があった。でも徐々に体調崩したりお亡くなりになったりで寂しくなってきた。でも今はうちの子どもたちがその方たちに元気を与えているのをうれしく思う。10年以上同じ場所にいて、以前はできごとを点で捉えていた気がするけど、いつの間にかそれが線や面で捉えている。子どもが成長するにつれて家も手狭になってきたし、原発事故や大きな災害や自治体の方針とかも、子どもの将来に軸を立てて気にするようにもなった。いろいろと考えを決めて行かなければいけないことが増えたよね。

土谷:今の我が家の大きな課題は来年度に長男をどこのまちで小学校に入れるかということ。仕事するうえでは東京は便利だけど、原発事故以降、僕と車田の感覚ではこのまま将来にわたってこの土地で子どもたちを育てていきたいとは思えなくなったよね。本当に多くのリソースを、この部分に割いている。時間も脳みそも。こういった状況が立ち現れて仕事と生活がやむなく乖離してしまうということが起きるとは思ってもいなかった。もちろん、このまま小菅に住み続けるという選択肢もあるとは思うけれども、あまりに多くのことが気になってしまう。自分がこんなに神経質な人間だったとは思ってもいなかった。

車田:そうだね~、現実をなかなか客観視できない状態が続いてるもんね。髪型がジャイアン似の土谷くんでも神経質になるわけだよ。最近はてっぺんから薄くなってきたけど。

土谷:そうそう、急にね。そこも神経質になってたり...。

車田:いやいや、包み隠さず見せることはよいことだと思う、薄くなるのも成長の証ってことで。でも、生活の場を移すにしても、お世話になっている大工さんや金属加工業の職人さんたちと距離が離れてしまうことが本当に寂しいよね。彼ら町の職人さんあってのKOSUGE1-16だった部分もあるし、初期のころからずっと付き合ってきてくれた大切な人たちだし。

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mac birmingham の正面。Cannon hill parkという大きな公園の一角にあり、年間50万人の来場者がある。

土谷:そうだね。最初のころはなかなか理解してもらえなかったから、金属加工業者の組合の定例会で機会をもらって美術史のレクチャーを行ったりしたね。単なる受注発注ではなくコンテクストを意識してもらったうえで一緒に仕事をすれば、互いに意見も出しやすくなるし細部までのディレクションも共有できる。その中で、実に多くの技術を学ばせてもらった。さらに日常生活から子育てまでの生き方全般も学ばせてもらってきた。ここが完全なホームだね。
でもさ、巨視的なことを意識するよい機会であるとも思うよ。イギリスのバーミンガムで夏に予定されているmac birmingham での個展は今まで行ってきたことをブラッシュアップするよいチャンスだと思う。だって、キュレーターからのオファーの言葉が「もちつもたれつ」をやってほしいってことなんだもん。最初の打ち合わせで「もちつもたれつ」という言葉がイギリス人から出てきて驚いた。英語には直訳できないといっていたけど、キュレーターはすでに深く解釈してくれていた。バーミンガムは移民が多く、出生率も増えているから、まちのアートセンターにもちつもたれつを入れて親子連れを中心にソーシャルな作品をつくってほしいっていうオーダーがあるんだけど、僕らがいまだに経験していないさまざまな局面で、KOSUGE1-16の狙いが機能しそうな現場はまだまだあると思った。そして、新しい現場に行くことで得られることも多いと思う。小菅というホームで構築した関係性を構築するという構造はKOSUGE1-16がどこにいても確実に生きてくるし、可塑性も持っている。

車田:そうだね。動き回ることでフィードバックできることも多いもんね。でもさ、拠点を移すことになったらユニット名もかえるんですか? とよく聞かれるけど、もしそうなったらどうする?

土谷:このままでいいんじゃない? そういう「品種」として考えようよ。

車田:あるいは、引っ越すたびにユニット名が長くなるのもいいね。「じゅげむ...」みたいに。

土谷:見えてないことだらけだから、そうなったとき考えよう。それで話を戻すけど、個展をするmac birmingham って50周年らしい。その記念事業のトップバッターの展示なんだそうだ。キュレーターがKOSUGE1-16初の海外での個展だからこそ、彼らの展示に期待したいといっちゃってくれるすごいリスペクト。個人的にはこういうシチュエーションは大好きだな。アートセンターの歴史としてはシアター系の活動が中心だったみたいだけれど、建物とか市民の手づくりの部分が多くて、しかも40回以上も増改築をして手を加え続けている。ほとんど日本国内しか見てきていない僕の狭い視点では、よくあるアーティストの新たな発信拠点とか集う場みたいな手前の都合をうたっているアートセンターとちがって、バーミンガムの教育や社会を変えようとしてきた歴史を持っている。目的が明快で、とてもすがすがしい施設に感じた。

車田:ホントにね。ディレクターの意向などがもちろん入ってきているけど、市民が自分が必要な場としてアートセンターをつくってる。日本みたいに箱が先にあってじゃなく、箱自体手づくりってとこが圧巻だよ。
そういえば土谷くんたちは最近、新しい工務店をつくろうとして動き出しているけど、どうなの?

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BUGHAUSの面々。

土谷:ポスト工務店 BUGHAUS のことね。KOSUGE1-16としても墨田区向島界隈の職人さんたちにお世話になりっ放しなわけだけど、その関係性の中で町場の工務店っておもしろい仕掛けを持ってるなと気がついた。畳屋や建具屋や鳶などの技術者を下職として抱えつつ、棟梁となると住まいのことから人間関係の悩みごとまで相談にのる姿勢。実は工務店こそアートセンターの機能を昔からはらんでいたのではないかと思ったわけ。それで、工務店が下職としてアーティストや異業種の職人、食関係やファッション、デザイン関係まで抱えてしまおうというのがBUGHAUSの狙い。さらに作品制作の過程でついつい安易に頼ってしてしまうようなこと、例えばリノベーションや土着的な記憶を企画に盛り込むことを禁じていたり、棟梁も象徴棟梁制をとっている。実際のところ現在は棟梁も下職もフラットな関係で、プロジェクトごとに三人程度の下職が手続き的に棟梁からチームとして招集され案件をこなしていく。一昨年の11月からゆるやかに動き始めたばかりの活動だから実績はこれからだけど、すでに何件か案件を抱えている。下職たちは、いままでプロジェクトやイベントを行うときに連携とっていた仲間が多いんだけれど、何となく関係性に名前をつけたら急に動きやすくなった。まだまだ準備すべきことはたくさんあるけれど、かなりノビしろのある活動だと感じてる。全員が自主的で能動的だし、それぞれ各々のジャンルで経験あるし。ただ、10年程の馴染みだから、30~60歳程度のおじさんたちなのに集まると女子会みたいに会話が弾んでおもしろすぎるので、とても危険。

車田:ミーティングの後はいつも楽しそうだもんね。

土谷:まあね。でも車田も最近楽しそうじゃん。ガラスという自分にとって新しい素材に挑戦してるよね。

車田:実家がレンズ工場ということもあって、レンズに囲まれて育ったからね。廃レンズとか廃プリズムとかきれいなのでいつも気になってたし。打ち合わせしたりワークショップして人前で何かするの苦手だから、物に触れている時間の方が解放されるんだよね。ガラスの作品は、できればバーミンガムの個展までに形にしたいけれど、どうなるか。新しい制作について考えてる時間が一番楽しいよね。

土谷:とても興味深いね。よかったらBUGHAUSの下職に加わらない?

車田:それは遠慮しておくよ。女子会苦手だし。BUGHAUSは男臭い女性脳集団がいいんじゃないの。

(2012年4月16日)

今後の予定

  • 2012/7/7〜9/9
    mac Birmingham(イギリス、バーミンガム)にて個展
  • 2012/7/20,21
    川崎市市民ミュージアムにてワークショップ

    など。

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    バーミンガム中心市街地の旧小学校舎を利用したギャラリー。現在、大きな開発も行っている。日本人の作家もたびたび扱い、副館長のDebbyはKOSUGE1-16の個展のキュレーターの1人でもある。
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    KOSUGE1-16のバーミンガムの個展のキュレーターの1人、KAYEが行っている遊牧民的なキュレーションを試している。
  • ソーシャルセンシングラボ
    社会を感じる力について研究しているラボ。

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

お互いに活動の初期から関わりをもちつつ、刺激を受けてきました。KOSUGE1-16は定住型でDanger Museum は移動型。また新たな拠点を探しているとのこと。次なる挑戦を楽しみにしてます!
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