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北九州、続発する小規模プロジェクト

 20年以上も勤務した北九州市立美術館を辞めて国際芸術センター青森に転職したときには、南から北へという急転回で周囲を驚かせたが、昨年春から再び北九州に拠点を戻すことになった。今後はインディペンデント・キュレーターとして、あちこちの企画に参加する形で活動していくことになる。

 地元を遠く離れて別の地方の動向に関心を集中させていたからか、7年ぶりに眺める北九州・福岡のアートシーンは未知の世界と思えるほど以前と違ってみえた。公立館の学芸員という立場との違いもあるだろうが、かつてはそれほどみえなかった民間の動きや、アーティスト・グループのオルタナティブな活動がずいぶんアクティブに輝いている。あるいはそういう時勢なのかもしれない。昨年立ち上げられたという「九州アート車座会議」の第3回会議が4月に長崎県波佐見町モンネポルトで開かれたので覗きに行ってみた。九州全県+大阪からも特別参加ありの14組による賑やかなプレゼンテーションが続いた。町の名さえ知られてないような地域でユニークな活動が生まれていたことに新鮮な共感を覚えた。震災原発事故後の動揺も治まらず、美術にとっても決して容易な時代ではないけれど、世代交代が進み、困難な時期をものともせず乗り越えようとする新しい力の連帯が予感された。

 さて北九州に再着地した私の活動は、「八万湯プロジェクト」というグループに所属することから始まった。北九州市八幡東区にある元銭湯「八万湯」は、八幡にも縁ある建築家、村野藤吾の事務所による設計(1961年築)といわれ、銭湯とは思えぬモダンな外観の建物である。ゼツェッション様式を思わせる湾曲したタイル造りのファサードの両脇が、男湯・女湯に分かれた入口となっている。中に入れば、番台があり、脱衣用の木製ロッカーの扉が並んでいる。浴場との仕切り壁は残っておらず、すべてタイル貼りの床や壁や浴槽が見渡せる。モザイク・タイルは床や壁やカラン、浴槽とそれぞれ種類が違っており、そのタイル・デザインの組み合わせがまたユニークな、なんとも魅力的な空間である。

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中野良寿「phase 2011」(木材、膠、亜鉛華、ムードン、顔料、写真、本)
八幡/山口の村野藤吾作品をめぐっての作品。山口県宇部市にある旧山口銀行イベントホール、天井部分の意匠は蜂の巣状になっている。この部分を凸型に反転させたオブジェを八万湯 床タイルの上に設置した。山口銀行が掲載した建築書籍も展示。(写真:中野良寿)

 ここがアートのためのスペースとして使われ始めて十数年になるそうだ。最初は宮川敬一、鈴木淳などアーティストの共同スタジオとして機能していたが、しだいにアート・プロジェクトの拠点となり、2009年以来、展示やパフォーマンス、シンポジウムや会議も開かれるオルタナティブなスペースとして再生した。アーティストとキュレーターやマネジメントに携わるものも加わり、複数のメンバーでかわるがわる企画を立てていく組織に変わってきた。こうした新しい運営形態を記念してこの7月には「Rebirth GION Hachimanyu」と題し、メンバー全員がかかわるプロジェクトを開催した。プロジェクトの主眼は地域との連携、さらに地域から地域への連携にある。というのも、この八万湯には祇園町銀天街という懐かしげなアーケード商店街が近接してあり、初期の頃、その商店街一帯を会場とした地域のアート・プロジェクトが宮川などによって実施されたことがあったからだ。地域の人々の記憶にも残るというその展覧会では、おそらく住民とアーティスト、来場者の幸福な関係が築かれていたに違いない。そこで二匹目のドジョウではないが、十数年を経て再び祇園町銀天街を舞台に、八万湯と地域をつなぐプロジェクトが実現することになったわけ。

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宮田君平 パフォーマンス「Tape-Cut」
展覧会のオープニング・セレモニーとして、商店街の方に参加いただいてテープカットのパフォーマンスを行った。形式的なイベントであるにもかかわらず、その起源などの認識は一般的にあいまいで、その特別感だけが一 人歩きしている。それに対するパロディでもあるが、商店街の参加者には通常のテープカットでは込められない個人的な想いを「封切り」するイベントとして臨んでもらった。パフォーマンスの様子は多くのフラッシュとともにカメラにおさめられ、その場で写真にプリントされ、額装されて商店街に飾られた。(写真:魚住耕司)

 今回の企画の特徴は、「八万湯プロジェクト」のメンバーが中心となること、作品を発表しないメンバーは、キュレーターとなり外部のアーティストを招きゲスト・アーティストとして参加してもらうこと、シンポジウムを開いて、先に挙げた八万湯の活動と地域、またその他の地域との連携について討議する機会を持つことなどである。ゲスト・アーティストやゲスト・スピーカーは、福岡や山口など北九州近隣の地域から招き、3日間だけどいわばミニ・アート車座北九州版といった盛り上がりをみせるプロジェクトとなった。

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シンポジウム会場(写真:魚住耕司) 福地英臣「飯を食うために働くアーティストシリーズ『至福論』」(インクジェット・プリント、紙、接着テープ)
労働量の割にはみあった収入を得られないアニメーション作家のプロテストとして、完成に至らない制作途上の形態を作品とし たもの。福地はアニメーション作家ではないが、アートだけでは生活を満たせないアーティストの現状をここではシミュレートしている。(写真:戸島善寛)

 こんなふうに小規模地域プロジェクトの継続と連携が積み重なれば、大資本が背景になくてもどこにもない魅力をもった新しいアートの磁場が現れてくるかもと、地域にささやかな期待を寄せているところである。(写真はすべて「Rebirth GION Hachimanyu」展示会場から)

(2011年8月23日)

今後の予定

Operation Table企画第2弾の準備。「八万湯プロジェクト」の当番企画。「創を考える会・北九州」主催の「街じゅうアートin北九州 2012」への企画協力。10月には東京芸術大学で講義の予定。

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バトンタッチメッセージ

綾子さん、最近2度も九州で会っているので、お元気なのはわかっていますが、あいかわらず忙しく飛び回ってますね! 私が青森にいた頃は、青森にちょくちょく来ていただいたし、ちょうど青森は新しい施設のオープンが続いて、美術関係者が続々青森を訪れる頃でした。そして私はといえば、展覧会を求めて北陸へいくにも関西へ行くにもまず名古屋に寄って綾子車に乗っかってドライブという経験がしばしば。まだまだこういうアートのツアーを一緒に続けていきたいと思っています。よろしく。
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