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無題

 一昨年にARCUS Projectのディレクターを辞職し、滋賀県は湖西の山中にある椋川という集落に引っ越しました。そこで有機・無農薬で米をつくっています。こういうと少しかっこいいですが、実際はいろいろな機械や農薬を使わなければならないほどプロではないだけです。できた米も基本的には自分で食べるのでおいしい方がいいし。今はちょうど田植えが終わり、田車というスコップに歯車がついたような農具で除草作業をしているところです。昨年は最後の最後で、はさ掛けに若干失敗し、悔しい思いをしたので今年はもっとおいしい米を作りたいところです。

 家は、離れを一軒借りたのですが、改修が必要でなかなか進んでいません。今は、おいしい有機野菜を作っているM君と、山羊を飼ってチーズを作っているN君が住んでいる家に間借りさせてもらっています。毎日新鮮な発見があり、ありきたりなことをいいますが、自然とともに暮らすのはいいものです。

 今までずっと都会に暮らしてきて、自分の生活スタイルの中に、朝はとりあえずぐだぐだするとか、古本屋にぷらっと行くとか、話題の映画を見に行くとか、コンビニで新商品のおやつを買ってしまうとか、お腹が空いたらそのへんのラーメン屋に入るとか、眠くなるまでインターネットに没頭するとか、さまざまな情報と人間関係の中で自分がなすべきこととなすべきではないことを計測するとか、俺は人とは違うんだぞということをさりげなく示すマナーを模索するとか、おもしろくないものやどうでもいいことに悪態をつきつつ、批判してもしょうがないからなんとかポジティヴなことだけやろうとするとか、まあでも思うようにいかずに結局毎朝ぐだぐだするとかが定着していたわけですが、そういったことの諸々が物理的にできないようになると、これまたありきたりなことをいいますが、さまざまな別の豊かさに気づかされます。生きるためのスタイルではなく、生存するための技術の方が圧倒的に必要になります。今僕がしているのは、自分自身の生存の様式を、もう一度ゼロから構築し直すようなことで、もちろんできないことだらけでシビアなのですが、都会の方から見ると単にのんびりしているだけなのかもしれません。思うに以前は、いろいろと「嫌な」ことが多かったのですが、最近は「きつい」ことの方が多いです。肉体的に。ただ、精神的には全然嫌じゃない。

 アートの仕事としては、京都市の若手芸術家サポートプログラムのディレクションをしています。Higashiyama Artists Placement Service、略してHAPSという名称で来年度から本格的にスタートする予定です。今年の秋冬頃からぼちぼち活動を始めますので、名前を聞くこともあるかと思います。皆さまにご参加・ご協力いただければ幸いです。アーティストの「活動」や「実践」それ自体を、公共性のあるものとしてサポートするとはどういうことなのか、という点がハードコアになると思っています。とりあえず今言えることは「アーティストは、みんな京都に来てください」ということです。いろいろなことをしようと思っています。

 それから京都市内で勉強会もしています。もともと東京芸術大学の音楽環境創造学科で行っていた「時空藝術研究会」というものがあるのですが、その延長線上でアートと社会運動の接点をめぐる理論書を読んでいます。勉強会の名前はPICASOMです。Social Kitchenというすてきな場所でさせてもらっていて、毎回いろいろな方が来るので楽しいです。勉強会という地味な行為は、実はこれまでいろいろな仕方で社会に大きく作用してきたと思うのですが、どうでしょう。

 つまるところ、とてもローで地味な毎日を過ごしています。そこからもう一度アートについて考えたいのです。今ある現代美術とそのシステムについて僕はいろいろと悩むことがあり、その悩みの一部は東京オペラシティアートギャラリーで僕がキュレーションした展覧会「曽根裕展:Perfect Moment」で解消されたのですが、それでも残った悩みがかなり手強く、どこかに秘密の抜け穴のようなものがあるはずだと、ぐるぐる首をまわして探しているような日々です。田んぼの真ん中で雑草を抜いたりすることがそこに繋がるのかどうか、はっきりいって確信はありませんが、労働を通して僕なりのキュレーションの方向性と方法論をもう一度再構築したいのです。なにナイーヴなこと言ってんだこいつ、って思うでしょ。実は僕も7割くらいはそう思ってるよ。でも残りの3割は強力だぜ、と少しぐらいの仕事ができてそいつに腰をかけてるような方々には申し上げたい。ともあれ日々生きています。自然の力線と言葉の縁の間くらいで。

(2011年6月28日)

今後の予定

米作り、家の改修、小型自動二輪免許の取得、勉強会の継続、HAPSの発足、アメリカ、メキシコ、オーストラリア、インドネシア、フィリピン、イタリア、スイスに出張、8月は横浜で会議に出席、12月は女子美術大学で講義。

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次回執筆者

バトンタッチメッセージ

白川さん、お元気ですか。最近刊行なさった『西洋美術史を解体する』拝読しました。感想はまたお会いしたときに。僕が思うに白川さんは、美術史的思考と社会学的分析を地域の生活を通して総合していくという実践をなさっているのですが、それをいつも遠くから眺めつつ、このおじさんやっぱり変! と常々思っています。よい意味で。今バイクの免許をとっています。時間だけはたくさんあるので、また前橋まで遊びにいきますね。
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