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彫刻の庭園美術館への誘い

 ニューヨークに住んでいる楽しさの一つは、一流のアートに接することができるということです。マンハッタンにある私の好きな美術館は、世界3大美術館の一つのメトロポリタン美術館、その別館でマンハッタン北上の森の中にあるクロイスターズ、日本人建築家谷口吉生氏が改装したMoMA、コンテンポラリー・デザインを紹介しているミュージアム・オブ・アーツ・アンド・デザイン、そして石炭ビジネスで財産を築いたヘンリー・フリック氏の邸宅を美術館にしたフリック・コレクションなどです。

 今回、ご紹介したいのは、マンハッタンではなく、隣のニュージャージー州にある彫刻の庭園美術館「グランズ・フォー・スカルプチャー(Grounds For Sculpture)」です。

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 この美術館はマンハッタンから車で1時間半くらいのトレントンという街にあります。この庭園は1992年に有名な彫刻家のSeward Johnsonが現代彫刻を広めるために開設しました。スワード・ジョンソンはあの有名な米国の大企業ジョンソン&ジョンソンの創設者の孫で、世界の街角にブロンズで等身大のリアルな人間像を設置している彫刻家です。
 トレントンに着いて、まずびっくりするのはその街の道路の両側にすでにたくさんの巨大な彫刻が設置され、訪れる人を歓迎していることです。
 そしていよいよ35エーカーの広大なグランズ・フォー・スカルプチャーに到着です。今回、一諸に行ったのは友人のスーザン・デニスさんとピーター・ラングさん、マーク・バーナードさん。スーザンさんはテキスタイル会社をリタイアしたばかりのアートが大好きな女性です。ピーターさんはヨーコ・オノの別荘のインテリアも手掛けたインテリア・デザイナーです。そしてマークさんは彫刻、絵画、ダンス、アンティークコレクションなどさまざまなアート分野で活躍してきた80歳の元気な紳士です。
 まず私たちが訪れたのは、ガラス張りの企画展示会場で、米国の彫刻家、デボラ・バターフィールドの馬の彫刻展が行われていました。

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 彼女はブロンズや木で馬を作るので有名です。

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 静かに佇む馬、寝そべる馬などを見ていると馬の躍動感ではなく、とても静謐な雰囲気が漂っています。
 「私のアートは明確なムーブメントを表現しているのではありません。私の馬はとても静かです。なぜなら、本当の馬は私が作ろうとする馬よりもずっと激しい動きをするからです。私がつくるのは、内面化した動きです。ですから絵画的ともいえます。ボディの内面を表現しているのです」
 このアーティストの言葉に私はとても共感します。なぜなら、アートはまず、自然を模倣しますが、神が創造した自然に打ち勝つアートを創造するには、自然をそのまま描写しただけではだめだと思うからです。アーティスト独自の解釈がどれだけ表現されているかが重要だと思います。デボラ・バターフィールドのブロンズを腐った木のようなテクスチャーに仕上げる技術もすごいですが、いままで見たこともない馬の表情とポーズをアーティスト独自の感性で表現しているところがすばらしいと思いました。この空間に佇む馬たちを見ていて、アーティストの静かな叫びが聞こえたような気がしました。
 馬たちに別れを告げて、私たちは彫刻の庭へと向かいました。外に出た瞬間から私は期待で胸が膨らみました。箱根にある「彫刻の森美術館」も好きですが、このグランズ・フォー・スカルプチャーは自然の中に彫刻を配置するだけではないさまざまな工夫が凝らされているのです。
 自然の森を開拓して、まるで、その彫刻のためだけにデザインされたかのように木々がバランスよく配置されているのです。

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 ツリーツアーも楽しめるようになっています。ヒノキ、竹、柳、ススキ、ニレ、パイン、樫の木などなどさまざまな木が78種あり、それぞれがとても美しくまるで彫刻のようにデザインされ、絶妙に配置されているのです。

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 こんなに木々が美しく、彫刻とハーモニーを奏でていることに感動します。さらに美しいクジャクがまるで動く彫刻のように優雅に散歩しています。

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 それでは、この美術館の開設者であり彫刻家のスワード・ジョンソンの作品をみていきましょう。彼の作品はヨーロッパの名画を彩色したブロンズ彫刻で再構成しています。2次元の絵画を3次元の彫刻の世界で表現しているので、絵には描かれていない部分も彼の想像力で作成しているのです。
 森の小道を歩いて行くと突然、クリノリン・スタイルのドレスを着た女性が現れてびっくりしますが、これはモネの「Women in the garden at Ville d'Avray」を再現した彫刻です。彫刻の周りをぐるりと回りドレスの全体像を見ることができます。

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 しばらく行くと、今度は「Were You Invited ?」という看板が見えました。「私たちは招待されているのかしら?」と思いながら森の中を進んでいくと、突然、大勢の人がランチをしているテーブルが出現しました。

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 これはルノアールの「Luncheon of Boating Party」という絵を再現したものです。なんだか、賑やかな声やグラスの音までが聞こえてきそうです。
 池のそばにはルノアールの「The Rower's Lunch」の彫刻があります。左から二人目は友人のマークさんで、彫刻ではありません。こんな風に彫刻に参加できるのもこの庭園の魅力です。

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 マネの「Argenteuil」という絵のボートマンは女性のスカートに手を入れてお尻を触っているのです! 絵では決して描かれることのない部分でこれはスワード・ジョンソンのユーモアです。右側は友人のスーザンさんです。もしかすると彼女も本当はボートマンのお尻を触りたかったのかもしれません。

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 さらに、他のアーティストのユーモアのセンスにも驚かされます。木々に囲まれた池に湯けむりが立っています。よく見ると女性が沐浴をしているのです。

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 ヌード彫刻を楽しみながら、歩いて行くと、男性の後ろ姿が見えました。

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 なにをしているのだろうと近づいてみると、男性が女性の下着を手にうれしそうに空を見上げています。

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 そして私もつられて空を見上げるとなんと女性が全裸でブランコに乗っているではありませんか。

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 さらに小高い丘の上に全裸の女性が5人踊っているのが見えました。そうあの有名なマティスの「ダンス」です。そして近づくと男性が輪の中で、寝そべって女性たちを眺めているのです。

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 このマティスの「ダンス」の彫刻を見て、とても驚いたのです。実は私はいま、『あなたを待ちながら』という恋愛小説を書いているのですが、その小説の中にこの絵が出てくるのです。主人公の女性が好きになる画家がよく見る夢がマティスのダンスの絵のように、裸の女性が踊っている輪の中で少年が目隠しをして泣いているというシーンなのです。その章を書き終えた直後にこの彫刻に出会ったので、とても驚いたのです。自分が書いたことが目の前に彫刻として現れたのですから。でも私の小説では目を隠した少年ですが、この彫刻は大人の男性がうれしそうに目を大きく開けていました。これは普遍的な男性の願望を表現しているのでしょうか。
 スーザンさんは「ハッピー・サブライズ~楽しい驚きの連続ですばらしいところ」と興奮していました。ピーターさんは「木や池など素晴らしいランドスケープとアートが融合しているところがここの魅力です。アートとはシリアスであるだけでなく、ほほ笑みを誘うような楽しさも大切だと思うので、ここは僕の大好きな美術館です」と語ってくれました。

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 「人々の認識を変え、自分自身をも笑ってしまうようにアートを作成している」というスワード・ジョンソンの思惑に私たちはまんまと乗せられてしまったのです。そして春になったら再び訪れてみたいと思いました。彫刻のような木々がきっと秋とは違う表情をしていることでしょう。

(2010年11月20日)

今後の予定

『私をみつけて』の続編の恋愛小説『あなたを待ちながら』を執筆中。またこの小説に関連して、ラブソングを作詞作曲。その中の1曲を米国のシンガー、アユミ・ペリーさんが歌ってくれたので、この歌を日米でプロモートをしています。

おすすめ!

歌手・アユミ・ペリーさん
私の歌を歌ってくれたアユミ・ペリーさんは日米ハーフの23歳のチャーミングな女性。彼女の歌唱力は半端ではありません。私の歌はまだ公開されていませんが、ぜひ、彼女の歌声を聴いていください。

アーティスト・ケイコ・ネルソンさん
サンフランシスコ在住の日本人アーティスト。彼女のオーガニックなアートは見てそして触れてください。とても癒されます。

写真家・ハビア・ゴメスさん
ハビアさんは“アーバン”、“アブストラクト”、“ランドスケープ”、“コンシャスネス”という4つのカテゴリーで写真を撮っています。どの写真もパワフルで同時にとてもピースフルで、見ていて幸せな気持ちになります。

チェリスト・クリスティーヌ・ワレフスカさん
チェリストの女王といわれている彼女の演奏を初めて聴いたとき涙が止まりませんでした。35年ぶりの2010年5月の日本での演奏をとても楽しんだとのこと。また日本公演が実現しますように。

彫刻家・アン・フロマンさん
ファッションデザイナーだったアンさんの彫刻はとてもファッションナブルで、女性の感性に溢れています。迫力がありながらもとてもエレガントな彫刻です。

翻訳家・山川美千枝さん
映画が好きな人ならぜひ、この日本語サイトへ。映画で使われている英語を紹介しているので、英語の勉強にもなります。

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

海老原嘉子さんへ

もう何年も前、日本版『マリー・クレール』で“ニューヨークで活躍する日本女性”の取材で登場してもらってからのお付き合いです。海老原さんは当時ソーホーに「ギャラリー91」を経営しており、ニューヨークの若手アーティストをたくさん育てました。現在もMAD(ミュージアム・オブ・アーツ・アンド・デザイン)のボードメンバーを務めながら、日本のコンテンポラリー・デザインを米国で普及する活動をしています。アート分野で日米の懸け橋として今後もますますのご活躍を期待しています。
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