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アーツカウンシル東京のこと

アーツカウンシル東京まで

 リレーコラムを山口さんからバトンタッチしました、アーツカウンシル東京の石綿です。山口さんのグローバルな活躍、教養の深さ、芸術に対する熱い思いには、いつも敬服しております。
 アーツカウンシル東京が正式発足してやっと1年。1年半前に東京都のアーツカウンシルのプログラム・ディレクターにどうかというお話をいただき、「カウンシル」と聞けば、「スタイル・カウンシル」をまず思い浮かべてしまう程度の認識しかないまま、こんな私でも何かお役に立つのであればとお引き受けしました。かつて株式会社社会工学研究所というシンクタンクで文化政策、アーツ・マネジメントに関わり、その後、広告代理店でアートとはちょっと距離を置き、マーケティング、トレンド分析やメディア研究に携わっていました。芸術の世界とコマーシャルな広告の世界は似て非なるもの、ただ、"イメージ"や"メッセージ"をどう効果的に人々の心に伝え、深く心に刻むか、という点では同じだと感じ、漠然と文化政策的な発想とマーケティング的な発想が組み合うとどうなるかといったことも考えていました。そのなか、純粋な制作現場でもなく、かといって行政一辺倒でもない、「アーツカウンシル」という組織には、何か今までのキャリアで貢献できるかもしれないと思ったわけです。
 ところが、さまざまな方から「日本で初めてなんだから」、「日本におけるアーツカウンシルのプロトタイプにならなくてはいけない」、「失敗したら大変なことになる」、等々聞かされて、改めて、その重責をひっしと感じています。

アーツカウンシル東京がめざすもの

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記念すべきアーツカウンシル東京の最初の公演事業:伝統芸能見本市「春迎え」パンフレット(2013.2.6)

 アーツカウンシル東京は、トップの機構長含め現在9名の組織。公益財団法人東京都歴史文化財団の1セクションとして立ち上がりました。100%行政組織ですので、モデルとなったイギリスのアーツカウンシルとはそもそも違い、「アーツカウンシル」と言いつつ、東京都独自のあり方を模索していかなくてはなりません。
 ちなみに、「アーツカウンシル」は、国を始め大阪沖縄などいくつかの自治体でも立ち上がっています。ただ、それぞれが背景とする芸術環境や都市の課題が違い、同じ「アーツカウンシル」といっても、あり様は千差万別です。
 今の「アーツカウンシル東京」は、いわば「未成熟の脳」のようなものです。器官としては形になりましたが、どういった機能をもつかはこれからです。右脳と左脳のように、芸術活動に徹底的に向き合い支援する面と、都の行政・都市政策に向き合う面の両面をバランスよく持ちつつ、インテグレートして、新しい都市の力を創出していく、もとい、創出しやすい環境を整えサポートをするというのがミッションだと思っています。新しい都市魅力、新しい価値を生み出すのは、ここでは芸術であり、クリエイターの皆さんです。

 アーツカウンシル東京の事業は大きく分けて、助成事業、パイロット事業、企画戦略と3つの柱を中心に事業を実施しています。「東京芸術文化創造発信助成」は、さまざまな芸術団体に対する助成制度ですが、その事業を通じて、アーティストの方々やクリエイションの現場のニーズに触れ、また対話を通じて、芸術の現場と行政をつなげていきたいと思っています。パイロット事業では、観客創造や観光・地域振興と芸術といった、芸術の、都市における新しい価値・魅力を探るプログラムを展開しています。そして、企画戦略では、芸術創造のインフラ整備として、情報収集や調査研究、また国内外各所とのネットワーク事業を展開していきます。この3つの事業それぞれがうまくリンクし、効果的な芸術活動支援になっていけばと、現在鋭意プログラムを立ち上げている途上です。

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芸術の普遍的な価値・未知数に賭ける

 かつて、「死」をリアルに意識した体験があります。自分の生きてきた意味はなんだったんだろうと、とりあえず人生を振り返ってみました。結果、おもしろい仕事も結構してきた、でもそれは過去の事実以上でも以下でもないなあと寂しい思いをしたのですが、その時、ふと関わっていたアートプロジェクトのことに思い至ったとき、不思議にとても安堵したのです―自分が関わってきたことが、予想もつかない広がりをもって未来につながっていくという確信をもって。アートのおもしろさの一つは、それが未知数だからだと--計算された思考の延長ではなく、突然現れる新しい普遍的な価値、それが社会や人々の創造力を掻き立て刺激となって、進化していく--そんな現場に立ち会っていることを、とてもうれしく感じました。
 東京都という巨大行政組織が「アーツカウンシル」という新しい組織を立ち上げた、それは英断だったと思います。長い時間をかけた関係者の方々のご尽力もありました。さらに、2020年のオリンピック東京開催が決定し、今後7年間、東京都の政策はこの大目標に向かってドラスティックに変わっていくでしょう。ロンドンオリンピックからの「オリンピックはスポーツと文化の祭典である」というレガシーを受けて、アーツカウンシル東京としても、この7年間どうこの一大事業に寄り添っていくのか、ビジョンを組み立てていかなくてはいけません。さまざまなクリエイションの新しい価値を生み出す環境をどうサポートし、拡大し、そして行政とどうつなげて新しい都市のパワーを発揮させることができるのか。既存の制度上・慣習上の障壁は多く、ともすれば、型にはまりがちな部分もありますが、そこをなんとか、さまざまな方々からのお知恵を拝借して、新しい組織としての機能をしっかりと確立していきたいと思っております。

(2013年9月27日)

今後の予定

■10月:“東京TRAD”

■2月:シンポジウム開催予定

■随時:助成事業

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次回執筆者

バトンタッチメッセージ

茂手木先生との出会いは、もう20年以上前、アサヒビール株式会社さんのレクチャーコンサート「音を開く」の企画制作をご一緒させていただいた頃にさかのぼります。声明、土鈴など昔のおもちゃの楽器のコンサート、そして先生のライフ・ワークでもある杜氏さんたちの仕事唄「酒造りの唄」のコンサートと、どれも今までにない構成で、最後の最後までああしようこうしようと妥協せずつくり上げたステージでした。それは大変でしたが、先生の伝統音楽に対する見識と情熱そして純粋さに、大変深い感銘を受けました。今回、「アーツカウンシル東京」として最初の大きな事業となった伝統芸能見本市「春迎え」の企画制作にご尽力いただき、大変すばらしいスタートを切ることができ、本当に感謝しております。先生の無欲で純粋で情熱的な芸術に対する姿勢は、いつもアートマネジメントの一番大切なものを教えてくれます。
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