アーティストの価値を高め、アートと人々の多様な接点を作り出す「MEET YOUR ART」
アートの現場レポート!企業編
企業の中にもたくさんのアートの現場が存在します。ここでは企業が行うメセナ活動(芸術文化振興による豊かな社会創造)の現場へ足を運び、担当者の方へお話をうかがう取材レポートをご紹介します。アートを通して企業のさまざまな顔が見えてくると同時に、社会におけるアートの可能性を見出します。
第8回はエイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社が手がけるアートプロジェクト「MEET YOUR ART」をメセナライターの平木理平さんが取材しました。
YouTubeチャンネル「MEET YOUR ART」の立ち上げからスタートした「MEET YOUR ART」は、俳優・森山未來さんのMCで、「アートと出会う」をコンセプトにさまざまな角度からアートを知ることができるコンテンツを発信。敷居の高さを感じていた現代アートへ、気軽に誰でもアプローチできることが魅力となり徐々に話題となりました。その後、国内最大級のアートとカルチャーの祭典「MEET YOUR ART FESTIVAL」やアートギャラリー&バー「WALL_alternative」、ECサイト、現代アートの企業向け定期便サービス「CONTEMPORARY」など、今ではその取り組みは多岐に渡ります。
そもそも音楽、エンターテインメント業界のエイベックスがなぜ「アート」という領域で事業を始めたのか?
同社が長年培ってきた「人の才能を最大化させる」ことをもとに、アーティストの「価値向上」や「接点拡大」と「新しくアートを好きになってくれる人たちを増やす」を軸としプロジェクトを展開。お話をうかがった代表取締役社長の加藤信介氏とMEET YOUR ART 共同代表の古後友梨氏、お二人のアートとの出会いの原体験にまで迫ります。
企業ならではの芸術文化振興のあり方とメセナの新たな可能性を見出すエイベックスの「MEET YOUR ART」!
アートを社会とどのように接合させていくか
「MEET YOUR ART」はエイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社が手がけるアートプロジェクト。「アートと出会う」をコンセプトにさまざまな角度からアートを知れるコンテンツが盛りだくさんのYouTubeチャンネル「MEET YOUR ART」や国内最大級のアートとカルチャーの祭典「MEET YOUR ART FESTIVAL」、アートギャラリー&バー「WALL_alternative」、ECサイト、現代アートの企業向け定期便サービス「CONTEMPORARY」など、このプロジェクトが展開する取り組みは多岐にわたる。
特にYouTubeチャンネルは、アートに精通しているとはいえない私にとってはとても魅力的に感じた。俳優・森山未來さんがMCとなり、これまでの現代アートの文脈を解説する動画や気鋭のアーティストが自身の作品を解説するインタビューなど、アートに興味があっても敷居の高さから踏み込めずにいた自分のような存在にとってはとても貴重で有益なコンテンツにあふれていた。
そしてそんなプロジェクトをエイベックスが手がけているということに驚きも感じていた。エイベックスと言えば、やはり「音楽」のイメージがあったからだ。
なぜアート事業に踏み出したのか。そうした疑問も湧いてきた。
「WALL_alternative」は西麻布交差点からほど近くにあるビルの中にあった。このビルの外観はとてもユニークで、西麻布エリアの中でもよく目立つ建物だ。
「この建物はバブル期にイギリスの建築家ナイジェル・コーツがデザインしたもので、もともとJ TRIP BARなどのクラブが入っていた場所なんです。WALL_alternativeが入っている空間は、建築家の萬代基介さんとともにデザインを考え、現在のような空間に仕上げました。もともとあった壁の塗装を剥がして、基礎設計を活かした空間になっています」
出迎えてくれたMEET YOUR ART 共同代表の古後友梨氏のお話を聴きながら空間を見回す。モルタルの壁や剥き出しとなった配管が全体的に無機質な印象を与えるが、2つの高さに分けられたギャラリーをつなげる、岩のような質感の階段が特別な雰囲気を漂わせる。ここでは2、3週間に1回程度の間隔で展示会が開かれている。その他にもエイベックスらしく、DJやシンガーのライブパフォーマンスなども行われているという。
インタビューでは古後氏とともに、MEET YOUR ARTの代表を務めるエイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社代表取締役社長の加藤信介氏にもお話をうかがった。
まず気になったのは、なぜエイベックスが「アート」という領域で事業を始めたのか、ということだった。
加藤:エイベックスは「人が持つ無限のクリエイティビティを信じ、多様な才能とともに世界に感動を届ける」ことをビジョンに掲げている会社です。根源にあるのは人の才能を最大化させることなので、もちろん音楽は僕らのアイデンティティとしてありますが、音楽領域に限った企業ではないということがまず前提としてあります。
そしてアートは音楽と隣接している文化だと思いますし、歴史を紐解いても密接なつながりがあります。ただ音楽とアートは文化的に近しい関係にあるといっても、業界の構造には明確な違いがあります。
エイベックスという会社に属していて思うことは、音楽は発信する場所が多様にあるということ。全国にライブハウスがあるし、フェスもたくさんある。雑誌、テレビ、Web、YouTube、SNSなど多様なメディアに恵まれていて、インディーズの子でさえ世界配信ができる。そのように人の才能を最大化する機会に“恵まれている”といえる音楽業界と比較すると、アート業界は新しい才能に出会える場や活動を発信できる場が限定的だと感じましたし、アーティストのマネタイズポイントも限られている印象を受けました。才能ある人たちが、創作活動に専念できなかったり、場合によっては途中で辞めてしまうこともある現状があって、それは日本や世界の文化芸術の将来を考えた時にとても大きな損失だと思ったんです。
僕らが音楽業界で培ってきたことやエイベックスの持つ強みを活かして、アートという領域、特に若手や中堅のアーティストのエンパワーメントができないかと考えて、MEET YOUR ARTを立ち上げました。
古後:「アートを社会とどういうふうに接合させていくか」を提案するプレイヤーがすごく少ない印象がありました。アートの本質をしっかり伝えながらも、いろいろな手段やツールを使って見せ方を工夫したり、もっとインプレッションや社会的価値に換算できる必要があるなと私自身感じていました。
そうしてMEET YOUR ARTのメインプロジェクトとしてまず立ち上げたのが、YouTubeチャンネルだった。アートと人々との橋渡しとなる役割にメディアとしてYouTubeを選んだのにはどのような理由があったのだろうか。
古後:「ハードルを落とす」というのは一つ重要なポイントでした。やはりYouTubeは誰でもいつでもどこでもアクセスできるメディアなので、そういった特性の媒体でアートを紹介するのは、一般の方にまでアートを広げていくうえでとても効果的だと思いました。
加藤:テキストメディアも魅力的ですが、アーティストがどのような思いで活動して、どういう意図で作品を作っているのかをちゃんと深堀りして見せるということをやりたかったので、動画という形態を選びました。
加えて、YouTubeの方がいろいろな縛りがなく、自由に僕らがつくりたい世界観を表現できると思ったんです。YouTubeだと容易にアーカイブ化できるのも大きなメリットでした。
冒頭でも述べたように、現在MEET YOUR ARTはYouTubeだけにとどまらず、多角的なプロジェクトを展開している。しかしどの取り組みにも一貫した軸があると加藤氏は語る。
加藤:基本的にどのプロジェクトにも通底しているのは、最初にいったようにアーティストの「価値向上」や「接点拡大」です。大前提として、MEET YOUR ARTで取り上げるのは、僕らが自信を持ってご紹介できるアーティストでありアート作品ですが、そのうえでいかにその人の活動を伝えることを最大化できるか、僕らと一緒に何かやったことでそのアーティストのキャリアが開いていくような発射台のような存在になれるかということを、アーティストに対して提供できるかがまず大事な軸としてあります。
そして僕らがもう一つプロジェクトの軸に据えているのは「新しくアートを好きになってくれる人たちを増やす」ということです。アートを好きになってくれる可能性のある潜在層に対して、アートのハードルを下げ、偶発的な接点を構築し、アート好きを増やしていく。
この2軸をすべてのプロジェクトで大事にしています。現在MEET YOUR ARTの展開はいい意味で複合的になり始めていますが、それらすべてにこの両軸があります。
MEET YOUR ART FESTIVALの成功が風向きを変えた
しかし定まるべき軸がありながらも、やはりエイベックスという会社は音楽事業がメインという印象がある。アートは音楽と親和性がある文化ながらも、やはりこれまで慣れ親しんだ場所とはいえないところから事業を始めるのは相当なハードルがあったのではないだろうか。
古後:新しい分野に挑戦する時に参入障壁というのは当然生じるものです。ただ、私たちの強みは、まずYouTubeチャンネルがあることだと思っています。そこで現代アートに関する情報発信をし、アート業界をエンパワメントしながら、新たなファンとの接点もつくっていくやり方が確立できたことで、アーティストやアート業界の方々にも受け入れられ、いろいろな場面でポジティブに協力してもらえる関係が構築されていったと思います。
特にチャンネル開設から1年半後の2022年春に初めて開催したアートフェスティバル「MEET YOUR ART FESTIVAL 2022 ‘New Soil’」は大きなターニングポイントでした。そこで大きな成功を収めたことで風向きも変わっていったと感じています。
加藤:確かに最初のMEET YOUR ART FESTIVALは大きな出来事でした。一気に仲間が増えたのはあのタイミングでしたね。MEET YOUR ARTのチーム内ではそれまでも自分たちの事業に自信を持って進めていましたが、フェスをやったことでエイベックス社内の人間や、僕らが想像していなかった第三者の人々にまで、このプロジェクトに強い興味を持ってもらえるようになりました。
社内外からの目線が一気に変わり、周りと連携してプロジェクトを発展させていけるかもしれないという手応えを感じたのはフェスティバルが終わった後でしたね。今ではMEET YOUR ART FESTIVALは東京都との共催となっていますが、そうした官民含めた取り組みをダイナミックに今後仕掛けていけそうな可能性を感じられたのは、このプロジェクトの持続可能性を問う意味でもとても大きかったです。
MEET YOUR ART FESTIVALの大きな特徴である、作品を鑑賞できる「アートエキシビション」と作品を購入できる「アートフェア」が同居するイベントの形態は当時の国内ではほとんど前例がなく、「業界からは不安視する声もいただいたりもした」と古後氏は振り返る。しかし2022年に恵比寿ガーデンプレイスで開いた一回目のフェスが成功を収めたことにより、翌年の2023年には天王洲運河一帯にまで開催エリアを広げ、開催日数も3日間から4日間に拡大した。
そしてMEET YOUR ART FESTIVALの成功は、事業拡大の可能性を大きく開いただけでなく、「MEET YOUR ART」チームの絆を強固にする意味でも大きな役割を果たした。
古後:YouTubeを始める時から私たちの活動を支えてくれていた外部のパートナーの方たちも、実際にフェスティバルを開催するまではいろいろ不安に思っていた部分もあったと思うのですが、実際にフェスが大盛況で終わったことで、多くの人が「このフェスティバルにかかわれてよかった」といってくれたのがとても印象に残っています。チーム全体が、本当の意味で仲間になることができた瞬間でした。
エイベックスだからこそ培われた価値観
エイベックスにとってはまだまだ未開拓だったアート事業を、先頭に立って引っ張っている加藤氏と古後氏。今のアート事業に通じる二人の原体験についても訊ねた。
2018年にエイベックス・グループの新規事業開発の責任者を務めるようになった加藤氏。そこからしばらくして立ち上げたのが今のMEET YOUR ARTに通じるアート事業だったということだが、もともと加藤氏はアートに詳しいわけではなかったという。
加藤:以前の自分は、アートに興味はあるものの表面的なことしか知らず、いまいちアートの世界に踏み込めずにいました。
アートとの距離感が変わったのは、あるギャラリーにたまたま連れて行かれたことがきっかけでした。そこのギャラリーオーナーにアーティストと作品を一つひとつていねいに説明してもらったんです。そもそもギャラリーって気軽に入ってもいいのかどうかも当時はわからなかったのですが、そのオーナーさんがとてもわかりやすく作品を説明してくれたおかげで、アートが“わかる”感覚を得られたんです。
それが自分のアートとの原体験となって、アーティストがどんな思いで作品をつくっているのかをメディアで掘り下げて発信し、さらにECサイトも隣接することで直接手に取ってもらえる可能性が生まれてくる、という現在のMEET YOUR ARTにつながっていきました。
もともとはアートの知識がなかったところから、アートとの幸福な出会いをきっかけに新規事業を立ち上げるまでに至った加藤氏。そんな加藤氏とは対照的に、音楽一家で育った古後氏は幼少期から文化芸術やアーティストという存在がまず身近にあった。しかし、自分の今のキャリアに最も大きな影響を与えたのは学生時代に主宰していた団体活動だったと語る。
古後:台湾にもルーツがあり学生時代に「文化芸術で台湾と日本をつなぐ」ことを目的としたイベント団体を立ち上げ活動していました。アートや音楽をはじめとした文化芸術であれば、言葉を介さずとも一緒に感動を分かち合えますよね。そんな思いからいろいろなイベントを開いたりして精力的に活動をしていたのですが、若いアーティストやアーティストを目指す同世代の学生と関わる中で「この人たちがアーティストとして表現をし続け、生活を成り立たせるにはどうしたらいいんだろう?」という課題に直面した時がありました。「彼らの作品がずっと売れ続ければいいのか?」「この作品が100万円だと、どういうふうに価値づけられるんだろう?」とか、そういった疑問が頭の中に浮かびました。そうした課題に悩んでいる時にエイベックスの人事の方と出会い、「人の才能を最大化させる」ことを事業にしてきた会社なら解決策も見つけられるかもしれないと考え、エイベックスに入社しました。
アートとの出会い・かかわり方は対照的な2人だが、だからこそMEET YOUR ARTは現在のように多様な展開が実現できているといえるのかもしれない。
肩書きとしては加藤氏が「代表取締役社長」、古後氏が「取締役役員付MEET YOUR ART 共同代表」となっているが、MEET YOUR ARTにおいて二人の立場にどちらが「上」ということはないという。あえて二人の間には明確な分担を決めずに、加藤氏と古後氏、そしてチーム全体で議論を重ねて意思決定をしていく。
古後:小さなことから大きなことまで、加藤と私はずっと議論を重ねながら一緒に意思決定をしています。二人とも得意なことはそれぞれ少し異なるので、プロジェクトごとでどちらかがサポートに回るということもあります。そうした柔軟な体制が構築できているのは、加藤の考え方が大きいですね。
加藤:まず最初に「アート事業立ち上げ」というフレームだけあって、そこに誰かをアサインして組織をつくるやり方では、今のMEET YOUR ARTと同じにはならなかったと思います。最初のフェーズでは、その事業に対して濃密な思い入れがある人間がドライブをかけていくというのが事業開発のあるべき姿だと思っています。そうしていく必要があるなかで、今の組織のサイズ感で僕と古後の役割を明確に分担するのは本質的ではないです。
ただ今後事業を拡大していった時にはよい意味で役割分担ができる可能性があるかもしれません。
日本ではえてして組織の縛りが強く、担当ポジションも明確に割り当てられる風潮があるが、MEET YOUR ARTはそうではない。役割に囚われない代表二人によるその柔軟な体制が、MEET YOUR ARTの成長を支えていると言えそうだ。
しかし、加藤氏はまた別の視点からMEET YOUR ARTの成長の原動力を語る。加藤氏と古後氏、この二人の存在だけがプロジェクトの大きなドライバーになっているのではなく、エイベックスという会社のカルチャーもまたこのプロジェクトの発展の欠かせないものだったという。
加藤:「大きくコトを起こすこと」と「コンテンツやアーティストに愛を持つこと」。このどちらか“だけ”であれば、できる人はいると思うんです。しかし、両方の意識を持っている人や組織はなかなか存在しません。
MEET YOUR ARTで僕や古後がその両方をやり遂げてこられているのは、エイベックスのようなエンターテインメント会社で働いてきたからだと思うんです。僕らはアーティストをリスペクトしてアーティストとちゃんと向き合うことを大事にしたいと思っていると同時に、一方でエンターテインメントなんだからお客さんに楽しんでもらわなければダメ、という価値観が身についている。
その両軸で物事を考えるというのは、アーティストやコンテンツを扱ううえではとても大事なことだと思います。その価値観がMEET YOUR ART FESTIVALのような大きな取り組みのときにも、自然と僕や古後といったドライバーに身についているのは、エイベックスという会社ならではの良さだと思いますね。
古後:人を大事にする会社というのは加藤の話でも伝わったと思うんですけど、エイベックスは自分たちの事業をやっているプレイヤー(社員)に対する信頼もすごくある会社だと思っています。私たちがアートの可能性を信じ、事業拡大していきたいと思っていることに対しての信頼を感じるというか……。
もちろん事業ですから数字的なKPIに追われることもありますが、大前提として私たちが情熱を持ってこの事業をやれているかを会社は見てくれていると感じていて、そこは本当にエイベックスだからこその部分であり、MEET YOUR ARTが大規模に展開できている根源だと思っています。
加藤:やはり我々は事業者としてMEET YOUR ARTを絶対持続可能なものにしないといけないと思っています。そうじゃないと次に続く企業も出てこないと思いますし、市場としての本質的な活性化は望めません。
ただもともと人やコンテンツを扱っている会社だから、領域が音楽であれアートであろうと、数字では測れない定性的なところに対するリスペクトがエイベックスにはあります。もしかしたら他の会社のビズデブだったらMEET YOUR ARTも途中で終わっていた可能性がありますが、ここまで続けてこられたのは、そうしたエイベックスの価値観に依るものがとても大きかったと思いますね。
まだ「ホップ」の段階
今年も10月11日 - 14日の4日間、東京・天王洲運河での開催が決まっているMEET YOUR ART FESTIVAL。YouTubeチャンネルもミュージシャンとして活躍する一方でアートに対しても強い想いを持つ片寄涼太(GENERATIONS)を起用した企画が始まるなど、さらに精力的に新規性と多様性のあるコンテンツを提供し続けている。
そして今年6月には新たな試みとして、プレミアムジンブランド「ボンベイ・サファイア」とのコラボレーション企画「5 SENSES」を始動させた。
古後:ボンベイ・サファイアのブランディングテーマ「五感」と連動して、我々が5名のアーティストを起用し、それぞれが「五感」作品を表現・展示するイベントをWALL _alternativeで開催しました。
私たちが企業とアーティストの接着剤となり、企業とのコラボレーションが生まれることによってアーティストは作品の販売による収入だけではなくて、タイアップの収入も得ることができるようになります。そして企業に対しては、アートとの施策によるプロモーションのメリットをちゃんと伝えていきたいと思っています。
今回このような取り組みができたことには手応えを感じているので、企業とアーティストをつなげるような企画はこれからも続けていきたいです。
ますますアートと人々の接点の拡大、そしてアーティストの価値向上の機会も創出する多様な取り組みを実現させているMEET YOUR ART。しかし、このプロジェクトはまだまだ発展途上の段階であると加藤氏は語る。
加藤:MEET YOUR ARTは複合的になればなるほど、アーティストに対していろいろな機会を構築できる可能性がありますし、少しずつそういったことができている手応えは感じています。ただ、MEET YOUR ARTは日本を代表するアートプロジェクトを目指しているので、「ホップ・ステップ・ジャンプ」でいえば、まだ「ホップ」の段階だと思います。
日本を代表するアートプロジェクトになれば、より事業として持続可能なものになるし、アーティストと僕らのやりたいことが叶えられる。まだそこにたどり着くまでの足がかりというか、プロセスが少しずつ見えてきた段階なんです。
現時点でも日本において唯一無二といえるような展開と規模を見せている「MEET YOUR ART」。しかし、このプロジェクトの真価はまだまだ測ることはできないのではないかと加藤氏の言葉を聞いて感じた。
もしこのプロジェクトが成長を続けていく中で、アートと人々の距離が縮まり、アートが生活の中で当たり前のものになり、そしてアーティストがもっと持続可能な職業になれば……、きっと日本という社会は豊かなものになるだろう。アートには人々の心を豊かにする力があると私は考える。
MEET YOUR ARTはメセナという枠を超えた、日本の社会を変える可能性があるプロジェクトといえるのかもしれない。そしてその原動力となっているのは、加藤氏や古後氏をはじめとする熱意を持ったドライバーであり、彼らを支えるエイベックスという会社のカルチャーなのだと感じた取材だった。
取材を終えて
お二人の話を聞いて、「両軸で考える」ことの重要性が印象に残った。
全てのプロジェクトに通底している価値観は「アーティストの価値向上」「潜在層へのアートのハードルをどう下げるか」というものだった。そしてプロジェクトの展開を意味あるものにしていたのは「アーティストをリスペクトすること」「お客さんを楽しませること」という、エイベックスというエンターテインメント会社で働いてきたからこその両軸の価値観だった
異なるベクトルを意識できる柔軟な思考は、加藤氏と古後氏の共同代表制というユニークな組織づくりにもつながっている。加藤氏と古後氏というタイプの異なる“両軸”がいることは、MEET YOUR ARTが2022年のスタート以降、安定した成長を続けてこられた理由の一つだろう。
そしてMEET YOUR ARTを持続可能な事業にしていくという熱い思いも感じた。メセナというと、採算は度外視であったり、熱意のある誰かが引っ張る属人的な事業の印象が自分にはあったが、事業としてまずは持続可能なものでなければならないという加藤氏の言葉は、これからのメセナ事業のあり方を示唆するものだと感じた。事業として持続可能なものであれば、会社の業績に関係なく安定して継続的な取り組みが見込めるし、他の企業も続こうと考えるはずだ。
本文最後にも書いたが、このプロジェクトはこのまま成長を続けていけば、日本の社会を根本から豊かにしていく可能性を秘めている。もしアートが生活の中で当たり前の存在となれば、MEET YOUR ARTは、アートを社会に供給するうえで欠かせないインフラ的存在となっているかもしれない。それはなんだか夢物語のようにも思えるかもしれないが、加藤氏と古後氏の言葉からはそんな未来も想像してしまう。
エイベックス・クリエイター・エージェンシー株式会社
取材日:2024年5月29日(水)
取材先: アートギャラリー&バー「WALL_alternative」(東京都港区西麻布4-2-4)
メセナライター:平木理平(ひらき・りへい)
1994年生まれ、静岡県出身。カルチャー誌の編集部で編集・広告営業として働いた後、フリーランスの編集・ライターとして独立。1994年度生まれの同い年にインタビューするプロジェクト「1994-1995」を個人で行っている。