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京都セッション

アートを育てる/ハートを育てる

開催日: 1997年6月6・7・8日
開催地域: 京都
会場: 京都市美術館、みやこめっせ
ジャンル: 美術
参加者数: 140人
コーディネーター: 京都市美術館 中谷至宏

本講座のコーディネーターをお引き受けするにあたり、正直なところ私の中にアートマネジメントという言葉への抵抗感があった。経済というにはあまりにパイの小さな予算の中での小さなやりくりをしている者にとって、マネジメントというかっこいい言葉はなじみにくく、逆に汗の匂いの希薄な言葉に響いていた。

講座は美術館のマネジメントに終始する結果となり、ノウ・ハウの提供やアートマネジメント全般での議論の欠如に物足りなさを感じた参加者の声も聞かれた。ただ、日本という国の中でアートを支え広めるにあたって障害となることがらは、美術館しかも公立の美術館における問題にかなり集約されるに違いないと考えている。また基本理念を中心とした議論も、「マネジメント」に対して個々の参加者が抱くイメージの多様さ、問題意識の差異をあらわにしたが、そのことが逆に本セッションの意義ともなったと思われる。

小さなやりくりとアートマネジメントの基本理念との落差、つまりは私自身の抵抗感を本セッションを通して示し、同時に解消させたいというひそかな目論見が功を奏したかどうかは計りかねるところである。だが理念の実践のための必要性と、意義ある汗のための方向を参加者、パネリストを問わず共有できたことは、それぞれの荒れ地を耕す糧となったと信じたい。

[京都市美術館学芸員 中谷至宏/98年7月]

TAM開催地のその後

「あした」を見据える「ハート」


 1997年6月、第5回目のトヨタ・アートマネジメント講座として京都セッションを実施した時、京都市美術館では、芸術祭典京・造形部門「思い出のあした」展の開催中であった。昭和天皇の大典記念という冠のもとではあったが、市民・財界の寄付で生を受けた美術館という施設をいかに真にミュージアムと呼べる施設とするかという(個人的な)プロジェクトに取り組む中で、この展覧会は、「現代美術展」という形式を取りながら、美術館建築の特性の提示、コレクションの展示と企画展の共存、加えて展示作家のマルチプル作品の販売を核としたミュージアムショップや展覧会テーマに関連した野外カフェの設置など、あるべき美術館の未来の姿のプロトタイプとして提示することを目的としていた。さらに基本的な資金調達は市の財政からの支出であるものの、すべての収支の管理や企業協力の依頼を学芸スタッフが担い、ミュージアムマネジメントを試行的に実践するものでもあった。また学芸スタッフだけではなく、事務方とも歩調を合わせて美術館の今後を展望するためにも、講座を館の業務の一部と位置づけて現今のヴィジョンを客観化する機会とすることも、もくろみの一つであった。いま思えば、美術館の事務吏員とともにパネラーへの就任依頼に赴いたり、事務方もこぞって講座を聴講していたりと、大きな夢に向けて着実な一歩を踏み出した瞬間であったと思い起こすことができる。

 しかしながら「あした」に向けて記憶を確認する機会であったはずの展覧会と講座の実践は、古きよき瞬間の「思い出」として記憶に留まるに過ぎず、残念ながらヴィジョンの実現とは程遠い現実にまみれることとなった。アートに対する熱くて粘り強い「ハート」を持った人材の結集を呼びかけることをテーマに掲げた講座ではあったが、「アート」が自動的に育つものではなく、ましてや行政の仕組みの中では、ヴィジョンの実現には個人の夢だけではなく、いかに「ハート」の結集が不可欠であるかを、皮肉にもその後の展開に教えられることになった。

 その意味で講座の方向性も独りよがり、自館よがりに過ぎたと自戒するものでもあるが、いまあらためて講座参加者の名簿を見るとき、当時は学生であった方々でその後各地の美術館等で活躍されている方も少なくなく、講座の実施がわずかなりとも「ハート」の育成に寄与するところもあったかと少し胸を撫でおろすところでもある。美術館外の美術展示事業がやかましい昨今ではあるが、それらの意味を対抗的に支えるべき美術館とそのマネジメントの質は問われ続けなければならないだろう。「ハート」の結集を呼び掛けた者として、「あした」の到来をあきらめることなく望み続けることを改めて自戒するものである。

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「公開シンポジウム」の会場風景
参加者の熱心な議論の中で、特に若い参加者に美術館問題に終始したことへの不満が率直に述べられた。
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「思い出のあした」展のエントランス
美術館の歴史と現代の表現が呼応する空間を目指した展覧会をエントランスから実感させる試み。
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出品作家のマルチプル作品の販売を中心にした会場内ショップ
展示作品と購入行為を通してつながる可能性を提示した。
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特設オープンカフェ
美術館が設立された昭和初期にちなんで、カフェの女給をイメージした和装でサービスした。
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最終日のワークショップ
松井紫朗氏のワークショップ。約400mのブルーの布地を参加者で広げ、館外や展示室を廻り、美術館の空間を体感した。

(2010年12月15日)

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