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日本のアーティスト・イン・レジデンスの課題と可能性

 前回は日本のアーティスト・イン・レジデンス(AIR)の発展についてお話ししました。とはいえ、AIRを巡る課題もまだまだ残っています。たとえば、主な支援団体である地方自治体や企業、そして助成団体の財政難や、指定管理者制度の導入といった国内の文化事業団体を悩ませている課題は、AIR事業にも大きな影響をおよぼしています。AIRという事業は、必ずしも展示や公演といった形での成果発表を問うものではなく、むしろ制作のプロセスを重視し、地域の人々と交流し、経験を共有するというレジデンスならではの特色が理解されにくい場合も往々にしてあります。したがって、定量、あるいは定数評価が求められる行政評価にはなかなかなじみにくい事業ともいえましょう。さらに大きな課題は、AIRへの助成プログラムがほとんどないことです。例えば海外では、AIRに参加するアーティストやキュレーターに対して、渡航費や滞在費を助成するプログラムがあり、事前調査に対しても助成を得ることができますが、日本ではその機会がはるかに少ないのが現状です。また、AIRを始めたいと思っておられる個人や団体も多いのですが、活動資金が課題となっている場合も多いのです。

 本来、AIRは交流が不可欠であり、AIRを運営している団体同士でアーティストの派遣と受け入れを相互に行っている場合も多いのですが、日本で海外の団体と定期的に交換できるAIRはそう多くはありません。他方、日本でのAIRへの海外からの応募数(招へいベース)はなんと平均100倍もの競争率となっています。しかしながら、受け入れ体制がなかなか整っていないため、狭き門とならざるを得ないのです。

 また、AIRを支えるマネジメント・スタッフのステイタスも不安定です。美術館と違い、必ずしもキュレーターの存在が法的に必要と定められている訳ではありません。しかし、アーティストの作品制作ばかりでなく生活面の支援、リサーチの手配、企画展示のキュレーション、報告書の編集などキュレーター以上に多岐にわたる業務をこなしているにもかかわらず、ステイタスは安定しておらず、周りからの認知度も低いように思われます。こういったレジデンス事業を支える人材の育成も急務です。

 しかし、都市と地域の間の格差が広まり、少子高齢化や中心市街地の空洞化がますます深刻になっている現在、単にアートに親しんだり、鑑賞したりといった受動的なかかわり方から、アーティストが介在することによって地域が変化するきっかけが生まれたり、あるいは市民自らが創造的な活動に参画することによって、自分に潜在するさまざまな能力や個性の可能性を発見できる、あるいは高めることができる機会が求められており、こういったニーズにこそ、AIRは最も適していると思います。

 また、アーティストたちは、1つの地域だけで活動しているのではなく、国や文化を越えての活動、あるいは国際プロジェクトなどに参加しながら、地域や社会とのかかわりの中から作品を生み出しています。さらに、アーティストやクリエーターが集まる場は、常に革新的な試みと交流が生まれ、地域に創造的な循環をもたらしています。また、異なる文化背景を持つアーティストやクリエーターたちはそこに住む住民にはなかなか気づかない、それぞれの地域の魅力や文化、そして課題を可視化してみせる能力を持っています。

 何よりも、アーティストたちにとっては、異なる文化背景での創造活動を行うことは、人間としてもアーティストとしても大きく成長するきっかけをもたらします。滞在した先で、現地の人々と交流するばかりでなく、他の国のアーティストと切磋琢磨し合い、情報や意見を交換しながら、さまざまなネットワークを広げたり、個展や別のAIRに招かれたりと次のチャンスにつながる機会になることも多いのです。ですから、アーティストを志す方々には海外のAIRにチャレンジすることをお勧めします。

 これまでアートとは平行して語られることのなかった会社経営、医学、ヘルスケア、環境問題といった分野においても、アーティストが提示する価値観や考え方が大きく注目を浴びるようになっています。AIRとは、こういったアーティストやクリエーターたちの創造の現場やプロセス、実験と試行錯誤、出会いや国際的な共同作業を支えるシステムとして、また、地域と世界をつなぎ、新たな可能性と価値観をもたらすプログラムとして、今後、ますます大きく発展する可能性を秘めていると確信しています。

(2011年7月15日)

※本シリーズは全4回の連載です。

アーティスト・イン・レジデンス入門 目次

1
アーティスト・イン・レジデンスとは
2
日本のアーティスト・イン・レジデンス
3
日本のアーティスト・イン・レジデンス(2)
―主体や分野の多様化と世界の注目
4
日本のアーティスト・イン・レジデンスの課題と可能性
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