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仕事の対価を言語化していく

平日のペイドワークとアンペイドワーク:
男性世帯主家庭において平日の無報酬の労働(アンペイドワーク)のほとんどを、正規雇用・非正規雇用・無職を問わず配偶者(女性)が担っていることが明らかになっている。 「ジェンダーから見た生活時間」佐藤香、内閣府経済社会総合研究所『ワーク・ライフ・バランス社会の実現と生産性の関係に関する研究』(平成22年度)報告書, p245

10年以上前のこと。アートにかかわる仕事をしている人たちが、「この金額しか稼げないなら、(この仕事は)女の人しかやらないよね」と話しているのが耳に入った。自らの経験でも割いた時間と労力に比べて報酬は少なかったし、実際現場には女性が多かったから、ああそれが現実なのか…とうっかり納得しかけて、いや、いろいろおかしいわと我に返った。その後、調査を始めて現在に至る。

今思えば、その言葉はアートとそれをとりまく日本社会の本質を実に見事に表現していた。「この金額しか」というのは、アートの価値とそれを作り出すさまざまな労働の価値が低く見積もられていることを、「女性しかやらない」というのは、不安定で低賃金あるいは必ずしもモノを生み出すわけではない無報酬の労働の主な担い手が女性であるという、根深い差別の構造を言いあてているからだ。

第1回で示したように、日本における男女の賃金格差は正規/非正規の差によるが、この雇用形態の違いは賃金だけでなく、教育研修機会や仕事内容、キャリア形成(出産育児期の休業も含め)にも影響し、格差をいっそう助長している。第2回では労働組合組織率の低下に触れたが、それはこれまで日本の労働組合が、正規雇用=家族分の賃金を稼ぐ男性の利害のみを代表し、女性や若者のような労働者に対応してこなかったことが大きい。今ではフリーター全般労働組合のような非正規労働者による組合や、企業を越えた業種ごとのユニオンも作られ、個々の事案の調整や争議を行っている。しかし今なお、正規雇用男性中心に組み立てられた雇用・社会保障制度は、女性や単身者のセーフティネットとなりえていない。

就労形態の多様化は、仕事内容の変化とも関連している。サービスや情報を生産する第三次産業の割合は増加し続け、今や就業者の7割弱を占める。映画・アニメや娯楽など文化産業、調査研究、デザインやITなどの創造産業、マネジメント、サービスやケアに従事する労働者は、自らの身体と創造性や知性、感情を、それこそ24時間態勢で切り売りせざるをえない。こうした状況に対しては、たとえば映画※1、アニメ※2、娯楽施設※3の分野からすでに労働に関するさまざまな問題が指摘されている。

※1:映画芸術 記事「シリーズ『映画と労働を考える』 第1回『映像労働者の現状』」(2010年2月22日)
深田晃司

※2:「アニメーション製作者実態調査報告書2015」(「芸能実演家・スタッフの活動と生活実態調査報告書2015年度版 別冊アニメーター編」)
一般社団法人日本アニメーター・演出協会

※3:「東京ディズニーリゾートの『限定正社員化』と処遇改善」(2019年2月2日)
藤田孝典

さらに「ペイドワーク」と「アンペイドワーク」という視点で考えてみよう。ペイドワークは報酬の出る有償労働だが、アンペイドワークは無償労働で、家族という領域の中で行われる家事、育児、介護、また自営業における家族の動員、さらにボランティアなど社会活動をさす。無報酬だからといってアンペイドワークに価値がないわけではもちろんない。問題は、それが「重要な、価値のある仕事だ、だからお金は関係ないよね?」とされがちな点にある。愛とかやりがいとか自発性といった大義名分が、「労働の対価を支払わないこと」の口実になるのだ。

このように、労働者性という法律上の解釈だけでなく、日々の営みの中で何を労働とみなすか、そしてその価値をどうはかるか、というところから再考しなければならない状況で、アートは何ができるだろうか。

これまでの筆者のインタヴュー調査からは、アーティストやディレクター、マネージャーといった人たちの間にはパターナリスティック(家父長的温情主義的)な関係性が見出せる。明確な指揮命令関係というより、「あなたのためだから」と不条理を受け入れさせる構造だ。またセクハラの被害者は女性のケースが多かったが、男性中心主義的な価値観を身につけた女性が加害者になる例もあり、パワハラ、マタハラは男女ともに被害者がいた。そして加害者の行為だけでなく、その行為を「そういう人だから」「そういうものだから」と見過ごす周囲の反応が、被害者をさらに追い込んでいた。

また業界内での人間関係を大事にする傾向がさまざまなトラブルを生んでいる。上記ハラスメントの告発を諦めたケースのほか、企画相談の段階ではフィーが発生しない、依頼されて事業期間の数ヶ月を空けておいたのにキャンセルされた、事業の相談をもちかけてアイディアや人脈を持っていかれたなどの悪質なケースもあった。

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行政など文化事業を企画する側は、こうした実情をふまえ、事業にかかわる専門家たちと話し合いながら、従来とは異なるルールや運用方法を案出する必要があるだろう。たとえばアートプロジェクトの作業工程に合わせて単価表を作成する、フリーランスに仕事を依頼する際は期間、内容、報酬を最初に伝える、というように現実の人々の仕事に即した制度設計をしてほしい。予算的にそもそも厳しい状況にあることは周知のとおりだが※4、予算確保だけでなくその使い方も工夫していきたい。一方働く側としては、まず労働者の権利を行使できるケースはそうしつつ、アーティストやフリーランスの人たちも契約の際に自らのスキルと経験、あるいは作業工程を文書化するなどして条件交渉できるとよい。もちろん言うは易しで、実態はいまだ流動性というより不安定性と言った方がふさわしいが、情報共有しつつ意思を持って動く人が増えることで状況は変えられる。

※4:たとえば文化予算の国際比較を見ると、日本の国家予算に占める文化予算の割合は韓国やフランスのほぼ十分の一である。
諸外国の文化予算に関する調査報告書」一般社団法人芸術と創造(平成24年度文化庁委託事業 諸外国の文化政策に関する調査研究 平成28年度一部改定)(2016年)p8

アートの現場では日々、アーティストとマネージャーらがアイディアを練りあげ、形にし、場をしつらえ、そのための調整と交渉を行っている。これが作品だけでなくその過程においても創造性を発揮し、アートだけでなく日本の労働の「あたりまえ」をひっくり返していければと願う。

(2019年3月14日)

おすすめの1冊

  • 『芸術と労働』 白川昌生・杉田敦編著、水声社、2018年

参考リンク

実践編「アートの雇用・労働環境」 目次

1
アートと労働
2
労働者の権利というそもそもの話
3
仕事の対価を言語化していく
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