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オーケストラの事務局

1957年東京交響楽団アサヒコンサート ©東京交響楽団

今回のリレーコラムはオーケストラを中心とした音楽業界の現場スタッフにスポットを当てる。現場スタッフはいわば「楽器を持たず、シンフォニーを奏でるオーケストラの人びと」といえるわけで、演奏会成功のためアスリートと同様【全員が自己ベスト】を目指している。

演奏会はさまざまな役割の大勢の人がかかわって行われる。当然、実際に音を出す楽員が活動のメインとなるわけだが、演奏会が行われるかなり前から準備は始まる。①予算の作成、②スケジュールの立案、③会場の決定、④公演の企画作成、⑤企画に基づく出演者との調整、⑥宣伝計画の立案、⑦楽譜の手配、⑧楽員に演奏曲目の編成と練習スケジュールの提示、⑨公演プロモーションと入場券販売、⑩その他、ものによっては記者会見等プレスリリースの実施。以上ざっと演奏会当日までに早いときは数年前、遅くても半年前から作業に取り掛かる。

当然、かかわる人たちはプロフェッショナルなわけだから、全員与えられた役割に関して、常に経験に基づき、最高の演奏を目指して努力して行く。

この努力が報われるのは演奏会当日の演奏終了後、観客の幸せそうな満足した姿を見受けられたときだろう。このように楽器を持たないスタッフが奏でるシンフォニーが黒子となり演奏会は成立している。キザにいえばかかわるスタッフは音楽が好きというより「音楽を愛する」姿勢の方が正しい表現といえる。

わが国にクラシック音楽が入って約130年、歴史はまだまだ浅い。しかし、明治時代の先人たちの吸収力には感心せざるを得ない。演奏技術は幼いところが目立ったかもしれないが、音楽の本質の理解力は貪欲で、いわゆる「音楽している」ひたむきさが顕著に表れ、そのDNAがつい最近まで幸い引き継がれていた。このひたむきさが西洋音楽後進国だった我が国のクラシック音楽の水準を世界の平均以上なレベルまで持ち上げてきた。

昨今の音楽家の演奏技術の向上には眼を見張るものがある。リズム、音程、音色、どれを取っても世界のトップレベルと遜色ない、一糸乱れないアンサンブルは、それは見事である。しかし、何か物足りなさを感じてしまう場面にも遭遇してしまう、何が原因なのだろうか。答えは、残念なことに先人たちの音楽に対する「ひたむきさ」が失せてしまっているのかもしれない。生活が豊かになり、何一つ不自由しない個人の個性が大事にされる今日このごろ、貪欲な「ひたむきさ」は必要なくなってしまったのかも知れない。

少子高齢化の昨今、演奏会の開催要件も以前とはだいぶ変わってきた、プログラムの構成、公演日が平日から土日、開演時間が夜間から昼間と180度の様変わり、人々の好みの流行り廃りのテンポは急激に進んでいる。この急激なテンポにどれだけついていかれるかがプロフェッショナルに求められるそれぞれの「自己ベスト」達成ではないだろうか。この急激な時代に、我々に託された文化遺産をいかに未来に伝承して行くのか試されているように思われて仕方ない。

今回のリレーコラムに関しては首都圏のオーケストラ、地方のオーケストラの担当者のそれぞれ違った事情を抱えての生の苦労が披露されるものと楽しみにしている。

音を出さず、楽器を持たないシンフォニープレイヤーであるスタッフの任務は重責である。

オリンピックは文化の祭典でもある

3年後に迫ってきた今回の東京オリンピック・パラリンピックは計画時点から文化プログラムの重要性が叫ばれ、レガシーが重要視されている。

1964年の東京オリンピックのレガシーは記念事業の一環として翌年東京都により設立された「東京都交響楽団」が特筆される。また、ハードが重要視されたこのころは建設ラッシュ真っ盛りでどこの町にも市民会館、文化会館、コミュニティセンターといった施設が建設され盛んにイベントが行われた。

しかし昨今は趣味の多様化、少子高齢化とイベントの成立が難しい時代に入ってきている。この状況を克服すのに今回のオリンピック・パラリンピックの文化プログラムを活用しない手はない。競技自体は多少の県の広がりはあるようだが、メインはあくまで、東京が中心となる。そこで文化プログラムは唯一全国的な展開となる「聖火リレー」をうまく取り入れ、文化のレガシーをつくるのが手っ取り早い。

「聖火」が日本に到着し、全国を駆け巡るときから「聖火リレー」にあわせ47都道府県でオーケストラをメインにした催しを開催する。

芸術祭のメイン「アジア オーケストラ ウィーク」は名前のとおり一週間の開催とし、7団体のオーケストラをアジア地域から招聘する。選手村への入村式、競技の表彰式で使用する参加各国の「国歌」は47都道府県で行われるコンサート時に参加オーケストラが録音する。また、招聘する7団体は自国の国歌を収録する。この公演実施に関しては開催地のホールと共同で地元の文化団体とのコラボレーションを重要視し、オーケストラの演奏と地元の芸術が根づくことを目的とする。根づかせることにより、年に最低1回でも日本中どこの地域でもオーケストラの演奏が聴ける環境を整備してゆきたい。

〜まさにハードからソフトへ〜 文化の過疎地解消のためオーケストラは何処へでも伺います。

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オーケストラの日2017 首都圏12楽団よりなる『オーケストラの日祝祭管弦楽団』 ©日本オーケストラ連盟

(2017年9月12日)

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

日本オーケストラ連盟の名倉です。この場をお借りして、オーケストラの事務局について色々な角度から多面的にご紹介できればと思っております。

当連盟は1990年に札幌から福岡まで全国18のプロフェッショナル・オーケストラが集まってつくられ、今年2017年は36楽団が加盟しております。ここでオーケストラの名前を連ねようとしたのですが、似通っており止めにしました。

しかし、名前とは裏腹に、内実はものすごく個性的なのです!どうしてこんなに違うのか不思議なほどです。この個性をお伝えしたく、3月31日の「オーケストラの日」には首都圏オーケストラが一堂に会し、ブースを設けて直接発信する場をあれやこれやと続けて参りました。どうしたらこの個性を伝えられるのか、来年からは形を変えてお届けすることになりそうです。オーケストラは、各々すごく素晴らしくおもしろいのです。

リレーコラムの1回目は当連盟専務理事の吉井に登場していただきました。吉井はいくつものオケを経験し、正に生き字引です。オーケストラ楽員への愛情が深く細やかで、修羅場もいろいろ沢山あったようですが、オーケストラ事務局の大切な根っこを書いてくださいとお願いしました。

次回は名古屋フィルハーモニー交響楽団の山元浩さんに登場いただきます。
ヤマゲン、と誰からも慕われている彼のユーモアたっぷりの日ごろの仕事ぶりがお伝えできればうれしいです。

(公益社団法人日本オーケストラ連盟 名倉真紀)

楽器を持たずシンフォニーを奏でる、オーケストラ事務局の人々 目次

1
オーケストラの事務局

2
オケ裏生活30年
3
街と響きあうオーケストラ
4
人生も、オーケストラも
5
楽譜の中の音楽
6
人と人をつなぐオーケストラ
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