ネットTAM


3

世界一の文化大国へ

若林さん→吉田さんと引き継いだバトン受け取り、僭越ながら夢想を始めさせていただきます。

おおまかな結論を先に申し上げると、1550億円の使い道はすべて「日本を世界一活力ある文化大国にするための予算」として、それに最も効果的に資するであろう事業・枠組みに対して出動していきます。

僕は現在アメリカ合衆国大使館の文化部に勤めており、日本国内において、アメリカと日本という緊密な二国間パートナーシップをさらに深化させるための文化政策・交流事業の立案・実行部分に携わっています。

具体的には、数多存在する両国内の文化機関(ミュージアム、コンサートホール、学術機関、メディア、アーティストグループ、私設財団、そして政府・その他大小地方自治体など)と連携をしながら、「アメリカのカルチャー」、とくに「今日、日本に必要とされているアメリカのカルチャー」を紹介するプロジェクト、たとえば展覧会、フォーラム、舞台芸術、コンサート、各種文化系メディアとのタイアップ企画、政府間交流、文化プロジェクトへの助成などを通じて展開しています。無論、僕や僕のチームが担当する「カルチャー」は表層的なカテゴリーとしての「建築」「近・現代アート」、「パフォーミングアーツ」、「デザイン」、「音楽」、「ファッション」、「サブカル」、「映画」などという「表現」に根ざした、比較的分類が容易なものだけではなく、広義のカルチャーとも言える「NPO文化」、「寄付文化」、「コミュニティ自治文化」、「起業文化」、「多文化共生文化」、「宗教文化」などといったものも内包しているため、「文化」や「文化政策」という言葉を僕が口にするとき、それは人間生活における不可視かつ不可欠な社会の構成要素やシステムを指している、ととらえて差し支えありません。同様に、「文化大国」というざっくりとした言い回しには多様な定義があると思いますが、ここではあえて「アーティスティック(純粋芸術・思想)、クリエイティブ(デザイン・工芸など)、コンテンツ(ゲーム・音楽・映画など)といったすべてのマーケットが世界に開かれ、世界最大規模の影響力を持ち得る国」とイメージしています。

では、「今日、日本に必要とされているアメリカのカルチャー」とはなんなのか?

アメリカに住んだことが2ヶ月しかなく、海外生活のほぼすべてをヨーロッパで過ごした僕が仕事を通じて着目しているのは同国の「若い力を育み、異質なものを伸ばす力」です。詳細は後述します。

このリレーコラムでは、「個人のビジョン」を中心としながら、本コラム共通項である「1550億円の使い方」に関する、半分妄想とも言える持論を好き放題書かせていただきますが、やはり「自分の本職」と「自分のやるべきミッション」が往々にしてオーバーラップしていることが僕の場合多いので、アメリカの話がやや多めになってしまうこともご了承ください。

話は徐々に1550億円の方向に向かっていきますが、本職に関するお金の話をしますと、アメリカ国務省の年間予算には$50.3 billion[*1](日本円で約6兆円 注:国際資金協力予算なども含む)という莫大なお金がつぎ込まれています。世界第3位の経済大国である日本国外務省の年間予算(注:国際資金協力予算なども含む)が約6850億円[*2]であることを考えると、地球規模でのアメリカの外交的コミットメントの大きさが垣間見られます。

この約6兆円におよぶ外交予算のうち、約$1,16 billion(日本円で約1400億円[*3])が文化・教育交流に資するプログラムに充当されますが、これも日本国政府側で文化・教育外交を司る独立行政法人・国際交流基金(外務省管轄)の年間予算約162億円[*4]と比較すると、両国の国力差異以上の開きがあることがわかります。

では、本題の「イチゴーゴーゼロの夢」に。

上記通り「活力ある文化大国」を生み出していくビジョンを語る際、僕の問題意識の中心には「日本では若い創造性がキャリアとして萌芽する機会が、文化領域全般において極端に少ない」という、およそ被害妄想(笑)にも似た想いがあり、加えて若い創造性と表現分野での新陳代謝が発揮されないところには「活力ある文化」はおろか、(今流行りの)「イノベーション」なるものも生まれることはないと思っています。

そこで分野横断的に表現活動を志す若者(10代〜30代限定)にまずは550億円ほど投じます。

550億円の根拠と使途を書き出すと同時に、「そもそもアメリカがどのようにして世界一のカルチャーマーケットを構築できたのか?」を理解するときに役立つ近代政策史もおもしろいので、ついでに引き合いに出しましょう。

日本の教科書にも出てくる、1929年に始まった世界恐慌。全米だけでも1万以上の銀行が倒産し、その後4年の間に1200万人(当時のアメリカの労働人口の25%)の失業者を出しました。無論この直後に3人の女性の強力なイニシアティブによってMoMA NYが設立されたことや(杮落としはセザンヌ、ゴーギャン、スーラ、ゴッホという、後に印象派として知られる仏前衛芸術展)、じつは不況打開策としてF・ルーズベルトが打ち出した有名な「ニュー・ディール政策」の裏面には、巨大な国家主導の芸術支援政策があったことは、日本の教科書では触れられていません。

rc1-3_photo2.jpg
F. ルーズベルト大統領と世界恐慌時のNYCとシカゴ
photo: FDR Library and Creative Commons

そこには、大不況と高い失業率、そして当時台頭し始めていたニュー・メディア(映画やレコード)に押され、行き場を失った多くのライブ・アーティストたちを実質的に雇用するために生み出された数々の「クリエイター用公共事業」がありました。

1933年に竣工した法務省のビルの壁画を、現代アーティストに依頼したコミッションを皮切りに、PWAP(Public Works of Art Project)として始まった連邦レベルの芸術家支援プログラムは、それ以降の公的な建物の装飾や壁画、家具に至るまでをアーティストに委託、舞台芸術系の芸術家達には全国の劇場で公演をする権利と助成金を付与し、徹底的なハンズオン方式で展開されました。その後も、米財務省の中に設立された「絵画・彫刻部」によって、連邦政府建築の総工費1%を芸術作品設置に充てる事業が1934年〜43年に展開され、それは現在でも「Percent for Art」として世界中に波及しています。

同大統領が2期目に入った1935年以降は、さらにそれが加速し、一般にWPA(Works Progress Administration)として知られるアーティストのための雇用政策が国政に確立。やがて通称「Federal One」として知られるようになると、その枠組みで5つの芸術文化分野支援策(アート、音楽、舞台芸術、文芸、歴史)を確立し、「従来の枠に囚われない、既存の芸術グループとは一線を画した声を持つ専門家部隊」を配置しながら芸術家や州政府、その他の地方自治体への直接芸術支援を行なっていきました。

rc1-3_photo3_national_archives.jpg
Federal Art Projectの成果報告ポスター
photo: National Archives and Records Administration

その結果:

  • 1936年単年でも、5300人のアーティストが10万8000作以上の作品を委託され、1万8000以上の彫刻作品、アメリカ全土の学校、病院、図書館といった公的な施設に2500以上の壁画を完成。ジャクソン・ポロック、フィリップ・ガストン、マーク・ロスコ、マーク・トービーなどの「巨匠」を輩出。

  • 1万6000人以上の音楽家を雇用し、全国で5000以上の音楽公演を展開し、300万人以上の観客を集めた。 現代のジュリアードやニューイングランド音楽院のティーチング・メソッドの礎になり、とくにマスタークラスやティーチングアーティストの教授法の先駆けとなった。

  • 1万2700人以上のシアター関係者を雇用し、31の州でカンパニー設立を牽引すると同時に月間1000を超える舞台を全米で展開させるきっかけをつくった。その後の映画業界を牽引する劇作家や俳優(オーソン・ウェルズ、ジョン・ハウスマン、ジョセフ・コッテンなど)を輩出し、ハリウッド映画の礎となるプロジェクトを生み出していった。

  • 1936年単年でも、6686人の小説家や作家を雇用し、800タイトルを越す作品が350万部出版された。全米を対象に行った施策であったために、トラベル・ライターや各地方のガイドブックが誕生したのもこれがきっかけである。

で、気になるお値段は?

1933年から段階的に始まり、断続的に1941年まで継続されたいわゆるPWAP→WPA(Federal One)は、ニュー・ディール政策に使われたとされる$4.88 billion(1935年当時)のうち、$27 millionを予算として割り当てられた[*5]。この$27 millionを現在の米ドルに換算すると約$473 million(U.S. Bureau of Labor Statisticse)相当の購買力があるとされることから、少々乱暴にこれを現在の日本円に価値変換し、おおよそ550億円と算出しています。

ただし、ここで特筆すべきは大統領をはじめ、一連の芸術家支援策を打ち出していた、G. BiddleやE. Bruceからなる大統領側近の特別編成チームは元々アートを自身でも実践し、のちにもコレクターとして知る人ぞ知る人物であったこと、そしてそれらの人々が目先の芸術家雇用政策だけでなく、「真に価値のある芸術表現とは」「国や地域のアイデンティティー構築のために文化支援政策はどうあるべきか」を自分たちの言葉で議論していたことです。

その後のWWIIの戦乱を逃れてアメリカの新天地を踏んだのは、科学者やビジネスマンだけではなく、多くの芸術家もいたことも今日のアメリカの多様でダイナミックな文化マーケットへとつながっており、日本でもよく知られる「世界一の寄付文化」と両輪を成しながら世界一のマーケットの礎を築きました。

寄付金や税制などの資金の流れも重要ですが、ここに「若い力を育み、異質なものを伸ばす」ビジョンが加わり、ようやく今日の流れを少しずつ形成していきていることを改めて考えさせてくれます。

550億円の現代表現への集中投資で、果たして日本が50年後世界一の文化大国になっているのか、これは妄想に値する居酒屋トピックかも知れません。(00)/

ひるがえって、残りの1000億は、「文化政策に特化した人工知能(AI)研究」に注ぎ込みます。

理由は単純。今年の8月に発表された、文部科学省が今後10年間で1000億円を人工知能研究に投じる話[*6]、そして同じく経済産業省や総務省が数十億円規模の予算をもって人工知能の産業への転換研究を進める話に関連して、これでは少なすぎる、と思っているからです。

過日開催されたWIRED A.I(Singularity Summit)[*7]でも話題になっていましたが、この分野でもFacebook, Amazon, Google, Appleなどの巨人が、連邦・州政府・私設財団とのパートナーシップで世界最大の研究開発費用を誇り、その研究全体は日本の少なくとも10年先を走っていると言われています。

一連の人工知能と2045年に到来すると言われているシンギュラリティ(技術的特異点)。

AIが人間の知能に肉薄する汎用的ラーニング(Deep Learning)で能力を発揮し、社会やビジネスの課題を解決する糸口を提供するとき、ビッグデータ解析、IoT、医療、福祉、交通などの分野で爆発的発展が予想されていますが、ここにもじつは文化政策が密接に関わるアングルがあります。

もっとも人間生活に密着する広義の「文化政策」が、その脆弱性を露呈し、その弱点ゆえに象牙の塔に匿われる遠因となっている「評価システム」を再想像・再構築するためです。

「To organize the world's information and make it universally accessible and useful」を社是とするG社が、たとえばすべての文化助成団体や芸術文化団体・個人に対する寄付金・支援金と、実際の表現活動およびその波及効果を1円単位で「タグ付け」しながらトレースする機能を提供し、それとともにAIとプロの文化プロジェクト・コンセプターが共同で定量的・定性的な未来予測に基づいた企画評価をすることができれば...。

紙幅も尽きてきましたし、この先の研究は僕自身が私的にしていることなので、各読者の妄想にお任せし、また何かの機会で直接お話ができればと思いますが、人間脳内のシナプスと同様の発想連鎖をコンピューターに持たせることで機械の演算処理能力・認識力・問題解決能力が高まり、ついには「意識」を持つに至るのか。

機械にアートは可能なのか...

こうしたことを考えながら、イチゴーゴーゼロの彼方に可能性を感じずにはいられません。

おわりに

現代アートであれ、舞台芸術であれ、自主製作映画であれ、そうした現代の表現活動の社会的認知度の低さを考えるとき、日本はその文化的豊穣さゆえにパトロンが出資したり参加できる趣味対象が無限にあり、茶道、香道、きもの、書、オペラ、バレエ、オーケストラ、能、文楽、歌舞伎などなど、本気で極めようと思えば相当量の時間とお金を費やせる表現のオプションが社会に充満しているため、「わざわざ」現代表現に対してお金をかける必要がない稀有で幸運な文化大国である、と考える自分はいるものの、「自由闊達な表現と多様性ある若い創造力」が「活力ある文化大国」に必要不可欠であると考える僕は、それを発展させるためのマーケットも含めた環境づくりが、キャリアをかける意義を持つミッションだと考えています。

若林さん、そして長文にお付き合いいただいた皆さんありがとうございました。妄想、続けましょう。(00)/

[註]
  1. 2015年の会計年度予算要求ベース(PDF)
  2. 平成27年度当初予算(PDF)
  3. アメリカ国務省2015年度予算要求書(PDF)内より、実際には支出元がプログラムや地域ごとに複雑に入り組んだ予算構造を簡素化するためにECA(Educational and Cultural Affairs)=$623 million、EAP(East Asia and the Pacific)=$140.7 million、PD(Public Diplomacy)=$397 millionの合計を適用している。
  4. 国際交流基金発行 平成27年度計画(PDF)」より
  5. Flanagan, Hallie(1965 Arena: The History of the Federal Theatre)
  6. 2015年8月26日付 日本経済新聞
  7. WIRED A.I.

(2015年11月19日)

今後の予定

  • 3月2〜6日に開催される「東京国際文芸フェスティバル」に企画委員として参画。「文芸×」を標榜し、様々な企てを準備中。
  • 論文を執筆中。2月の締め切りに向け現在時折缶詰。
  • オレゴン州・ポートランドへ日本文化を輸出し、また逆輸入を図るプロジェクトは4月から始動。

関連リンク

  • echo camp series
    完全プライベートなプロジェクト。ハイ・インパクトかつユニーク人材をとにかく、唯一無二のプログラムで「繋げる」。

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

大分市中心市街地のトイレを舞台にした、世界でも他に類を見ないアートフェス「おおいたトイレンナーレ2015」の実行委員長として大活躍だった八坂さん。大分のアートをいかしたまちづくりには欠かせないプレーヤーです。NPO法人denk-pauseの代表としてクラシック音楽企画の制作を手がけ、九大ソーシャルアートラボ(アートマネジメント人材育成講座)では講師を務め、大分県芸術文化スポーツ振興財団企画普及課職員でもあり、イベントでは司会もママ役もこなす、八面六臂のご活躍です。ファンの一人として、八坂さんの未来語りをぜひ伺いたく、1550億円の妄想を、ひとつよろしくお願いいたします。
(「もし1550億円の予算を手にしたら、あなたはどのような未来をつくりますか?」スーパーバイザー:若林朋子)

もし1550億円の予算を手にしたら、あなたはどのような未来をつくりますか? 目次

1
イチゴーゴーゼロの夢
2
イチゴーゴーゼロの使い方
3
世界一の文化大国へ
4
1550億円がなくともいずれは実現させたい妄想
5
「場」のサステナビリティと2116年に向けた新たな布石
6
人に賭ける
この記事をシェアする: