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タイでの出会いで「じっくり挑む」を選択する

魅せる力に惹かれて

 タイの"魅せる力"に引き込まれたきっかけは、東京都現代美術館で開催された1997年の「東南アジア1997来るべき美術のために」や2000年の「ギフト・オブ・ホープ21世紀アーティストの冒険」をはじめ、主に90年代に国内で多く紹介されたタイの現代美術だった。ド迫力の中に潜んだ隙で観客を引き込んでしまう独特の表現や、持ち帰り自由の奔放満載芸術を前に混乱とともに幸せな笑いが込み上げ、半ば錯乱状態の頭を引っぱって2001年に初めて渡タイした。

 当初は、山岳民族村学校でのコラボやタイ国内の国境上で「新聞絵日記」(オリジナル作品)の現場制作等、とにかく、つかみ取ったタイの温度を目の前の画面に押し込むことに夢中で挑戦した。そんな中、近所で噂になっていたThe Landをふらりと訪ね、お茶を共にしてくれたアーティストのカミン・ラーチャイプラサート氏がやさしく、そして何気なくつぶやいた「日本人はたくさんタイにやってくるけど、何でもできると思っちゃいけないよ」の一言が、私の中に確信を芽生えさせた。私は、その温度を大切にするために、それと東京での展示から引きずっていた最大の謎、何でもありに見せかけているのであろう芸術の謎解きに長期戦で挑む決意を固め、05年にレンコン組合の活動を開始した。

制作風景:タイ・ミャンマー国境ダーンジェディーサームオンにて
制作風景:タイ・ミャンマー国境ダーンジェディーサームオンにて

新聞絵日記:ダーンジェディサームオン編
新聞絵日記:ダーンジェディサームオン編

企画づくりも表現のうち...地域でのマネジメントは思いやり?

 レンコン組合の目的のひとつである、アジアの特に日本−タイ間の交流を反映した企画づくりは埼玉県川口市を舞台に開始した。川口市の人口は、30人にひとりが外国人であり、その多くがアジア系となっている。しかし、特に西川口地区が国内有数の歓楽街であったことの影響か、外国人に対する空気は少し冷めたものを感じる。企画当初に市内で営業する店舗からの資金提供で店舗広告を兼ねたDMを制作し、まちを知るために古くからの住民(年配者)にインタビューして歩いた。キュウポラ、ベーゴマ、さまざまな話が出たが、外国人との交流の思い出話は聞けなかった。素直に、こんなに多くの外国人がいるのにもったいないじゃない? と感じた。
 この状況に対し、共同で企画作りに取り組んでいるのが、川口で生まれ育ち市内でmasuii R.D.R gallery+shopのマネジメントをする増井真理子だ。私たちは、模索しながらもこのまちでのプロジェクトを表現する過程を通して、魅力的なアジアとの関係を発信していきたいと考えている。そのことが、タイでのご近所付き合いのような出身国に関係なく声をかけあい、紹介しあい、気軽にコミュニティの輪を広げていけることにつながればうれしい。ごく小額の協賛金から始まった事業も、2006-07年度は2つの助成金を受けPR活動を開始し、パブリックプログラムを組み込んだ企画を川口とタイ2か所で行った。
 しかし、まちの中でアートの力を信じ、新たな社会的価値を提案していくこのような行為は、一生懸命な余りどうしても傲慢になってくる。表現においては一切の妥協をせず、マネジメントにおいては、まちへの思いやりも必要だ。浸透させるのはまだまだ厳しい状況、こちらも長期戦の模様だ。

インスタレーション:川口市立アートギャラリー・アトリア(撮影:大谷健二)
インスタレーション:川口市立アートギャラリー・アトリア(撮影:大谷健二)

インスタレーション:川口市立アートギャラリー・アトリア(撮影:大谷健二)
インスタレーション:川口市立アートギャラリー・アトリア(撮影:大谷健二)

インスタレーション空間内でのパブリックプログラム・交流会:masuii R.D.R gallery+shop(撮影:五十嵐麻子)
インスタレーション空間内でのパブリックプログラム・交流会:masuii R.D.R gallery+shop(撮影:五十嵐麻子)

インスタレーション空間内でのパブリックプログラム・ワークショップ:川口市立アートギャラリー・アトリア(撮影:大谷健二)
インスタレーション空間内でのパブリックプログラム・ワークショップ:川口市立アートギャラリー・アトリア(撮影:大谷健二)

Tadu Contemporary Art

 近頃のタイでは、よい意味で、タイ「らしい」ユーモアと「らしくない」冷静な判断力と広い視野を兼ね備えた新芽たちの動きが頼もしい。タドゥコンテンポラリーアートのディレクター、アピサック氏もそんな1人だ。アピサック氏は、2007年のベニスビエンナーレタイ館キュレーターも務めたが、まち外れにある彼のスペースでは根気強く若手の企画づくりに取り組んでいる。その証拠に、若手からジムお兄さんと慕われている。彼との企画を進めるためにお互いの意見を伝えはじめて1年近くなるが、この機会にタイのディレクターの生の声を伝えたいと思った。掲載するにあたり、スタッフのエァーも巻き込んで英語とタイ語での連絡となった。少し長くなるが、一人でも多くの人の目に留まればうれしく思う。そして、最後に、まだまだ未熟者の挑戦中の身の私の話につきあって読んでくださった方々、本当にありがとう。

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ここからは、私の疑問に対するアピサック氏の生の声を掲載します

Apisak Sonjod Director
Apisak Sonjod

インタビュアー:相田 ちひろ

---- 運営支援を受けている「ヨントラキット」とは何ですか?

アピサック : ヨントラキットは、タイの芸術文化活動を支持する非営利団体です。組織は、金銭的利益よりも、より多くの優れた学習や作品向上の機会を開き、芸術文化界のフィールドで活動するタイ人の前向きな変化と発展を期待しています。さらに、同時代に分野を問わず外国で活動する人やアーティストとの共同作業、知識交換の機会を与えます。ヨントラキットは、基本ビジネスの自動車産業を通し、社会における日常生活の中の芸術維持を手助けすることで、タイ国内における芸術文化普及に貢献しています。

---- ギャラリーの理念は何ですか?

アピサック : 美しい緑の芝生はわれわれの健康を保つだけでなく、健康増進の基盤です。さらに、私たち自身を進歩させるためのスポーツやその他の活動の発展に役立ちます。ギャラリーは、参加する人にある意味、無関心を保つ場所です。その上、創造における過ちの機会を与える場所でもあります。アーティストと新たな傑作を渇望する観客のために、芸術の実験室であるステージを供給するのがギャラリーです。それゆえ、よく整備されたギャラリーだけがアーティストと共に前進し続けることができるのです。

---- インフォメーションに必ず、タイ語以外に英語も使う訳は?

アピサック : このように回転の速い世界では、時に世界の動きに追いつけなくなります。それでも、われわれは世界と同様に活発でなければなりません! タイのような小さな芸術の世界は、われわれが何をどうしているのか世界に向けて発信しなければなりません。それは、多情報発信ではなく、何が今のタイアーティストの心にあるかを伝えるのです。電子メールやその他の手段でコミュニケーションが取れる今、少なくとも年2回アジアのアーティストとともに、そして他の国で仕事をすることは驚くべきことではありません。互いの経過を追い、互いの仕事をよく見ることは、ギャラリー(学芸員)とアーティストの近い将来のコラボレーションには必要不可欠なことです。

---- アーティストにとって必要なことは何だと思いますか?

アピサック : 自分の作品を他者に対して開く広い心オープンマインドと、管理企画能力です。近年、成功しているといわれるアーティストたちは絶えず発展し続け、必ずしも完璧である必要がありません。完璧で天才的なアーティストはほんの一握りです。したがって、アーティストとして成功するにはパワフルな創造力だけではなく、プロセスを計画する力が必要です。その力を持つことで、与えられた短い時間の中で現代のアーティストは、より多くを追及し創造することができるのです。オープンマインドは、彼らの作品イメージを伝える上で助けとなる鏡となります。これらのものがアーティストとして、自己開発し発展する上での道しるべとなるでしょう。

---- ディレクターにとって必要なこととアートとマネジメントの関係について考えを聞かせてください。

アピサック : ディレクターにとって必要なことは、もちろん、創造力です! そしてアーティストと同様に優れた管理企画能力を身につけオープンマインドで進展し続けなければなりません。社会的利益を与える仕事を創造プロデュースするには、これから社会に誕生する新たなものに対して強い夢を抱き、柔軟な考えで具体的な形に「執行」しなければなりません。常に「自分がすべきことはすべてやったか?」という自問自答を繰り返しながら。予算を許す限り使うのと同じように、私の能力をフル回転させます。それは、新たに誕生するものが自分のできる範囲でベストなものであるために常に先回りして考えなくてはならなく、もし、誕生しない、あるいは、不完全の形で誕生するのであれば、その原因は「考えていなかった」以外の他の条件でなくてはなりません。
マネジメントに関して付け加えるならば現代の芸術は、芸術に関わっている人たちを含め、一体にならなければならなくチームワークが必要です。タドゥギャラリーが努力し取り組んでいるモデルは、一般の人々との交信であって、芸術で食べている人たちのためではありません。芸術家のために管理し評論家たちを招いて議論させ、時に学生の評論家に力を試させることでスリルを味わい、さまざまなメディア媒体を探し、芸術を具体的に発展させるよう努めなければならないと考えます。さらに、私は自分が許す限り、何か新しく創造される仕事の一部になる喜びを感じながら最高に楽しい人生を送ります。なぜなら、なんらかの問題がおきても、それは運が悪かったのではなく、十分な考えが足りなかったからだと信じているからです。

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タドゥコンテンポラリーアートでのカミン・ラーチャイプラサート展。
廃棄処分されたお札でつくられた365体の仏像。 

(2008年2月20日)

今後の予定

・2008〜09年
タドゥコンテンポラリーアートとの共同企画づくり。タイ製日本文化、たとえて「甘い抹茶」と「わさび餡入りの饅頭」 —そんな企画を思い描いている。

・2009年3月
川口市立アートギャラリーアトリアでのワークショップ

関連リンク

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『座右の日本』
(プラプダー・ユン著、吉岡憲彦訳、表紙装画 伊藤桂司、TYPHOON BOOKS JAPAN


タイ生まれ、中学卒業後にニューヨークでアートを学んだタイの作家プラプダー・ユンがタイの事、日本の事をユニークかつ冷静な視点で語っている一冊。彼の作品には、よく日常的にアートが登場する。なつかしいコミックサイズが手に馴染む。
脚本を手がけた映画「地球で最後のふたり」「インビジブル・ウェーブ」(ともに、ペンエーグラッタナルアーン監督・浅野忠信主演)がある。「地球で最後のふたり」において、浅野氏はベネチア国際映画祭コントロコレンテ部門で主演男優賞を受賞している。

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

埼玉川口のこと、東京向島のこと、独自のスタイルで企画に携わり、苦労を顔に出さない木村さん。さまざまな場での影の立役者のお考えをぜひお聞かせください。
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