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もし億千万の自由に使えるお金があったなら、本当のところ、おまえはなにをしたいのか?

 正直に言えば、最近、アートと社会のあいだの緊張感が薄れつつあるように思えて、とても気になっている。アートマネジメントがアートと社会をつなぐ領域であるとするなら、この領域に関わる各人が、それぞれの必然性に照らし合わせて、つまり社会的なミッションといったことはひとまず置いて、あくまで個人的な問題として、アートなり社会なり両者の関係なりをどうとらえるのか、振り出しに戻って自ら確認しておくべきではないのかと、そんなことを考えていた。

 ちょうどそのとき、私にこのリレーコラムのバトンを手渡した樋口貞幸がすばらしい問いを投げかけてきた。「もし億千万の自由に使えるお金があったなら」、本当のところ、おまえはいったい何をしたいのかと。これはきわめてすぐれた設問だ。まさにそう。おまえはいったい何をしたいのか?

 実のところ、アートと社会の双方に対し、言いたいことは山ほどある。別に評論をしたいわけではないけれど、ライブドアであれ耐震強度偽装であれ、最近、あまりにもせこい「まやかし」が社会に蔓延しすぎている。そしてその一方で、それと呼応するように、アートから壮大な「まやかし」が消えつつあるように思う。アートの力、とりわけ私が大切に思うそのマジカルな力が、急速に弱まってきているように感じるのだ。

 アートという営みも含め、社会全体が、理解しにくい事柄について、理解しようとする努力をたやすく放棄しはじめている。わかりやすいワンフレーズが求められ、劇場型といわれる派手な社会的パフォーマンスのみが歓迎される。そんな時代にあって、アートマネジメントが抱える課題は実に複雑で奥も深い。

 けれど、いや、だからこそ、私はここで、あえて樋口貞幸の助言に従いたい。彼は私に、絵空事の夢物語を語れと言う。

 そう、自分はいったい何をしたいのか? あらためてそう考えてみると、やはり私はランドスケープとかサイトといった問題から自分の関心を切り離すことができなかった。もともと私は生態学的土地利用計画という分野に従事してきた人間で、多分、その関心は一生変らないのだろう。見たこともない風景を短期的に出現させる、言ってみれば「ランドスケープ・インスタレーション」といったことが、自分の主要な関心事なのだと思いはじめる。

 2002年の「デメーテル」では帯広競馬場、昨年の「横浜トリエンナーレ2005」では山下埠頭と、ユニークな場所でアートプロジェクトが実現できた。両者に共通するのは、そのサイトが社会的にある程度隔離されていて、特異な風景が温存されているという点だった。そういう目で見れば、例えば東京・築地市場の場内、旧鉄道引込線に沿って弧を描く水産物部の建物などで、次のプロジェクトを実現させたい欲望にかられる。いや、ある程度隔離されたサイトということでは、離島も魅力的だ。蔡國強は2004年の秋に台湾の金門島で展覧会を組織し、島内に点在するトーチカを使って18作家のインスタレーションを展開したが、それは非常に興味深いものだった。ただ、金門島クラスでは広すぎる気もするから、たとえば私なら北大東島あたりを頭に浮かべる。

「デメーテル」(2002)の会場として使われた帯広競馬場厩舎地区の風景。

「デメーテル」(2002)の展示風景。右手前はnIALL(中村政人、岸健太、田中陽明)の「ニアルカフェ」、左奥に見えるのは蔡國強「帯広のためのプロジェクト 天空にあるUFOと社」の一部。
撮影:萩原美寛

「横浜トリエンナーレ2005」の会場として使われた山下埠頭。ビュランプロムナードからみなとみらい地区を臨む。
撮影:細川浩伸

「横浜トリエンナーレ2005」。ヴォルフガング・ヴィンター&ベルトルト・ホルベルトの作品「カステンハウス720.9―横浜展望台」。
撮影:細川浩伸


 「デメーテル」では20haの敷地に作品を点在させ、観客はそれらを旅するように巡り歩くという考えで基本の設計を行ったが、そこに参加したインゴ・ギュンターはこれを水面上で展開するアイデアを提案してくれた。軍事用の巨大なゴム製筏を複数水面に浮かべて作品を設置し、観客は船に乗ってそれらを巡っていく。韓国の映画監督キム・キドクに「魚と寝る女」という作品があり、どこでロケしたのか聞いてはいないが、静かな湖面の上に点在する水上コテージ群が舞台になっていた。あの湖のようなところなら実現は可能だし、かなり不思議な風景が出現するだろう。

 しかしまあ、これらを実現するには億千万の金は必要ない。さらに夢想するのは、実は、月面上でのプロジェクトなのだ。いつか蔡國強や野口里佳や石川直樹といった人々を月に送り込み、彼らがあそこで何を構想するのか、これはぜひとも取り組んでみたいプロジェクトなのである。

 たしかに、ときには絵空事に想いを馳せるのも悪くない。自分の原点が確認できる。

(2006年4月19日)

今後の予定

「横浜トリエンナーレ2005」のドキュメントブックも完成し、ひたすらぼっとしている毎日。とはいえ、そろそろ「アサヒ・アート・フェスティバル(AAF)2006」の準備が本格化しはじめたから、これからはAAF参加の全国NPOを訪ね歩くことになるでしょう。それと、石垣昭子に焦点を当てつつ西表島の自然と生活を追う茂木綾子監督のドキュメンタリー映画『島の色(仮題)』の製作を決心し、今後数年をかけてゆっくりゆっくり完成させていくつもり。さあ、今度は映画だ!

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P3がエージェントになっている「シネ・ノマド」の映画だから、やや自画自賛ともいえるけど、東京・渋谷のユーロスペースのレイトショーで久しぶりに観た『ステップ・アクロス・ザ・ボーダー』(1990)は、もう、ほんとうにたまらなく、あらためて感動してしまった。即興演奏家フレッド・フリスの旅を追ったノマディック・シネマの最高傑作。

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

相馬 千秋 様

東京国際芸術祭(TIF)2006も終わり、ほっと一息ついているのでしょう。これはアートネットワーク・ジャパンのみなさんに言えることだけど、よくもまあ、毎年あれだけ良質な、しかも面倒この上ない大仕事をこなせるもんだ。お世辞抜きに、頭が下がります。国際協同製作の世界初演作品なんて、考えただけでも気が遠くなる。加えて、TIFとは別に、相馬さんはナント市の興味深い活動を積極的に紹介してもいるし、そんな活気あふれる現場の声を、愚痴も含めて聞かせてよ。
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