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街と響きあうオーケストラ



冬の廊下は冷える。交通事情か道に迷ったか、入口がわからないか、時間になっても現れないアーティスト。伝えた日程は間違っていなかったか? 入り予定時刻から15分遅れて、地図がわからなかったとやって来た。小学校で駅から近いところなんてそうそうない。リハーサルできる時間はあと30分。校長室でお茶をと呼び止める先生を、笑顔でかわして階段を駆け上がる。音楽室は4階、楽器ケースを開けたら楽器がないという。慌てて出てきたからケースだけ持ってきちゃった、と。木琴ならありますと先生。駅前に楽器屋さんがあったかなあ? 家からとってくるほうが早いかなあ? やっぱりとってくるから、ちょっと桐原さん繋いでて。!?。中休みのチャイムが鳴る。音楽室をのぞきこむ子どもに、今日はオーケストラの人が来てくれたのよーと先生。オーケストラの話、ホールの話、楽器のこと話して、ピアノで1曲弾いてもらって、それからそれから…と考えて冷や汗がたらり。授業が始まるチャイムの音…で目が覚めた。

関係者のみなさん、ご安心ください。夢オチです。「#(ハッシュタグ)マネージャー怖い夢」で投稿してください。なんて冗談。

今回は楽器を持たずにシンフォニーを奏でる人たちということで、おっとっととバトンを受けとりました。オーケストラで働き始めて10余年。私の場合は、オーケストラの中にいながら、オケの担当公演よりも、アウトリーチというホールの外での小さな仕事ばかりをやってきた。オーケストラの中では、いわゆる華やかサイドでない、コンバインでなく鋤と鍬を手に畑を耕して種をまくような地味…いえ地道な活動です。

大学をルンルンと卒業して小さな音楽事務所で仕事を始めたころは、どうせ働くなら、おもしろい仕事がしたいと夢想し、現実は先輩や社長に追い立てられながら、無様に駆け回るばかり。アーティストとお客さんにありがとうと言われることが単純にうれしかったし、音楽で何かを伝えるとか、音楽の社会的価値とか、考えたこともなかった。オーケストラの事務局で働くようになってはじめて、成り行きでアウトリーチの仕事をすることになった。ほとんどが室内楽規模の編成。小さいコンサートでも、一つひとつオーダーメイドでつくっていく。そのときだけの生のみずみずしい音楽ということでは、コンサートホールの完璧なステージでも、小学校の音楽室でも、デイサービスの食堂でも同じだ。ドサ回りとか営業仕事とか悪ぶって言う楽団員もいるが、お客さんを前にしたら、どうしたって本気モードになってしまう人たちを、いかにその気にさせるか。それが担当者の腕の見せ所。そこでのさまざまな出会いは、私の世界を大きく変えたと思う。

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小学校の音楽室、先生の工夫がちりばめられる。

音楽で伝えられるもの

アウトリーチで出かけていく先には、保育園、幼稚園、小・中学校、障害者・高齢者のデイサービス、地域センターや役所に病院、などさまざまだ。小さい会場ではお客さん一人ひとりの表情や反応がよくわかる。10年そこらやっていても、自分たちは何を伝えたいのか、伝えられたのか、彼らが何を受け取ったのか日々考えさせられる。

音楽ってどんなものか、音楽を聴くとはどういうことなのか、伝えるのは難しい。私なぞが頭で考えても、実際それをパフォーマンスとして伝えるのは音楽家自身だ。ステージもない照明も音響も期待できない空間で、期待を膨らませてチケットを買ったお客様ではなく、ここに座っていろと言われたから座っていますという聴衆を相手に演奏しなければならないことは、音楽家としての底力が試される。プログラムや構成もさることながら、何よりも演奏する人間の圧倒的な熱量が必要になる。彼らのパワー全開を引き出すために、何歳くらいのどういう人たちが何人いるのか、1日の中でどういう時間なのか、心配なことはあるのか、期待されていることは何か、観客の座る位置、角度、譜面台の高さ、日当たり、リハーサルはできるか、コンサートの始まりにお客さんになんと声をかけるかも、マネージャーの仕事だったりする。気を抜くと、すぐに残念な結果として現れて後悔の嵐。逆にどんなに工夫して演出や仕掛けに凝っても、結局最後は音楽がすべてをもっていってしまうのだから、そんなときはなんだかわからない「音楽の力」にひれ伏すしかない。

何を意図して、どう伝えるのか。わかってもらうことの難しさは、相手が大人でも子どもでも、我が子でさえも同じだ。音楽や芸術は確かに、いろいろな壁を超えるけれど、無条件にまるっと人を幸せにはしない。でもそこに音楽や芸術が介在することで、伝えたいこと、感じる世界が無限の広がりをみせることがある。その空間のどこにハッピーやワンダーがあるのか、みんなで探しにいく。人によっては美しさ、調和、安心かもしれないし、驚き、刺激、心のざわつき、郷愁、未知への興味であることもある。それぞれがこの部屋の中に響く音楽に、ハッピーやワンダーを見つけられた。そんなホットな瞬間を、近くで見られるのだから、アウトリーチの現場はいつだっておもしろい。

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こちらこそありがとう。

音楽室で、食堂で

子どもたちにとっては、モーツァルトもベートーヴェンもはじめてなら、メシアンだってマユズミだってはじめてなのだ。調和の美しさもヘンテコなリズムや描写も同じように沁みていくことを教えてくれたのは音楽室だった。音楽の姿をどう思い描くか、少しだけ手伝ってあげると、彼らは鳥の鋭いさえずりや、やさしい声色の悪魔のささやきを聴く。音楽の熱量は子どもたちの心をちゃんとつかんで、離さない。「いい音を聴いたら、自分でもいいふうに歌いたくなったので、今日はとてもいい声が出たと思う」と言ってくれた小学生。今でも心打たれた名演ベストスリーに揺るがず入っているブラームス「雨の歌」は、中学校の音楽室で聴いたそれだ。

ある障害者のデイサービスでは、昔元気だったころに吹奏楽部に入って演奏していたという利用者さんがいた。「もう思い出さないかもしれないけど、好きだったものはどこかで覚えているはず」と職員の方がはりきって、楽器の絵や紹介を模造紙で貼り出し、オケのホームページを見ながら楽団員の似顔絵まで描いてくれて、食堂狭しと飾ってくれた。家族と一緒に出かけることもとても大変だから、CDやテレビでしか聴かせてあげられない、という。「音楽はみんな大好きなんです。彼らにこれ以上の贈り物はないので、毎年必ず来てほしい」と懇願された。

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ある障害者作業所で、利用者さんがつくってくださった。

老人ホームでは、恍惚とした様子で首をかしげていたおばあちゃんが、弦楽四重奏と一緒に調子っぱずれな「青い山脈」を歌い出して、みんな笑っちゃったけど、帰り際には涙を流しながら、「ありがとう、ありがとう」と楽団員の手をずっと離さなかった。昔はコーラスでならした87歳。部屋に戻るときには、またふんわり宙をながめていたけれど、あの瞬間、彼女は昔の時間を少しだけ取り戻したのかも知れない。

子どもは目の前の音楽そのものを聴き、大人は記憶で音楽を聴くのかもしれない。

そして曲やプログラムの完成度もさることながら、音楽家の存在感。プーランクにはプーランクの、モーツァルトにはモーツァルトの、美空ひばりにはひばりにあった音色を、音楽家は当てていく。音楽そのものももちろんすばらしいのだけれど、それを3次元化するのは人間で、ピアノにもフォルテにも休符にも意味があり、音という言葉を使って物をいう人たち。その数ページの音楽にエネルギーを注ぎ込む姿はアスリートの格好良さにも似ていて、私はつい、ほれぼれと見とれてしまう。

もう一つの伝える

子どもたちに話すとき、100人の人が色々な楽器を演奏して、一つの曲を合奏するのがオーケストラです、と説明する。大きいホールで、どかんといっぺんに聞こえてくるオーケストラの中には何十人もの人間がいて、一心に音楽に向き合っている。彼らのつくる音楽世界を一人でも多くの人に感じてもらいたい。ホールの外でもそんな出会いをつくっていきたい。

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東京交響楽団メンバーによる川崎市内巡回公演

大事なことを大切にやるだけではなく、それらの幸せな現場の積み重ねを、世の中にどう伝えていくのか。これがもう一つの大きな課題だ。そこで何が起こっているのか、どういう視点でやるのか、何を目指しているのか、そして、オーケストラという音楽家集団は、人や街を幸せにするか。

そこに向き合うことの大切さを気づかせてくれたのは、同じようにコミュニティプログラムや教育プログラム、アウトリーチの現場で奮闘する仲間たちや先輩方、いろいろなジャンルのクリエイターたち、ホールの外で出会った街の人たちだ。目的にも手法にも一つの正解などなくてたくさんの人と話をするなかで、いつでも自問を繰り返している。

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夜間学級には日本語を学ぶ外国人の若者も多い。

最近はたいていのものはなんでもお手軽に手に入るし、ユーチューブでは「驚きの」映像が次から次へ流れてくるし、子どもたちに聞けば「知ってる!知ってる!」と連呼するのだから、きっとなんでも「知って」いるのだろう。目がくらむような情報の渦のなかで、いつか何かの刺激でよみがえる記憶として、ちゃんと保存されるためには、その体験に手触りがないといけないと私は思う。音楽は空気をそこそこ震わせたら消えていくけれど、十分な熱量とともに確かに存在するものとして、手触りのある体験を一つひとつ大切に送り出していくことが、オーケストラという音楽団体の役割の一つだと、私は考えている。

結局は卒業したての青かった私自身は変わっていなくて、いつだっておもしろいことしか、したくないのかもしれない。だから、音楽で遊び、それを表現することに貪欲な音楽家たちと、そのまわりのヘンテコなことをおもしろがる人たちと一緒に働くのは、本当におもしろい。事務局の仕事は、片方に音楽家がいて、お客様がいて、他にもいろいろな言葉を話す人種とのお付き合いで成り立っている。一人でやれる/やった仕事など一つもなくて、たくさんの歯車が動いて、かかわる人たちをその気にさせたり、その気になったりで、最終的に音楽の響く場ができあがっていくのだ。音楽家と街の人たちと一緒に、街で響き交わり合うシンフォニーを奏でていくのだ、とはカッコつけすぎだろうか。

音楽とオーケストラというキーワードで、どんなおもしろいことができるか、可能性を探すことは、悩みはつきないけれど、楽しみも大きい。私自身としては、スケールのでかいことに手は届かなくても、せめて10メートル四方の顔の見える人を少しだけ幸せにすることが、その先に波及していくことはあるはずだから、シンフォニーを支えるオタマジャクシのひとつとして、鋤と鍬を手に、今日も畑に出かけていくのです。

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次回執筆者

広島交響楽団 事務局長 井形健児さん

バトンタッチメッセージ

音楽が伝わっている、同じ思いをわかち合っている、と全身でわかる瞬間があります。覚醒したかのように閃くように体感していることがわかるのです。ライブならではの瞬間、皆さまにもご経験があることと存じます。

各々がその瞬間に思っていること感じていることはそれぞれ違うのに、客席と舞台が一体となって、大勢の人々と共感する瞬間です。桐原さんはこの瞬間を現場で数多く体験していらっしゃいますし、この瞬間を生み出すために大変な作業に心を込めてあたっていらっしゃいます。オーケストラでも弦楽四重奏でも作業的にはほぼ同じなのです。

コンサートはどんな大きさであれ、代わりも利かず、丹精込めないとすぐに枯れてしまう希少種のようです。あーヤレヤレ、なんでこんなことをと思わずにおれません。それでも一所懸命、全身全霊で取り組んでいます。

ところで、3月31日は「ミミにイチバン!<オーケストラの日>」ということをご存知でしょうか。全国のオーケストラがより親しみを感じていただけるようにさまざまな活動を展開しています。

首都圏では全13楽団が集まって1日限りの“スペシャル”をお届けしています。各オーケストラから実行委員が選ばれ、コンサートと無料イベントを企画実施しているのです。ボランティア・スタッフの募集もございます。どんなことでもオーケストラにご興味のある方はぜひいらしてください。

2018年3月31日(土)東京文化会館
http://www.orchestra.or.jp/orchestraday2018/

このようなイベント、アウトリーチからフル編成まで、どんなご要望にも応じられるのがオーケストラですが、すべて人でしか動かせない膨大で大切な手間の積み重ねです。日々何かしらのことが起こります。

今の社会でオーケストラを存続させ、より高みを目指し、発展に導く、このようなことは可能なのでしょうか。音楽そのものには国境は関係ありませんし、言葉の壁も大丈夫。ヨーロッパから遠く離れた日本でこんなにも盛んに演奏活動をしています。でも、人間がやっている以上、人間の事情に大きく左右され、国の違いや距離をかえって強く感じさせられるときもございます。

次回は広島交響楽団事務局長の井形さんに広響について、語っていただきます。オーケストラを経済的に支えながら、芸術の高みを常に希求し、スポンサーも楽員も納得させてしまう井形さんです。ヒロシマを背負うプロジェクトも進行させています。魔法使いでしょうか。

どうぞお楽しみに。

(公益社団法人日本オーケストラ連盟 名倉真紀)

楽器を持たずシンフォニーを奏でる、オーケストラ事務局の人々 目次

1
オーケストラの事務局

2
オケ裏生活30年
3
街と響きあうオーケストラ
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