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コミュニティとアート、そしてコミュニティ・アート



走った後で考える

 人には3つの思考タイプがある。「走る前に考える」、「走った後で考える」、「走りながら考える」とどこかで聞いたことがあるが、私の場合は概ね「走った後で考える」というタイプだと思う。まず実行して、それが何であるのかを肌で知った上で、それが何かを考える、ということになろうか。1990年からミューズ・カンパニーの仕事を始めてもうなんと20年も走り続けて来たのだが、一昨年あたりから、「考える」時期に入っている。一体、うちはどういう仕事をしてきたのか、これからどういう仕事をしていこうとしているのか...。
 この仕事を始めた数年間、私自身も自分の仕事が一体どういうものなのか考えていた。アートマネジメントというには主な仕事はワークショップの企画運営であり、また、その内容も障がいのある方々と障がいのない方々がお互いに学び合いながらアート活動をおこなう、という趣旨の活動だが、ダンス・セラピー、あるいは福祉活動の一環、という他の人たちによる位置づけに、いや、セラピーではありません、狭い意味での福祉活動でもありませんと言い続け、ある時、イギリスにあなたがやっているような活動がいろいろありますよ、というイギリス人アーティストの言葉に、イギリスのいろいろなワークショップ活動を国際交流基金の助成を得て見学に行くことにしたのが1996年のことだった。その折に初めて「コミュニティ・アート」という言葉を耳にした。そして、ようやく、私の活動はこの「コミュニティ・アート」に近いものだと理解することができた。
 その後、コミュニティ・アート研修ツアーやシンポジウムなどを開催したが、一度、きちんとどういう活動なのかを調査したり、考えてみたりしたいと考えていたので、今、いろいろな事例や文献を読みながら調査を始めたところである。最近、日本でもコミュニティ・ミュージック、コミュニティ・ダンスと耳にするようになってきた。イギリスにおけるコミュニティ・アートが生まれてきた背景や、発展の歴史、また資料などからコミュニティ・アートが何であるのかをリサーチしているのだが、これがなかなか奥が深く、おもしろい。逆の言い方をすればわかりにくいところがある、と言ってもいいかもしれない。余力があれば、このエッセイの最後に現時点での情報を提示してみたいと考えている。日本型コミュニティ・アートの行方を考えていく上で役に立てば幸いである。

軌跡とこれから

 私どもの活動の概要としては

  1. 障がいのある方もない方もお互いの異なる創造性を学び合い、新しいアート・フォームを探る 《例:サマー・アート・スクール》
  2. コミュニティの人々とつくるコミュニティ・アート・プロジェクト 《私と町の物語》
  3. 劇場からの委託事業としての学校等でのアーティストたちと子どもたちとの参加型教育プログラム(あうるすぽっと、越谷コミュニティセンター、他)
  4. 劇場や行政等との共同企画、あるいは企画協力によるコミュニティ・ダンス等プロジェクト制作(福岡市文化芸術振興財団、多治見市文化振興事業団、越谷コミュニティセンター、他)
  5. コミュニティ・アーティスト・トレーニング・プログラム
  6. その他、記録集編集制作、他

詳細はホームページをご覧いただくことでご理解いただけると思うのだが、上記活動からいくつかをご紹介申し上げる。

サマー・アート・スクール

 サマー・アート・スクールは1993年から開催、ダンス、音楽、美術、文学(詩)などの分野でさまざまな障がいのある人たちといっしょにどんな表現の可能性があるかと探るべく毎年おこなわれてきた。特にダンスはドイツ人のヴォルフガング・シュタンゲの豊かな経験と人柄に惹かれて参加する人が多い。美術では視覚障がいのある人たちと晴眼者が視覚を使わずに、聴覚や触覚を生かすなど、さまざまな手法によって作品を創るなどこれまでにユニークなワークショップを展開し、写真を見ていただくとおわかりのように非常におもしろい作品が生まれてきている。
 また、アーティストの作品や活動を見ながら、毎年、新しいアーティストに講師として障がいのある方たちとのワークショップをお願いするのもサマー・アート・スクールの大事な要素だと考えている。これまでに小野寺修二さんや沢則之さんに聾のお子さんたちとのワークショップを、上田假奈代さんに知的障がいのある方たちとの詩のワークショップを、昨年はMAYA MAXXさんに知的障がいのある方々との絵のワークショップをお願いした。例年、夏に開催してきたが、今年度は種々の理由により2011年の1月末から2月中旬にかけて開催予定である。

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視覚を超える造形ワークショップ。
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ダンス・ダイナミクス・ワークショップ。ゲスト・パフォーマー「松島誠さん」。
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墨絵ワークショップ作品。
私と町の物語プロジェクト

 「私と町の物語」は都心の最も変化の激しい場所に暮らしてこられた方々の1枚の写真と物語を集めることから、地域の物語を読み解くとともに、過去の物語を未来へつなごうとするコミュニティ・アート・プロジェクトだった。私たちの事務所がある港区の高齢者の方々から昔のお写真をお借りし、その写真にまつわる物語を若い人たちに聞き書きしてもらうことを縦の糸に、横糸にさまざまなアーティストの方々にまちの人々と関わってもらうアート・プログラムを展開した。たとえば、2004年には谷川俊太郎さんに白金のまちを子供たちと歩いてもらい、その場所をテーマとした詩を委嘱し、創ってもらう他、MAYA MAXXさんには写真のない方々のお話を絵に描いてもらう、Yuko Nexus6さんにはまちの音からデジタルサウンドを子どもたちといっしょにつくる、海外のアーティストJeanie Finlayにはアーティスト・イン・レジデンスとしてまちの独り暮らしの高齢者の方々の部屋をテーマとしたデジタル・アート作品を、山田うんさんには区内に住む外国の子どもたちと日本の子どもたちとのダンス・パフォーマンスを創ってもらうなど、さまざまなアーティストや作家たちに関わってもらいながら、まちの人たちが自らを語るコミュニティ・アート・プロジェクトとして2002年から2006年度まで展開した。400人の住民の方々の写真と物語は港区より上下巻として出版、現在、港区下記のところで求めることができる。なお、このプロジェクトは2011年度から再度「続・私と町の物語」として、開催する予定でいる(1冊500円、問合せ先:港区役所 03-3578-2111 区政資料室)。

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左:私と町の物語聞き書き風景/右:「私と町の物語」写真集。
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左:戸張郁子さん 昭和24年(1949年)/右:星正弘さん、四の橋 昭和38年(1963年)。
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中山佳子さん
日の出埠頭(昭和34年)1959年
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古橋義弘さん 昭和32年頃(1957年頃)。
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「私と町の物語」展覧会風景
(廃校の体育館を使っての展示)。
参加型教育プログラム

 現在、財団法人越谷コミュニティセンターでの「プロジェクトM」は地域の小学校、障がいのある方々の施設、不登校のお子さんたちとのアウト・リーチ活動として企画協力をさせていただいている。また、地域の方々で子どもたちと関わっていらっしゃる方々のための指導者のためのワークショップもおこなっている。近々のワークショップ活動は3月3日(水)に沢則之さんによる「新しい人形劇ワークショップ」がある(10~15時、参加費2000円、問合わせ先:越谷コミュニティセンター 048−985−1113)。なお、あうるすぽっとでは現在、小野寺修二さんと豊島区内の聾のお子さんたちとのマイム・ワークショップを展開しており、2月11日(木祝)にその成果をあうるすぽっとで発表予定。時間は16時30分から17時(予定)。無料(問合せ先:あうるすぽっと 03-5391-0751)

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小野寺修二さんによる「マイム・ワークショップ」。
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沢則之さんによる「新しい人形劇ワークショップ」。
コミュニティ・ダンス・プロジェクト

 これは基本的に日本の若手舞踊家、振付家の方々に障がいのある方々とのダンス活動に関わってもらい作品を委嘱することから、障がいのある方々に表現に参加してもらう場をつくる、というだけでなく、アーティストたちにとって新しいダンス表現の可能性を探ってもらいたいという意図から始めた。たとえば、2001年には伊藤キムさんと元CandoCo(カンドゥ―コ)・ダンス・カンパニーの芸術監督だったアダム・ベンジャミンとのコラボレーションにより、キムさんには15分のダンス作品「私の昆虫記~My Souvenir Entomologique~」の委嘱(越谷コミュニティセンター主催)をお願いした。また山田うんさんにはイギリスの障がいのある方を含むダンス・カンパニーAMICIのふたりの障がいのあるダンサーどの作品Water gardenの委嘱(2004年福岡市文化芸術振興財団主催)を、さらに近藤良平さんにはCandoCoダンス・カンパニーの日本招聘の折、彼らや住民の方々とのダンス・ワークショップとその発表会をお願いした(2006年、福岡市文化芸術振興財団主催)。昨年末、埼玉県からの委嘱事業として近藤さんがおこなった障がいのある方々とのダンス公演はとてもすばらしかった、という評判をあちこちから聞いたが、今後、いろいろなアーティストがどんどんこの分野で活動されることと期待している。

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コミュニティ・ダンス・プロジェクト。
コミュニティ・アーティスト・トレーニング・プログラム

 これは1993年から名称は変えつつも、また最近は不定期ではあるが、障がいのある人たちやダンス経験のないまちの人たちとの音楽、ダンスなどの表現活動をおこないたい方々のために半年以上の長期にわたるトレーニング・プログラムを開催している。ここの修了生の中から、上記劇場等での教育プログラムとしてお仕事をお願いするほか、アーティストたちとのダンス・プロジェクトにはアシスタントとしても関わってもらう場合もある。
 この第一期の修了者には南村千里がいる。彼女自身は聾者であるが、このコースを卒業後、イギリスのラバンセンターのコミュニティ・ダンス・コースに留学し、その後、CandoCoダンス・カンパニーのダンサーとして活躍、2007年からフリーのコミュニティ・ダンス・コレオグラファー、ダンサーとして世界各国で活躍中。昨年、カンボディアでのSpotlightというASEANの障がいのある方々とのネットワーキング・シンポジウム&パフォーマンス活動の中で彼女が、カンボディアの聾の青年たちに振付けた作品はなかなかいい小作品だった。ちなみにこのSpotlightを立ち上げた女性はKatie MacCaveというイギリスの振付家&ダンサーだが、2001年のアダム&キムの日英共同ダンス・プロジェクトにイギリス側から参加したダンサーのひとりだった。
 現在、08年度「コミュニティ・アーティスト・インターンシップ・プログラム」修了生を中心にML(メーリング・リスト)を立ち上げているが、将来的にはもう少し広く、コミュニティ・アート活動をされている方々にも参加していただけるML、もしくはメール・ニュース・レターを立ち上げたいと考えているので興味のある方々はメールで希望の旨、お申し込みくださると、ご案内を差し上げることもできる。

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コミュニティ・ダンス・インターンシップ・プログラム。コミュニティ・アーティスト、河下亜紀さんと障がいのある男性とのデュエット。

コミュニティ・アートって何?

 コミュニティ・アートは一般的には1960年代末、政治的にも文化的にも従来の価値を変えていこう、という時代の流れの中で、誰もが参加し、自らを表現することを通して地域や人々を元気づける活動としてイギリスで始まったとされる。現在、イギリスはもちろん、日本でもさまざまな活動が展開されている。が、コミュニティ・アートの活動はわかりにくいところがあり、フランソワ・マタラッソ氏の助言を得ながら、現在の状況を整理してみた。まだ私の試案の段階なので、今後、図表に新しい側面が加わることもあるので、いわば、ワーク・イン・プログレスとして受け止めていただけると幸いである。

図表
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 もともと、イギリスのコミュニティ・アートはかなり政治的な色のある活動だったといえるが、最も基本にある考え方はカルチュラル・デモクラシーにあり、人種や障がいの有無、地域格差等の条件によらず、人々がアートにアクセスする権利だけでなく、自らの声をあげるべく自らのアート・フォームにのっとって作品を創る、という意味における参加を通したDemocracyとAutonomy(自治)を実現することにあるといえる。アーツ・カウンシル(芸術評議会)はすでに1968年には助成を始め、地方自治体も70年代から助成を始めているが、特に80年代からコミュニティ・アートの活動が成果をあげていることを理解し始めた関係機関や自治体が健康問題や教育、青少年の非行化など特定の社会的問題を解決するべく積極的にコミュニティ・アート団体などに事業を委託するようになり、その活動は徐々に単発的で、しかも必ずしもその地域に限定することのない活動として広がり始めた。
 また、80年代半ばから文化政策の変化を受けて、アーツ・カウンシル(芸術評議会)がダンス、演劇活動などをおこなっている芸術団体や美術館等に教育普及活動を推進することを促した結果、芸術団体や美術館等にもさまざまな参加体験型教育普及プログラムがおこなわれるようになった。が、その活動はやはり単発的、また必ずしも芸術団体や美術館が彼らのある地域の住民だけを対象としてしてだけおこなわれるものでもなく、コミュニティ・アートというには若干言葉としても誤解を招くことが出てきたといえる。特に、80年代、いくつかのコミュニティ・アート団体は鉄鋼、石炭などの国営事業の閉鎖等と連動し、地元の人々と政治的な匂いの強い活動もおこないはじめたので、政治的匂いのついたコミュニティ・アートということばを避けるようになった、という経緯も出てきた。もともと、コミュニティとは地域というだけにとどまらず、マイノリティのコミュニティ、あるいはインターネットのコミュニティ、というようにある種、民族の、あるいはある種のグループもコミュニティということばを使っていて誤解されやすかった、ということもあったといえる。
 そこで、90年代から徐々にコミュニティ・アートということばは消え、現在ではコミュニティ・アート団体でさえ、Participatory arts(参加型アート)ということばを用いている。とはいえ、たとえば、オペラやダンスなどの芸術団体などがおこなう参加型教育活動の中でも、ある地域でおこなう単発型のものにも、今でも「コミュニティ・ダンス」とか「コミュニティ・ミュージック」といった用語として使われている。さて、この用語の変化は国営事業の民営化(privatisation)の流れとも一致しており、共同体のニーズや問題から、徐々に個人のニーズをとらえ始めた社会的アート活動(Socially engaged arts)の流れとも一致していて、ある意味で用語の変化はコミュニティ・アートの「社会変革」、あるいは「社会創造」という趣旨から「個人」の問題をテーマとしたものへ移行しつつあると指摘する研究者もいる。

  図表軸は縦軸にAutonomy(自治)とAuthority(行政)を、横軸にFine artとentertainmentを置き、そこに各活動を配置してみた。長期的にある地域で住民の人たちのために活動をしているコミュニティ・アート団体による活動を伝統的なコミュニティ・アートとし、Autonomyの下に位置づけている。その内容に関しては、カーニバルやパレードなど村や町のお祝いなども含むのでエンターテインメント要素から、ファイン・アート的な芸術性まで幅広い。もともと、コミュニティ・アートはその表現様式ではなく活動の趣旨に原点がある。その下にあるCommunity Engaged Arts(あるいはCommunity based arts)には各芸術団体やアート・センター、美術館などが単発的におこなうワークショップ等参加型教育普及活動などが入る。日本の文化振興財団のおこなっている参加型教育普及活動もこの中に入る。
  Artist in Communityはこの領域に入る。日本の多くのアート・プロジェクトはこのタイプではないかと思われる。つまり、アーティストが自分たちの作品をコミュニティの中でつくるアーティスト・イン・レジデンス、あるいは地元の歴史やあるニーズを反映する形としての、たとえば、空き店舗をいかした作品展示であったり、地元の人たちとの共同制作であったり、インスタレーションなどとして短期間野外展示するものなど、がここに入る。「私と町の物語」はコミュニティ・アート・プロジェクトであるが、Jeanie Finlayの作品「Home maker」は住民の人たちの参加による作品とはいえ、基本的には住民の作品ではなく、アーティストの作品である。また、地域の歴史などをテーマとして住民の人たちとつくり上げるある種のパブリック・アートもArtist in Communityの1つということができると思う。

 Socially Engaged Arts(Socially based arts)はたとえば、その名前の通り、社会的問題やニーズを反映する参加型アート活動で、芸術団体やコミュニティ・アート団体なども関係機関からの委託事業としておこなっている。また、Municipalisationは聞き慣れないことばであるが、これは行政が直接におこなうコミュニティ・アート、あるいは参加型アート活動である(Municipal arts practiceとも呼べる)。行政がアーティストやアートマネージャーを雇い、活動を展開している。その活動の中からコミュニティ・アート団体として発展する場合もある。例としてはアントニー・ゴームリーのパブリック・アート「北の天使」を設置したのはゲーツヘッド・カウンシルがそうであるが、そういう活動の中からコミュニティ・アート団体として独立、発展していく場合もある。

  さて、Fine artは一般的なアーティストたちの活動であるが、ここでは今後の議論のためにふたりのアーティストの活動を紹介してみたい。ひとつはWochen Kausu(ヴォッヘン・クラウズール)の社会問題や地域の問題を解決することがアート活動だとして、たとえば、ヴェニス・ビエンナーレで作品展示(活動)をおこなっているオーストリアのアーティスト・グループ。もう1つは川俣正さんのコールマイン・田川やアルクマー・プロジェクトなど。ふたつともアーティスト主導のプロジェクトで住民や患者さんたちが参加しておこなわれている。ある意味でアーティスト・イン・コミュニティというべきかもしれないが、このFine Artsのカテゴリーに入れた。

  用語に関していえば、今後、日本でもコミュニティ・アートというべきなのか、参加型アート活動というべきなのか、この問題は悩ましい。伝統的コミュニティ・アート型活動はまだ日本ではそれほど多いわけではない、というより少ない。日本の助成制度のもとではなかなかアートNPOが地元密着型のコミュニティ・アート団体的活動をおこなえないからである。であれば、Community Engaged Artsを「地域と関わるアート」、Socially Engaged Artsを「社会と関わるアート」という呼称にしてもいいかもしれない。

 ところで、この図表のそれぞれの活動は固定しているものではない。たとえば、コミュニティ・アート団体は関係機関からSocially Engaged Arts事業を委託される場合もあるし、芸術団体も同様である。また、Municipalisationだからと言って、Autonomy(住民自治)をめざしていないわけではない。確かにAuthorityなので、官製版コミュニティ・アートってどうなのだろう、という疑問もないわけではないが、あくまでプロジェクトによってそのクオリティは判断されるべきである。それに官製版コミュニティ・アートから実際にコミュニティ・アート団体が生まれてくる場合もある、とのことなので、一概に判断するのは早計であろう。

AuthorshipとOwnership

  コミュニティ・アートはプロではない人たち、特にアートにアクセスしにくい人たちが地域やグループのアイデンティティ、あるいは問題と取り組む、いわば、集合的な創造性(collective creativity)による表現活動である。それに対して、ファイン・アートの活動はアーティスト個人の創造性(individual creativity)による表現活動である。そして、コミュニティ・アートではコミュニティ・アーティストたちが参加者の人たち自身がプログラムや場をマネージしていくよう促している。つまり、住民や参加者にownershipがある、といえる。また、作品自体も参加者自らが制作をおこなうので、authorshipは参加者のものである。が、Artist in Communityは住民、あるいは参加者との共同作業ではあるけれど、どのようにプロジェクトを進めるか、どう作品を組み立てていくかなどはアーティスト側の判断となることが多い。なので、基本的にはアーティストにownershipがあり、 authorshipもアーティストにあるといえる。言うまでもなく、ファイン・アートの場合はownershipもauthorshipもアーティストにある。authorshipとownershipを誰が持つのか、ということは主体的に誰がイニシアティブを持って活動していくのか、ということになる。コミュニティ・アートはあくまで参加者、あるいは住民が、将来、主体的にプロジェクトや場を創りだしていく力をつけることを意図している。そこから、自らのグループやコミュニティを自分たちの力でマネジメントしていく、自治を担っていく、ということを基本的にめざしている。コミュニティ・アートの原則のひとつであるempowerment(権限を持つこと、裁量権を持つこと)とはそのことを意味している。
  さて、アーティストの活動をあえて、ダイアグラムの中に入れたのは、今後のコミュニティ・アートの発展は何を意味するのかを考えていきたかったからである。集合的創造性による共同制作の住民の作品とアーティストによる作品はどう線引きされるのか。また、アートの概念はどう変わるのか? Wochen Kausur(ヴォッヘン・クラウズール)はヨーゼフ・ボイスの思想に大きな影響を受けているが、彼らの活動はまさに「社会彫刻」としての活動そのものである。社会を創造する、という意味において、誰もがアーティストである、というボイスの思想に倣えば、コミュニティ・アートに参加している人々はすべてアーティストである。としたら、ファイン・アートのアーティストと、コミュニティ・アート活動をしている住民たちのアート活動は同じものだといえるのだろうか、あるいは似て非なるものなのだろうか? 今後、このようなこともテーマとした小さなディスカッションを首都大学の長田謙一教授ら数人と企画することを話し始めているところだ。

 コミュニティ・アートは社会学や芸術学、文化政策、アートマネジメントなど他分野からのアプローチが可能であるが、イギリスでもほとんど研究者は見あたらず、文献も少ない。それだけ若いフィールドであるともいえるが、もともと、18世紀、19世紀の社会主義思想の流れの上に、ラスキンやその思想に共鳴したウィリアム・モリスの芸術社会主義とも評される思想が脈々と受け継がれてきた背景を考えるなら、実はイギリスに必然的に生まれてきた活動だといえるかもしれない。
 コミュニティ・アートについては、現時点で共有されている価値や定義など、さらにまたそのクオリティの問題についても書きたいこともあるが、この原稿を残業しながら待っていらっしゃるネットTAM運営事務局ご担当に迷惑をかけるので、もうこのあたりでやめなければならない。また何かの機会に続きを書いてみたいと考えている。コミュニティ・アートは若い領域なので、まだまだ未開拓なのだと思うが、そろそろ、評価についても考えていく時期に来ているようにも思う。また、図表についても、ワーク・イン・プログレスなのでさらに発展させてみたいと考えている。ご意見など聞かせていただければ幸いである。

(2010年1月27日)

今後の予定

[2010年]

  • 2/11
    「あうるすぽっと」で豊島区の聾のお子さんたちと小野寺修二さんによるワークショップの発表会
  • 3/3
    越谷コミュニティセンターでの「子どもたちの指導者のためのワークショップ」で沢則之さんのフィギュア・シアター・ワークショップ

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コミュニティ・アートの調査を通して、日本のアートに目を向けています。ちょっと専門的になるかもしれませんが、著者自身が禅寺の住職でガーデン・デザイナーの枡野俊明氏による『禅と禅芸術としての庭』(著、毎日新聞社)を読んでいます。きっと『禅僧と巡る京の名庭』とか『日本庭園観照術』(枡野俊明監修/山田五郎著、ベネッセコーポレーション)のほうが写真がいっぱいあるので読みやすいかもしれません。以前から座禅をしています。ですから、禅芸術やその影響を受けて発展した伝統芸能にも関心は持っていました。それに、昔、私はガーデン・デザイナーとかランド・スケープ・アーティストになりたかったのです。

次回執筆者

バトンタッチメッセージ


 MAYA MAXXさんとはこれまでに2回ほどお仕事をいっしょにさせてもらいました。お会いすると、肩の力が抜けるのです。ユーモアと暖かさで人を包んでくださる方ですが、その後ろに実は気配りの精神を持っていらっしゃいます。

 ご自分の作品をアウトサイダー・アートだと評されるMAYAさん、アーティストとして 人々との会話から絵を描かれたり、障がいのある方々との表現活動に関わられるお考えなどを伺いたいと思います。よろしくお願いいたします。

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