ネットTAM

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ラジオから流れるアイヌ語



1.出会い

 今回のリレーエッセイで私にバトンを託した秋辺日出男さん(以下、デボと呼ぶ)に初めて会ったのは、社団法人北海道ウタリ協会が1988年3月に開催した「第1回アイヌ民族文化祭」であったと記憶している。その出会いの後、アメリカ合衆国で同年5月8日~12日の日程で開催されたCITER主催の国際会議へ2人で出席することとなり、「弥次喜多」よろしくコロラド州のデンバー市まで3泊5日で出かけて行った。この会議のテーマは「異文化接触における摩擦について」であった。私は「ホタルの婿選び」のカムイユカラ(神の謡)を披露し、デボは「ピリカの歌」を披露した。ネイティブアメリカンのパイプの儀式などにも参加させてもらった。

 デボは底抜けに明るく「誰とでもすぐに友だちになることのできる天才」だ。私は、デボから多くの事を学んだ。例えば、1899年に制定された「北海道旧土人保護法」について旅行中2人で議論した。デボは「悪法だ」と主張したが、私は「当時のアイヌ民族の窮状と立法趣旨から考えてこの法律は正しい」と主張し、真っ向から対立したのだ。デボは「実態にそぐわない法律は悪だ」という。一方、私は「裁判所が同法を違憲であると判断しない限り、法律として守らなければならない」と主張した。結論を言えば、法律論的には私の主張が正しいが、法の存在意義から考えると「実態と乖離した法律は悪」と言える。

 このことから、デボは物事の本質を見抜く特別な能力を持っていることに気づいた。その眼力は、阿寒湖のアイヌコタンで培われてきたものなのかもしれない。デボは私より2歳ほど年下であるが、本当に尊敬できる人物なので「クユポ ヘー!」(私の兄よお久しぶり!)と呼んでもよいと考えている。アイヌ民族の風習では、尊敬できる人物には血縁の有る無しや年齢に関係なく「私の兄」と呼ぶ。

2.ミニFMラジオに関わって

 私は2001年4月8日に開局したエフエム二風谷放送(愛称:FMピパウシ)で編成局長兼パーソナリティーを務めている。この局は、父・萱野茂がオーナーとなりアイヌ語普及に希望を託し始められたミニFMラジオ局で、毎月第2日曜日の午前11時から正午までの1時間、アイヌ語を交えた放送を行っている。1か月に1回、1時間の放送を続けて6年半が過ぎ、11月11日(日)の放送で第79回目となる。ラジオのパーソナリティーを務めることによって得られる効果がいくつかある。

 1つ目は、発音がよくなったことがあげられる。私は資料館の副館長時代そして館長という立場で、年間に少ない時で10回、多い時では20回くらい高校の修学旅行生向けに北海道の歴史またはアイヌ文化に関する講話を30分~1時間くらい行ってきた。大勢の前で話をするという経験はあったが、ラジオ放送に求められる明瞭な発音かつ適正な声量でマイクを使っていたかどうかは定かではない。ラジオ放送のマイクの前では、瞬時に言葉を選びなおかつ発音に気をつけながら話すようになった。ラジオは「ことば」だけで情報を伝えるという特性から、やむを得ず同音異義語を使う場合は説明を加えた上で使っている。

 2つ目は、決められた時間内に話す内容をまとめて伝える表現力がついたことである。ラジオ放送における10秒間はとても長く感じる。ゆっくり話したとしても、10秒間で50文字くらいは伝えることができる。10秒間で話せる分量は「おはようございます。インタビューコーナーのインタビュアーを務める萱野志朗です。本日のゲストは○○さんです。」くらいとなる。情報を発信する側は、使う「ことば」を選びリスナーに誤解を与えないように正確に伝えなければならない、との考えのもとに行えば結果的に表現力の実践訓練の場となっている。

 3つ目は、人の輪が広がることだ。月1回の放送であっても、78回という放送の蓄積があり、インタビューコーナー出演者の延べ人数は78人を越えていて、1回の放送で複数人のインタビューを行ったこともある。このラジオへ出演した人から、その出演者の友だちへと輪が広がっていくケースもある。これも貴重な"財産"である。

 4つ目に、人材育成に貢献していることだ。1つの例であるが、某工業大学の学生が、学部の2年生から大学院の修士課程修了までの5年間、ミキサーを担当してくれた。この大学院生は修士課程修了後、某放送局に就職しているのだ。もちろん、本人の実力もさることながら、ミニFMラジオのボランティアスタッフとして関わったことは決して無駄にはなっていないと思う。地元のボランティアスタッフの若者たちもいろいろな意味で育ってきている。

 5つ目に、ラジオを媒体として普通の人たちが情報発信者になることができる、ということだ。現在の情報化社会では、インターネットの普及等により、またインターネットラジオやインターネットテレビを通して情報を発信し、国境を越えて情報のやり取りが可能となっている。

3.「FMピパウシ」と神戸のコミュニティ放送局「FMわぃわぃ」との提携

 2006年の4月から「FMピパウシ」は、神戸のコミュニティ放送局「FMわぃわぃ」(日比野純一代表)と提携している。地元の「FMピパウシ」のリスナーは10人程度であるが、神戸の「FMわぃわぃ」と電話回線を使った同時放送を行うことにより、何万人というリスナーを獲得でき、さらに「FMわぃわぃ」が行っているインターネットラジオを介して、全世界にリアルタイムで情報を発信することが可能となったのだ。

 こういう時代であっても、ネット環境の未整備な地域では、ラジオの利便性に勝るものは無いとも言え、ラジオが果たす役割は大きいものがある。

4.「FMピパウシ」開設における協力者

 2001年4月に「FMピパウシ」が開局する際、親身になって指導してくださったのが、OFFICE312の代表取締役松崎霜樹氏とNPO法人さっぽろ村コミュニティ工房の理事・加藤知美さんである。毎回の放送には、このお2人の心的・技術的ご支援をいただいていることである。ホームページからダウンロード形式によってFMピパウシの放送を聴けるようにするため、室蘭工業大学の松名隆准教授のご協力を得ている。また、帯広市民ラジオ(愛称:FMウィング)とも提携しており、録音によりFMウィングでは毎月第3日曜日の午前中に「FMピパウシ」の放送を流している。

(2007年10月30日)

今後の予定

■11/3(土)〜4(日)
北海道立北方民族博物館で開催される「第22回北方民族文化シンポジウム」−北方地域の博物館と民族文化[2]−に報告者として参加し、私は3日の午前中に発表します。

■2008年2月
FMわぃわぃの日比野純一代表と吉富志津代さんと私の3人で、「非営利放送の制度モデルを探る」というテーマで、メキシコ・ボリビア・アルゼンチンへの調査を予定しています。

関連リンク

おすすめ!

2002年2月に「萱野茂二風谷アイヌ資料館」で収蔵されているアイヌの民具202点が、国の重要有形民俗文化財に指定されました。ぜひ、北海道までお越しのうえ、ご覧ください。

【所在地】 沙流郡平取町二風谷79-4
【交 通】 新千歳空港から車で70分。日高高規格道路の「門別富川」インターから20分

次回執筆者

バトンタッチメッセージ

加藤さんに初めてお会いしたのは、2000年12月下旬雪の降る日でした。
「FMピパウシ」は、翌年4月8日に第1回目の放送を始めることができました。
加藤さんたちのアドバイスや懇切丁寧な事前研修がなければ実現できませんでした。
本当に感謝しています。

また、加藤さんは、今年の9月7〜9日の日程で開催された
「第5回市民メディア全国交流会@北海道07」実行委員会の委員長を務められ、略称「市民メディアサミット’07」は大成功でしたね。お疲れ様でした。
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