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2030年の美術館



昨年、世界の美術市場では約7兆2千億円規模の取引があったそうだ。その規模よりも、リーマンショック後の不況やさまざまな自然災害やテロ事件が起きても収縮せず、膨らみ続けているのがその大きな特徴だ。今回ネットTAM事務局から打診があったのは、これからの美術館をテーマに学芸員の仕事について書くリレーコラムの企画だった。この国で世界の美術市場を相手にしている人はごくわずかだ。しかし美術品を集め、保存し、美術の価値を伝える仕事をしている以上、学芸員の仕事はまったく無縁ではない。実感として掴みづらい仕組みにかかわるこの仕事を、どのようにすれば描き出せるのだろうか。

とりあえずテーマは2030年における美術館の役割にしてみた。2030年は地球環境の課題を解決する各種目標を達成するための目安とされている年である。このころ、地球の総人口は今から15%増え85億人に達し、先進国レベルの消費生活をする人口が急増するそうだ。加えて、現在加速している市場の無国籍化と、それに反発する保護主義の衝突はどうなるのか。その結果ポピュリズムが蔓延し、SNSも利己主義を増長するかもしれない。日本では高齢社会化と国の借金先送りによる経済問題が起きているかも。

そうなると私たちは100年前の戦争の時代と同じ道をたどるのか、あるいは回避できるのか。とても気になる。私も歳はとっているが、まだ生きている可能性は低くない。つまり資源、食糧、安全、環境を巡る展望を切実な課題とする現代社会において、歴史と表現を専門的に研究し、共有財産としていく美術館はどのような役割を果たしているのか。このように問題設定を捉えることで、学芸員の仕事としての実感と捉え難い地球規模の仕組みをつなげて考えてみることができないだろうか。そのために現場で仕事をする立場から、私以外にも5名の方にリレーコラムにご参加いただく。

振り返ると、私がこの仕事にかかわり始めてから20年ほどのあいだの変化もけっして小さくない。とくに目立つのは世界的に進展する民営化の波だ。日本では指定管理者制度によって公的施設への影響がおよんだ。国や自治体組織による運営であっても、「自助努力」あるいは「競争」「稼ぐ」という考えが美術館運営に大きく入り込んだ。宣伝費をかけて人を呼ぶ企画が肯定されやすくなり、入場料も高くなった。根本的な問題は、博物館法で「原則無料」とされ、誰もが美術館の作品や資料にアクセスできるはずの権利が骨抜きにされていくことだ。一体美術館は誰のものなのか。また、管轄は教育委員会が多かったが、首長部局に置かれる美術館も増え、地域活性化や観光などの使命を担うようになった。経済不況を理由に多くの美術館の運営予算が削減されたが、同時期にビエンナーレや芸術祭は急増した。

このように美術館はきっと今後も荒波にもまれ続ける。こうした激しい荒波を見ていると、どこかディストピア的な想像力を誘い、美術館を北極圏はノルウェー領スピッツベルゲン島の永久凍土層につくられた「スヴァールバル世界種子貯蔵庫」のようにみなしたくなる。作品価格の高低と関係なく、多種多様な芸術品と資料が気象変動、大規模災害、戦争などの影響から守られていく場所としての美術館である。

また近年、大美術館は規模をますます拡張する傾向にある。増え続ける美術品と資料を少しでも多く確保するために投資を行い、コレクターたちからの寄贈受入れを競い合う。また、アジアでは美術館の数が急増している。その規模や質はまちまちだが、美術品を媒介するネットワークは大幅に広がっている。このネットワークの結節点として美術品があちこちへ行き来するのが美術館で、そこでは価値の交渉が繰り返し行われ、その一部は収蔵庫に保存されていく。何を残すべきかという問題について、20世紀の美術館は普遍的な価値をつくりあげようとした。しかし、植民地主義と異文化との出会いの両面を推進してきたこの「普遍主義」を疑い、批判する声は大きくなり、欧米中心の価値の一方的な支配を見直す歩みはもう後戻りできない。その結果、グローバルな展開を進展させる美術館とローカルな文化に深入りする美術館の両極化が進んでいくように思える。

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しかし、一方で完全に自律した施設のイメージは墓場か、医療の進化を待つ人体冷凍保存のようである。むしろ、近代社会はかつて家族や共同体で担っていた生や死が、病院や葬儀場に委任されてきたように自律よりも相互依存の度合いを強めてきた。専門性を尊重することで増大した知識は権威を生んだ。美術館の権威もそのようにして生まれたが、同時に価値を自分たちでつくり、多様化させるための活動も絶えず活発に実践されてきた。それは、自分の手でつくりだす「D.I.Y.カルチャー」や、個性を認める多文化主義、アールブリュットなどの動向に顕著にみられる。つまり、メディウムや技術よりもどのようにつくるのか(プロセス)へ、つくり手の主観性よりもアイデンティティの問題へ、と表現実践の価値は変化してきている。結果的に、人工知能に到達できない領域として、この自分独自の表現をつくり出す感性と創造の働きは人間の手もとに残されていくと信じたい。今から約10年が過ぎる間におそらく世界はまた幾多の災難に見舞われる。芸術表現は積極的にプロセスとアイデンティティへ関与するほかに、情報技術や環境問題における現実と認識のあいだに生じる大きな乖離をめぐり、私たち個人が想像力によってどのようなスケール(尺度)を手にすることができるかが問われている。

また、こうした社会と表現実践における変化に呼応したのが、2000年を過ぎたころから北欧を中心に始まったニューインスティチューショナリズムと呼ばれる動向だ。チャールズ・エシェ、ヨナス・エケバルグ、マリア・リンドらは、美術館を芸術の生産のために、調査や議論の場とし、コミュニティセンターと実験室と研究所が融合したような場所とみなす提言を繰り返した。近頃耳にする「ラーニング」、「ソーシャリーエンゲージドアート」、「アルテ・ユティル」などの実践も基本的に同じ変化の流れのなかにあるものとして理解してよいだろう。ニューインスティチューショナリズムは人の移動やアイデンティティの流動化によって、隣人の異なる文化を理解する必要性が高まった社会において中規模の美術館が社会と向き合う姿勢を高めていった結果である。普遍的な価値を斥け、疑問や批判の経験をもとに多元主義に基づいた生産の実践を行うことは、南北戦争のあとアメリカに生まれたプラグマティズムの思想の流れを感じさせる。この動向が注目されるのは、芸術をいろいろなカテゴリーの中の一つとみなすのではなく、教育、経済、政治、科学などさまざまな人間の活動の根本にあるものとして、創造行為を実用的な実践にする点である。今後、脱権威化していく美術館のありかたを考えるうえで大変気になる。

思わず、ここまで美術市場にまったく反映されない近年の動向へ言及することで終始してしまった。しかし、私の関心の範囲という限定付きではあるが、個人では実感をもって捉えられない世界規模の仕組みと美術館の影響関係を少しくらいは描けただろうか。今後は、沿革や立地も異なる国内の美術館や新しく開館する国外の大規模美術館などで働く学芸員、それから美術作品の修復保存や教育普及にかかわる専門家の考えていることを順番にお聞きしていきたいと考えている。

(2018年9月25日)

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次回執筆者

福島県立美術館学芸員 荒木康子さん

バトンタッチメッセージ

2011年に起きた東日本大震災の経験は、私たち美術館で働く者にとっても確実に大きな影響を残すと思われる。美術品や資料の保存管理、自然や喪と向きあう芸術表現の役割、光熱費など大きなエネルギーによって維持されていること、など。私自身も震災後に開館する美術館には何が必要かいろいろと考えた。

実はこれまで福島で活動する学芸員の荒木康子さんに、震災の体験を詳しくうかがったことはなかった。この機会がよいのか、躊躇う気持ちもあるが、あらためてこれからの美術館が果たしていくべき役割とは何かをたずねてみたいと思った。

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